第31話 呪いの力
森を抜けた王国軍の部隊は、ついに広がる拠点跡地を前に足を止めた。奇襲の混乱からようやく逃れた兵士たちは、疲れ切った表情で息をつき、わずかな安堵感が顔に浮かんでいた。深く息を吐き、肩を上下に動かしながら、長い行軍から解放されたかのような表情を見せる兵士たち。
「ふぅ、やっと一息つけるな。あの連邦の奴ら、奇襲で疲れたのか、あんなにすぐ逃げるとはな」
部隊の指揮官が胸を張りながら言った。彼の声にはまだ戦闘の興奮が残っている。
「ほんとだな。あんなにあっさり撤退するとは、あの連邦軍も見る目がないですね。全く、今度こそ決定的に片を付けてやりましょう」
兵士の一人が笑いながら言うと、他の兵士たちもそれに賛同し、口々に声を上げた。
「見ろよ、食料だ。あいつら、慌てて逃げるので手一杯だったんだろうな、こんなにたくさん食料を置いていきやがった」
兵士の一人が放置された木箱を蹴りつけ、中から保存食を取り出した。その顔に満足げな笑みが浮かぶ。
「本当だ。乾燥肉に乾燥野菜、乾パンだってある。こんなに持っていかないなんて、あいつらバカだな」
別の兵士が乾燥した肉の塊を掴み上げ、鼻に近づけて匂いを嗅ぐ。「うーん、いい香りだ」
「ふん、連邦軍がどれだけ必死に守ろうとしても、所詮は所詮だな」
指揮官が一歩前に出て、胸を張った。「あんな簡単な奇襲に引っかかるとは、連邦は弱い。警戒すれば、あんなことで動揺しない」
その周囲の兵士たちが一斉に頷く。彼らもまた、先の戦闘で感じた勝利の余韻に浸っていた。顔を合わせては嬉しそうに笑い、肩を叩き合う者もいた。
「おう、これからもっと楽に進軍できるぞ! あの連邦の奴らにこれ以上恐れるものはない」
別の兵士が嬉しそうに声を上げる。その言葉に、他の兵士たちも乗っかり、無邪気に笑いながら食料を取り始めた。
「これ、全部俺たちのものだな! あいつら、最後まで逃げ出して助かると思うなよ!」
一人が叫んで、仲間たちを煽ると、兵士たちは再び笑い声をあげた。その無邪気な笑顔には、まるで戦争が終わったかのような安心感が溢れていた。
「まったく、あいつらは目も当てられないな! こんなもの、俺たちが食べても何の問題もない!」
兵士の一人が肉を口に放り込み、他の兵士たちも同じように食べ物を手に取り始める。その様子はまるで小さな宴会のようだ。
「うまい! 本当にうまい!」
誰かが声を上げると、他の兵士たちも一斉に食べ物にかぶりつく。
それからしばらくして、兵士たちの中に異変が現れ始めた。最初に苦しみ始めたのは、木箱の中にあった果物を口にしていた若い兵士だった。彼は腹を押さえながら顔を歪め、呼吸を乱し、次第に動けなくなった。
「うっ……なんだこれ……腹が……」
彼はその場に膝をつき、崩れるように座り込んだ。最初はただの腹痛だろうと思っていた周りの兵士たちも、その異常な様子に気づき、心配そうに駆け寄った。
「おい、大丈夫か? そんなに食いすぎたのか?」
仲間の一人が冗談交じりに声をかけたが、兵士はうなだれたまま顔を真っ青にして手を腹に当て続けるだけだった。
そのとき、彼の体が突然、痙攣のように激しく震え始め、顔をしかめる。次の瞬間、口から汚物を吐き出した。
「うぇっ……」
兵士は自分でも制御できないように、激しく嘔吐し、吐瀉物が地面に広がる。周囲の兵士たちは一瞬、あまりの衝撃に言葉を失った。
「おい、どうしたんだ? 本当に大丈夫か?」
「お前、何か食ったか?」
周囲の兵士たちが声をかけ、助けようと手を伸ばすが、すでに兵士の表情は苦痛に満ち、反応が薄くなっていた。
