勇者、無理っす!~異世界転移して勇者になったけれど戦うのが怖すぎるので「どうせ死ぬなら一発ヤらせてくれ」と土下座したらチートスキルが目覚めた件~

雨愁軒経

1.勇者、無理っす!!

 都会の排気ガスにまみれたものとは違う、やわらかな青臭さの風が吹く。

 俺は意気揚々と剣を抜き……抜き、あれっ、引っかかって抜けねえ。危うく切っ先で鞘を持つ手を斬るところだった。


 改めて剣を構える。


 目の前でぷるぷると身じろぎしているのはスライム。ファンタジーなら定番の雑魚代表だ。大きさは俺の腰辺りまでと思っていたよりもデカくて驚いたが、問題はないだろう。


「ついにこの日が来たな」


 やり方はまるで魂に刻まれているかのように、頭の中に浮かんでくる。

 どうやら今の俺の体には、この世界の歴史に名を刻む剣聖と大賢者の血が流れているということらしい。選ばれし素質! 最強スキル! 向かうところ敵ナシが約束されたようなものだ。


「行くぜスライム。この剣の錆となれ! 【閃光来たりて暗雲を払い、鮮虹せんこう架かりて安息を芽吹かさん! 我が振るうは希望の一条! その身に刻み浄散じょうさんせよ! ライトニング――ごっふぉお!?」


 しかし詠唱があとわずかというところで、俺は不意に背後から飛んできた鉄球のような重い衝撃に突き飛ばされ、前のめりに倒れ込んだ。


「痛ってぇ……一体何が起きたんだ」


 どうにか身を捩って振り仰ぐと、そこには別のスライムが「ピキー!」と甲高い鳴き声を発しながら怒ったように飛び跳ねている。


「嘘だろ……今のがスライムの体当たり? 昔部活の先輩から食らった飛び蹴りよりもずっと痛かったんスけど……?」


 俺は目を疑った。しかし考えてみれば、RPGの序盤はたとえスライム相手の道中だとしても、薬草を買い込んでいないと思わぬ敗北があったはずだ。というかむしろ、それしか薬草の出番はない。


「でも良かった。この体には大賢者の編み出した『オートヒール』がパッシブでかかっているんだった」


 血が急速に体内を巡るような魔力の循環を感じながら、俺は悠々と立ち上がった。先ほど背中に受けたズキズキとした痛みの余韻も、吸い取られたように消えている。


「リジェネ付きならもう無敵だろ。悪いなスライム、今のがお前の最後の勝機だった。次こそライトニング・ゼロ・スラッシュを叩きこんで……や、る……」


 顔を上げた俺は絶句した。いつの間に、そしてどこから湧いたのか、俺は何匹ものスライムによって取り囲まれていたからだ。


「ちょっと待て。落ち着け、一旦落ち着いて話そう。さすがにオートヒール付きでも、お前たちから一斉に飛びかかられたらひとたまりもない。せめて詠唱が終わるまで待ってくれないか? なんかさ、この剣聖のスキルって、強い割に詠唱がクソ長くてさ。な?」

「「「ピキー!!」」」

「ですよねえ!?」


 当然再びの詠唱など許されるはずもなく、俺は弾力の強いキャノンボールの波に呑み込まれることとなった。






   *   *   *   *   *






 あれから何度も死にかけながら、ほうほうの体で王都イーリアスまで戻ってきた俺は、広場の噴水に顔を突っ込んでカラカラの喉を潤してから、城へと向かった。

 つい数時間前にすれ違ったばかりの門番たちが、俺の顔を見て姿勢を正す。


「お帰りなさいませ、勇者様!」

「ご苦労様です、勇者様!」

「お忘れ物ですか、勇者様!」


 口々にかけてくれる言葉たちに、俺は会釈とも返事ともいえない曖昧な頷きで返しながら先を急いだ。


 勇者。そう、勇者だ。それが俺――志多義したぎめぐるに課された指名。


 そりゃ嬉しかったさ。異世界に来たってだけでもヤバいほど最高なのに、チート級のスキルをいくつも持っていると来れば、ここから俺の無双ストーリーが始まると思ったよ。

 社畜として底辺を這いつくばっていた自分にさよならできると思ったよ。

 でもさ。この体はどうあれ、能力がどうあれ、中身は日本人なわけよ。運動が得意だったわけでもない。部活だって万年一回戦敗退の弱小校。というか卓球部の経験自体、異世界で通用するとは到底思えない。

 ケンカの経験だってない。一方的に殴られることなら何度もあったけれど。


 女王の政務室の扉を睨むように見上げながら、過呼吸気味な肩を深呼吸で落ち着かせ、口の中に溜まった唾を飲む。


「…………はぁ、はぁ。よしっ」


 意を決して扉を開ける。

 それに気付いた女王セレーネが視線を上げ、サファイアみたいに透き通った瞳で俺を見た。国を統べる者としての品格や威厳がありながらも、流麗で美しい女王陛下。これで十代後半の娘を持つってんだから異世界パワーおそるべしだ。


「あら、メグル様……? いかがなさったのです?」

「俺、セレーネ様に言わなければならないことがあるんです」

「……? ええ、私にお力添えができることであれば、何なりと」

「では――」


 お言葉に甘えて。そう前置きをして、俺は大きく息を吸いこんだ。


「勇者、無理っす!!」

「ええーーーーっ!?」


 女王陛下の驚愕の声が城内に響き渡った。それは、政務室を警護する番兵が後に『後にも先にもセレーネ様が取り乱した声は聞いたことがない』と語るほどだったという。

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