第3話 ボーイミーツ……
「喉いた……明日たぶん声終わるわ……」
「そりゃあんな歌い方したらそうなるだろ」
「まさか、しんみり失恋ソングをハードボイルドに歌ってくるとは思わなかったね」
結局3時間くらいぶっ通しで歌いまくった結果、俺の喉は限界突破を迎え、空はすっかり暗くなってしまっていた。時刻にして7時を廻るくらいか。
気分的にはオールしてやろうかという気概だったのだが、規則的な意味でも金銭的な意味でもよろしくなかったのでやめた。どうのこうの言おうと結局俺たちは健全な高校生なのである。
なので俺たちはカラオケのネオンを背に、大人しく家路に付くのだった。
「それにしても、失恋ってテーマだけでもいろんな曲があるもんだね」
ジュンが夜風に肩をすくめながら言った。
後半の1時間くらいはもはや失恋ソングを歌うということが目的になっており、YoutubeやらGoogleやらを漁ってたということからの発言だろう。
「まぁ、ミツルみたいなのが世の中いっぱいいるだろうしな。それっぽい詩ぃ書いたら、そういう奴らが飛びついて歌ったり聞いたりしてくれて稼げるんだろ」
「相変わらず穿ってんなお前の視点は。まぁ作詞者がどう思ってるのか知らねーけど」
飄々とそんなことを言うカズにツッコんでみせたが、まぁ前半の方は確かに、俺みたいなやつは世の中いっぱいいるんだろうと思う。
俺にとって悲劇的なこの体験が一般的なものであると考えるとなんだか釈然としないけれど、でも同じような仲間がいっぱいいると考えると、少しだけ失恋の傷心が和らぐようなならないような……そんな思いになった。
「充も曲とか作ってみれば? 意外といいの書けてバズるかもよ?」
唐突に言い出したジュンに、俺は眉をひそめた。
「馬鹿言えよ。音楽はまだしも、作詞とか俺無理だし。我国語の中間評定3ぞ?」
「まぁ、曲良ければ歌詞はそれっぽくでいいんじゃね?」
「いやいや……案外歌詞も聞いてるもんだって。ただでさえ最近は全体のレベルが上がったり、トレンドの移り変わりが激しかったりするのに……」
相変わらずひねくれた物言いのカズに、俺はなんとなく反論した。
途中で変に詳しいことを言ったな……と反省して、「まぁ」とすぐに言葉を付け加える。
「バズるとか、そういうのは俺には向いてないと思うわ」
ヒラヒラと手を振りながら、俺は曖昧に笑って濁した。
肩を並べるカズは口をへの字にしながらも特に何も言わなかった。
「まぁでもミツル、帰宅部だしなんか考えてみてもいいんじゃない?」
「たしかに、失恋して余計に時間も空いたわけだしなぁ。俺の雑用でもやる?」
「死んでも嫌だわ」
そうやって、軽口をたたき合っているとなんとなく気持ちが軽くなったような気がした。
ベクトルは違うけども、やはり失った関係性を埋めてくれるのはまた別の関係性なんだな、となんとなく感じた。
……しかしずっとそうしているわけにもいかず。
俺たちは分かれ道に着いた。
「それじゃあまぁ。今日は……ありがとな。突然呼んだのに」
「まあまあ、貴重なミツルが拝めたし許したるよ」
「独りになった途端泣いちゃったりしないでね?」
「うるせーやい」
バシバシと肩を殴り合いながら、俺はふたりと別れを告げる。
帰る方向が二人とは真反対なので、少しばかり離れていく彼らを見送ってから、俺も歩みを進めた。
……ついさきほどまであんだけ騒がしくしていたのに、すっかり静かになったな。
長く衝撃的すぎた一日も終わり。
明日になればいつも通りに学校生活が始まる。
まぁ……そのいつも通りから、彼女という存在は消えるわけだがな。
「……はぁ」
盛大に俺はため息を吐く。
カズとジュンと話している間はなんともなかったのに。
頭の中は昼間、俺に別れを告げた彼女のことばかりが渦巻いている。
二人と話して多少和らいだとしても、失恋が残した爪痕は、未だ痛々しく俺の中で響き続けている。
おもむろに俺はスマホを取り出して、写真の一覧を開いた。
そこには彼女との記録がずらりと並んでいる。
先週撮ったものも含まれていて、それだけ見れば一週間後、破局するなんて夢にも思わないだろう。
快活な笑顔を浮かべる彼女にズームアップする。
「『合わない』『もっと知りたかった』かぁ……」
最後に、アイツはそんなことを言っていたか。
あの時なんと返せば……いや、そもそも今までどうしていればよかったのかだろうか。
「もっと知りたかった……」
そう言われて初めて、自分が彼女に何を伝えてきたのか、何を見せてきたのかを振り返る。
……いつもどこか照れくさくて、でも彼女に良い格好を見せたくて。
何かを話したいと思っても、変に言葉を飲み込んでしまう自分がいた。
でもそれは決して彼女に隠し事をしようとしていたわけじゃなくて。
……今思えば、そうしていたのは、付き合うというのが俺にとって初めてのことだったせいなのかもしれない。
しかしなんとなく、それ以外にももっと理由がある気もしていて――。
視線は足元に落ちて、歩いている道のことなんて頭には入らない。ただ、通り過ぎていく街灯の光と、行き交う人々の気配がぼんやりと感じられるだけ。
だから、だろうか。
────ビビビビィィッッ!!!!