その時、別の兵士が見ていたことに気づき、口を開いた。
「おい、見ろよ、あいつもだ!」
別の兵士がさらに辛そうに体を折り曲げ、膝をついてうずくまりながら、苦しげに吐き気を催していた。次々と周囲に座り込んでいく者たち。彼らの顔も真っ青になり、喉を抑えながら吐き出す者が増え始める。
「何が起きてるんだ……」
若い兵士の目の前で倒れ込んだ仲間たちが、今度は腹を押さえながらうずくまり、ひとりまたひとりと地面に寝転がり始めた。激しい吐き気が止まらず、倒れたまま吐瀉物を吐き続ける兵士が続出する。
「こ、これ……何かおかしいぞ!」
一人の兵士が声を振り絞りながら言った。その言葉に、他の兵士たちはパニック状態に陥り、呼吸が乱れ、振り返って互いに顔を見合わせた。
その直後、症状が悪化した兵士が突然、激しい下痢に見舞われ、その場で呻き声を上げる。身体が痙攣し、地面に崩れ落ちる。さらに続く兵士たちも次々に、同じように苦しみながら地面に倒れ込んでいった。
「うっ、や、やべぇ……」
兵士たちは恐怖と混乱の中で、まともに動けない者が続出。中にはあまりの苦しさに声も出せない者もいた。体力が奪われ、顔色が蒼白になり、目の前が真っ暗になっていくのを感じる。
「な、なんだ……どうしてこんなことが……」
別の兵士が冷や汗をかきながら震えた声で言う。
「食った……食ったのが……これが原因だよな……」
その言葉が引き金となり、兵士たちはますます焦り始める。食料に含まれていた異変の正体が分からないまま、あちこちで苦しむ声が響き渡る。
「みんな、落ち着け! 何かおかしいんだ! まずは……」
指揮官が叫びながら駆け寄ろうとするが、直後に彼もまた腹を押さえ、顔色を変えた。
「う、うぅ……」
吐き気をこらえきれずに指揮官も膝をついて、そのまま嘔吐を始める。その様子に、兵士たちは言葉を失い、まるで目の前の指揮官が別人のように変わり果てていくのを見つめるしかなかった。
兵士たちは、今までの戦闘で見慣れていたはずの血生臭い戦場とは異なる、未知の恐怖に包まれていた。何が起きているのか理解できないまま、ただ苦しんでいる仲間たちの姿を見て、身動きが取れなくなっていく。
「う……うああぁぁ!」
一人の兵士が、吐き気と痛みに耐えきれず、さらに激しくのたうち回りながら叫び声を上げた。その叫び声に呼応するように、他の兵士たちも次々に身体をよじらせ、呻き声を上げながら苦しんだ。
その中で、兵士たちの足元はどんどんとふらつき、全員が一歩一歩、倒れるように動けなくなった。目の前がぐらぐらと揺れ、周囲の景色がぼやけていく。呼吸も乱れ、空気が薄く感じられ、全員がその痛みと苦しみに耐えながら、立ち尽くしていた。
「どうすれば……どうすればいいんだ……」
一人の兵士がもはや立ち上がることもできず、その場で崩れ落ちる。その姿を見た者たちは、恐怖と混乱の中でただ立ち尽くしているだけだった。
嘔吐と下痢に苦しむ兵士たちを抱え、指揮官はその場で立ち尽くしていた。彼の手は震え、目の前で次々に倒れていく部下たちを見ているだけで、どうすることもできない。どれだけ指示を出しても、命令を出しても、状況は一向に改善する気配がなかった。
「くそっ、道が見当たらない!」
指揮官は息も荒く、周囲を見渡すが、森の中に広がる風景はまるで無限の迷路のようで、進行方向が分からない。どこを見ても同じ木々が立ち並び、前に進むべき道すら見つからない。彼は兵士たちに叫びながら振り向くが、その顔には完全に焦りと混乱が表れている。
