第3話 ナンパ

 コンビニに寄って、お気に入りのアイスを買い終わり、溶けないように少し急ぎ目で帰っていると神田橋かんだばしさんが男に絡まれている場面に遭遇した。


 素早く塀の裏に身を隠し、様子を観察した。


「…………」


 男の方が何か言っているが、距離があるため、何も聞こえない。


 しかし、碌なことではないだろうと容易に想像がつく。


 神田橋さんが男に言い返すが、男もまたそれに対して何か言い返している。


(どうしてこんなところに神田橋さんがいるんだ?)


 まずもって、この場に神田橋さんがいること自体がおかしいということに気がついた。


 神田橋さんはいつも学校が終わるとすぐに桑園くわぞのさんと一緒にリムジンで帰っているはずである。


 にも関わらずここにいるということは何か理由が……


 そんなことを考えていると、男が遂に実力行使に出た。


(やばい!!!)


 周りを確認しても誰も人はいなかった。


 ……出ていくのが怖い

 ……出なくてもどうにかなる

 ……出ていっても意味がない


 塀の裏から出ていくことを拒む考えが頭の中を支配しようとする。


 勇気が出ない。


 しかし、そんな時に思い浮かんだのは桑園さんのことだった。


(こんなんだから好きな子に声一つかけられないんだ。できない理由とか失敗した後のことなんてどうでもいい。現状を変えるには今動くしかないんだ!!!)


「待て」


 俺はカバンを投げ捨てて走って行き、神田橋さんの手を引く男の腕を掴んだ。


「なんだ、お前は?」


「お前こそ何をしようとしている」


「俺はこのお嬢ちゃんと一緒に遊ぼうとしているだけだよ。な、嬢ちゃん」


 神田橋さんの方を見ると怯えながらも首を横に振っていた。


「嫌がってるじゃないか。さっさとこんなことやめろ」


「うるせえ。お前も俺のこと否定しやがって!!!」


 男は突然神田橋さんから手を離すと、ポケットの中からナイフを取り出して振りかぶってきた。


 俺はそれを左手で受け止め、咄嗟に男の顔に向けて右腕を振り抜いた。


 すると、それだけで男は気を失ったみたいで、後ろ向きに倒れていった。


(明日こそ桑園さんに話しかけよう)


 スッキリとした俺はそう決心した。

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