耳をつんざくような音。
気づいた時には、目の前に迫り来るヘッドライトの眩しさに視界が埋め尽くされていた。
まるで、すべての時間が止まったかのような感覚に陥る。
かといってその迫りくる鉄塊から避けるというアクションは取れない。
自分の体も含めたすべてのモノがスローモーションになっている様子を、俯瞰したように把握していたのだった。
──あぁ、これは死んだ。
そう悟ることに、不思議と抵抗はなかった。
人は死の間際になると、ずいぶん物分かりが良くなるんだなぁ、と呑気に感想を述べることすらできるくらいには冷静だった。
実際には刹那であろう時間が何十倍にも長く感じられて、このまま時間が止まったままなんじゃないか、なんて思った。
その時だった。
「馬鹿っ!!!」
背後から、鋭い声。
その瞬間、誰かに強く引っ張られるような感覚がして、俺の体は後方へと引き寄せられる。
何が起きたのかすらわからないまま倒れ込むようにして歩道へ戻った俺の視界の端を、猛スピードのトラックがギリギリで駆け抜けていく。耳元で、トラックのタイヤがアスファルトを引っ掻く音がした。
……ふと全身に冷たい汗が噴き出す。
先ほどまで感じられなかった色濃い死の気配が、ようやくドッと雪崩れ込んできたのだった。
(あっぶな。いや、……危なすぎるだろ??)
あと一歩でも遅ければ俺はトラックによって肉ミンチだったかもしれない。
本当に間一髪といったところだ。
安堵と恐怖のマリアージュにより腹から何かがせりあがってくるが、それを必死に封じ込め、もうとうに姿の見えなくなったあのトラックの進行方向を眺める。
「大丈夫?」
そこで、背後に声がかかった。
そういえば、彼女の声を皮切りに事態が動いたような気がした。
誰かに引っ張られたような感覚もあったし……もしかしてこの声の主が助けてくれたのだろうか。
命を拾ったことを実感する間もなく、俺は恐る恐る振り返る。
そこに立っていたのは、これまでの人生で見たことのないような女性だった。
顔立ちの年齢から察するに、少女と言っても良いのかもしれない。
長い赤髪をなびかせ、到底日本人とは思えない薄い紫色の瞳で俺を見下ろしている。
どこか現実離れしたような佇まいに、俺は言葉を失う。
「あれ、おーい。もしかして大丈夫じゃない?」
「あ、いや、いえ。その、大丈夫ですおかげさまで……?」
「ふふ、良かった。これでショック死なんてしてたらお笑いだし」
俺は慌てて立ち上がり、佇まいを正す。
その様子が滑稽に映ったのか、目の前の少女はコロコロと笑った。
見た目は全くもって大和を感じさせないのに、ずいぶんと流暢な日本語である。
そして改めて面を向かうとドが付くほどの美少女だ。ド美少女だ。
服装はちょっとなんというか、フリフリなドレスという奇抜なものだけど、彼女ほどの顔面偏差値を持つ者が纏うと人形くらい美しく映る。
もし俺が今でも彼女いない歴=年齢だったなら、きっとまともに口をきけなかっただろう。
「えっと、ありがとうございました。あと数秒遅れてたら自分死んでました……」
「……えぇ、うん、たしかに」
彼女はうっすらと目を細めて、こちらを見据えた。
ドキリと胸を震わしてくるような視線だが、彼女はそのまま口を開いた。
「確かにあそこで、折橋充は死んでいただろうね」
……え?
「あれ、どうして僕の名前を?」
「……どうしてって、ふふふ」
当然ともいうべき疑問を口にすると、目の前の美少女はクツクツとおかしそうに笑った。
もちろんこんな人物、俺の記憶の中にはいないし、知り合いというわけでもあるまい。
見知らぬ人間に声をかけられるほど俺は名を馳せていないし、そもそも顔や声を晒したことなんて一度もない。
じゃあいったい、どうして彼女は俺のことを……。
「どうしてかって……そんなのだって、私は、いや──俺は」
少女は刹那に瞑目し、そして開眼した。
その眼つきはどこか、先ほどとは異なるもののような気がして。
そして、彼女は言葉を続けた。
「俺は、お前だからだよ。俺は『トラックに轢かれて死んで、TS転生した世界線』の折橋充だ」
…………。
……。
はぁ???
彼女にフラれて病んでる俺の前に現れたのは、TS転生した俺だった。 オーミヤビ @O-miyabi
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