家無し貴族、メンヘラ四姉妹と領地再興を始めます~先代の領地は魔物蔓延る辺境ですが、姉さんたちが悪魔的に強すぎるので安心です~

雨愁軒経

1.穏やかな朝?

 太陽が顔を出し切っていない、まだ少し肌寒い城下町。軒下にぽつりぽつりと現れ始めた住民たちを見下ろしてちゅんちゅんと鳴いていた小鳥たちが、ふと一斉に飛び立った。


「号外、号外だよ!」


 声量こそ落としつつも緊迫感を十分に演出した呼びかけをしながら、新聞配りの少年が石畳を駆けてくる。


「こんな朝早くからどうしたんだ?」

「どうしたもなにも旦那。今日が何の日か知っているでしょう」

「ああ、叙任式だろ? だからって号外だなんて。誰が出世するんだい」

「聞いたらたまげますよ。あの『家無し貴族』なんです!」


 その回答にあっと目を瞬かせた肉屋の店主に新聞を押し付け、少年は人から人へと飛び移るように朝を告げて回った。


 路肩でガラの悪い青年二人が、臨時で刷られた片面だけの小紙面を覗き込んで鼻白む。酒屋からの朝帰りなのか顔は真っ赤で、立っているだけでもふらふらと揺れている。


「あのガキ、まだ家の再興を諦めてなかったのかよ」

「おい、この赴任先って……」


 殊勝にも本文に目を通していたらしい方が、相方の肩をつつく。気怠そうに視線を戻した男は、そこに書かれていたものを見て目を丸くした。


「こりゃ、あいつは死んだな。ハハッ、マジウケる」


 青年たちはほくそ笑みながら、また酒が美味くなるなと背中を叩き合う。

 そんな時だった。


「――あははっ、マヂウケる」

「「へっ?」」


 耳元で軽快な笑い声が聞こえたかと思うと、次の瞬間、青年たちは路地裏に突き飛ばされて尻餠をついていた。


「ったくいってーな。誰だよコラ」


 自分たちに楯突いた馬鹿野郎の顔を拝もうと、青年は顔を一回り赤く激昂させて、ギロリと視線を上げる。しかしその勢いは、異様な光景によって出鼻を挫かれてしまった。

 四人の美少女がこちらを囲んで微笑みを浮かべている。これが酒場であれば真っ先にナンパをしていただろう。

 美少女の一人、ブロンドベースに毛先がピンク色の派手髪をした少女が口を開いた。


「ユーくんの悪口を言うとか、覚悟はできてんのかなぁ?」


 それに、一番身長の小さい黒髪ロングの人形を抱えた美少女がため息を吐く。


「愚問でしょうお姉様。真っ当に思慮のある人はそもそも他者の陰口を叩きません」

「ましてユーリの悪口とくれば、もう救いようのないアホってわけね」


 壁際で腕を組んでいた銀髪の美少女が、肩を竦めてこちらを一瞥する。

 そして、彼女たちの後ろでくすくすと、一際優しい微笑みを称えていた亜麻色の髪の美人。

 糸のように細められていた睫毛の長い目が、薄く開かれた。赤い宝石の内側で炎が燃えているような、妖艶な殺意が覗く。


「それじゃあ、お仕置きを致しましょうか――覚悟はいいよなクソ野郎?」

「な、なんだよ……何なんだよお前ら!」


 青年ちが最後に見たものは、彼女たちの表情が悪魔の笑みへと変貌したところだった――






   *   *   *   *   *






 人知れず片付けられた事件から小一時間ほど後。

 かけ布団の上から温めてくれる柔らかい朝の日差しに揺り起こされて、ユーリウス・ウェステリアはまどろみから浮上した。


「ん……あっ、もうこんなに明るい! 寝坊してたら一大事だぞ!?」


 慌ててベッドから飛び起きようとしたが、しかし、今しがた跳ねのけた布団がまるで時が巻き戻ったかのように襲ってきて、再びベッドに沈められることとなった。


 ユーリウスは落ち着いて思考を巡らせ、犯人を推理する。

 テトラはこちらのお腹の上で温まるのが好きな猫のような子だから、体に何か乗っている感覚がない以上、除外。

 くすぐり攻撃もないし、彼女は沈黙に耐えられず笑い出してしまうだろうから、トロワ姉さんも違う。

 ドゥーエ姉さんならば、そもそも布団を剥がされないようにトラップで縛り付けてくるだろう。


「となると……アインス姉さん?」

「はい正解。でも『消去法となると』じゃなくて、一手で私を判断して欲しかったなあ」


 くるりと体を回しながら引き寄せられると、目の前に亜麻色の髪と優しい赤い瞳があった。

 朝の湯浴みを済ませてきたのだろう。しっとりとした女性の香りが布団の中から漂ってきてユーリウスは目を逸らしたが、「だーめ」と頬を両手で包んで戻され、観念することとなった。


「そこはほら、一番上の姉さんが悪戯をするとは思わないという信頼感ってことで」

「言い訳になってません。じゃあユーちゃん、今覚えてね。お姉ちゃんの髪の匂いとぉ……吐息の温度とぉ……おっぱいのお・お・き・さ」


 そっと抱き着くようにしてむにむに押し当てられるたわわな膨らみは、毎日干しているふかふかの布団よりもずっと柔らかい。


「あ、あの、アインス姉さん? そろそろマジで遅刻しちゃうんじゃ……」

「平気だよ。まだユーちゃんが起きる予定の時間まで少しあるもの。だからお姉ちゃんが添い寝してたの。ね? だからもうちょっと横になってぴったんこしていよ?」

「ええと、お気遣い大変ありがたいのですが、これでは叙任式で決起するよりも先に別のものが決起してしまうといいますか」

「何がダメなの?」


 助けてくれ。そうユーリウスが叫ぼうとする前に、ズダダダダーッと廊下を猛烈ダッシュする足音が聞こえてきて、部屋のドアを叩き開けた。


「はいそこまでー!!」


 金髪の少女がお玉でフライパンを打ち鳴らしながらやってきて、布団――とアインス――をベッドから引っぺがす。


「まったく油断も隙もない。しばらく忙しくなるから、ユーくんの独り占めはナシって約束したでしょーが」

「ちぇ、ドゥーエちゃんのケチ」


 むうっと唇を突き出してはいるものの抵抗はしないアインスの首根っこを引きずりながら、ドゥーエは「もうちょっとで朝ごはん出来るからねー」とだけ言い残して部屋を出ていった。

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