怪異対策課1
今日も⬛︎⬛︎社の地下にある怪異対策課には思い詰めた表情の相談者が現れ、古くなった扉を優しく叩いた。その音を聞き、課長である櫻根は扉を開く。
「どうぞお座り下さい」
相談者の女性は綺麗に巻かれた茶色い髪を耳に掛け、躊躇いながらも徐に口を開いた。
「くねくねって知ってますか」
櫻根は縦に首を振り、相談者の女性に笑顔で問い掛ける。
「はい、くねくねですよね...それがどうなさったんですか」
そんな櫻根の様子を見て、女性は拍子抜けしながらも、つい先日に起きた出来事を詳細に語り出した。
要約してしまえば、くねくねと思しきものを見てしまってから夜に眠れない、どうすれば良いのだろうか、という内容である。櫻根は少し考える素振りを見せてから、また変わらぬ笑顔で微笑んだ。
「私共で解決させていただきます」
鈴木はそんな櫻根の様子を見て、小さく溜息を吐いた。
「何でまた...そんなハイスピードで相談を受けてしまうんです?」
鈴木は相談者が部屋を出た後、溜息混じりにそう呟いた。そんな言葉も櫻根には糠に釘である様で、変わらぬ朗らかな笑みを返され、鈴木は肩を落とした。
確かに相談を受けなければ、怪異対策課として成り立たないことは重重承知している。しかし、危険な調査になることも少なくないのだ。もう少し自分の身を案じて欲しい、鈴木は怪異対策課に配属された頃からそう願っているが、その願いが通じたことはこれまでに一度も無かった。
「まぁまぁ鈴木ちゃん、落ち着いてよ」
「何をどう落ち着けっていうんですか、櫻根さんは無茶をし過ぎなんです」
「大丈夫だよ、鈴木ちゃんには迷惑を掛けないっていう約束でしょ」
私の話をしている訳じゃないんだけど、そう口から出かけたが、櫻根の優しさを無下にする気持ちにもなれず、鈴木は黙り込んだ。
「あ、そうだ、鈴木ちゃんはくねくねって知ってる?」
黙り込む鈴木を案じてか、櫻根はあからさまに明るい声でそう尋ねた。無視するわけにもいかず、鈴木は首を横に振った。
こんな可笑しな職場に勤めながらも、鈴木はこういった分野について明るくない。幼い頃は少女漫画ばかりを読み漁る夢見る少女であったし、少し大きくなってからも、その様な分野のものに触れる機会が無かった。いや、触れようとしなかった。
鈴木は怖いものが苦手なのである。
「いえ...知りません」
「そっかぁ...じゃあこの記録を読んでみてくれる?僕がまとめたものだから、怖い表現は少なめなはず」
鈴木は手渡された記録を、恐る恐る読み始めた。
それは鈴木達の務める会社、⬛︎⬛︎社での目撃情報をまとめたものの様で、記録者として櫻根の名前が記されていた。
大まかな内容を把握してから、記録から目を離し、櫻根を見た。
「ど?大体わかった?」
「まぁ大体は...というかこれ、理解したら駄目なんじゃないんですか?」
櫻根は困った様に笑いながら、記録に目を通した。
笑いごとじゃない、鈴木は櫻根を睨みつけたが、櫻根は全く意に介さない様子であった。
「まぁ、僕はどうにでもなるけどね...問題は鈴木ちゃんだ」
「課長だってどうにでもなりませんよ、断るべきなんじゃないですか、私達のために」
鈴木がそう言うと、櫻根はにこにこと、小さな子供を見る様に笑った。どこか馬鹿にされた様な気分になり、鈴木は眉を顰めたが、櫻根は変わらず微笑んでいた。
この人は不気味だ。いつだって笑って、辛い顔なんて見せない。鈴木はいつだって、櫻根が一歩先を見ていることを知っている。だからこそ、腹が立つ。そして、尊敬しているのだ。
だからといって、同僚に何も言わず、一人で行動して良い理由にはならない。
「まぁ良いです、課長に任せます...ただし!私も一緒に頑張りますから」
そんな鈴木の言葉を聞いて、櫻根は思わず笑みを溢した。
一方、鈴木は我ながら恥ずかしいことを言ってしまった、と後になって後悔していた。
「いーよ、よろしくね」
櫻根が軽い口調でそう言うと、鈴木は複雑な表情のまま、頷いた。
こうして、怪異対策課はくねくねの調査を初めたのであった。
次の更新予定
怪異対策課 @iroha_727
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