「こ、この道、どこにも続いてないぞ!」
兵士の一人が呻きながら叫び、足元がふらついている。苦しそうに顔をしかめ、ついには膝をついてその場に倒れ込む。だがその様子を見ている兵士たちの目にも恐怖と混乱の色が強く浮かんでいた。
「くそっ、どうすれば……どうすればいいんだ!」
指揮官の声が震え、意識が遠くなりそうになる。彼はかろうじて身体を支え、前に進もうとするが、足元が定まらず、数歩進んだところでまた一度膝をついてしまう。
「こんなことで……俺たちが……」
声が震え、彼はその言葉を発した瞬間に、何もかもが崩壊していくのを感じた。周囲の兵士たちが一人また一人と倒れ、うめき声を上げながら動けなくなっていく。その恐怖と絶望が彼を包み込み、どこにも逃げ場はないと悟った。
兵士たちの顔が青ざめ、目は虚ろに、身体は硬直していく。吐き気が止まらず、地面に吐瀉物を吐き続ける者が次々に現れる。彼らの身体はどんどん弱り、力が抜けていく。嘔吐と下痢による脱水症状が急速に進行し、彼らの体温が下がっていくのが感じられる。
「誰か、誰か助けてくれ!」
一人の兵士が苦しみながら叫ぶが、その声が無情にも森の中に消えていく。彼はそのまま意識を失い、地面に倒れ込んだ。
「おい、みんな、しっかりしろ!」
指揮官は必死に兵士たちに呼びかけるが、言葉が届くはずもなく、彼の呼びかけも虚しく響くだけだ。彼自身もその身体に力を入れることができず、体が鉛のように重く、動けなくなっていく。
兵士たちはもはや、食料に含まれていた何かが原因だと理解し始めているが、それをどうすることもできない。反応が鈍くなり、顔色がどんどん悪化していく仲間たちを見て、次第に絶望の色が広がっていった。
「もう……無理だ……」
目の前の兵士がもう一度呻き、呻き声を上げながらその場で崩れ落ちる。そのまま彼は動かなくなり、息をしていないのに気づいた者たちは恐怖に支配される。
「これが……どうして……」
兵士たちの顔に浮かぶのは恐怖と絶望だ。意識が薄れていく中で、何もできない自分たちに無力感を感じ、ただただ苦しむだけだった。
「う、うああぁ!」
また一人、別の兵士が痛みを堪えながら大声で叫ぶ。その声もすぐに静まる。彼の身体はふらつき、倒れたまま動かなくなる。
指揮官はその光景を目の前にして、言葉が出ない。今まで部下たちを引っ張り続けてきた指揮官としての誇りは、もはやどこにもない。彼はただの一兵士となり、倒れた兵士たちの中で、ただただ恐怖と絶望に圧倒されていく。
「ここで……死ぬのか……」
指揮官はその言葉を無意識に呟き、体力を失いながらも何とか歩みを進めようとする。しかし、足元が崩れ、ついに力尽きて倒れる。彼もまた、無言でその場に横たわり、力なく息を切らしているだけだ。
その後も兵士たちは次々に倒れていった。嘔吐し、下痢に苦しみ、意識を失っていく者もいる。命を失うことは決して急ではなく、ただ時間が経過するにつれて、一つずつその命が消えていった。
そして、最後には、森に残るのは静かな空気と、倒れた兵士たちの無惨な姿だけだった。
王国軍の部隊は、もはや完全に無力化され、静寂がその中に広がった。無駄に燃え尽きた命の数々が、ただ静かに無駄に終わったことを物語っている。
森の中で、全滅した部隊の姿を見た者はいなかった。だが、その地にただひとつ残されたのは、無情な現実が残した結果だけだった。
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