第14話 森の奥での試練

深い森の中、颯太とミレイアは「エバーナの樹」を目指して進んでいた。陽が差し込む道も次第に薄暗くなり、周囲には不気味な静寂が広がっている。足元には枯葉が積もり、枝を踏むたびに乾いた音が響いた。


「颯太、医者になるって、普通の人とは違う覚悟が必要だと思うの。どうして医者を目指したの?」

ミレイアが先に歩きながら問いかけた。森の危険を意識しながらも、彼女の声には興味と親しみが感じられた。


颯太は少し間を置いて答えた。

「きっかけは……目の前で助けられなかった命を救いたいと思ったから。でも、実際に医者になってわかったのは、それがどれほど難しいことかってことです。僕の手に負えないこともあって、苦しい思いもたくさんしました」


「それでも?」

ミレイアが振り返り、興味深そうに彼を見た。


「それでも、助けられる命がある限り、僕は医者として戦い続けたいんです。誰もが同じように救えるわけじゃないけど、できることを全力でやる――それが僕の信念なんです」

颯太の声には決意が込められており、ミレイアは目を細めて微笑んだ。


「あなた、強いのね。呪われた力を持つ医者だって噂されても、こうして進んでいけるなんて」

「呪い……そうかもしれませんね。でも、その力で助けられるなら、僕は使うべきだと思っています」


ミレイアが何か言いかけたその時、突然、周囲の空気が変わった。草むらがざわめき、低い唸り声が響く。


「魔獣……!」

ミレイアがすぐさま声を張り上げ、颯太の腕を引いて後ろに下がらせた。




木々の間から現れたのは、牙をむき出しにした狼型の魔獣の群れだった。その目は血走り、低く唸り声を上げながら二人をじりじりと囲み始める。


「こいつら……数が多すぎる!」

颯太は周囲を見渡しながら焦りを感じた。一頭ならともかく、これほどの数を相手にするのは無謀だった。


「私がなんとかするわ! 颯太、後ろに下がって!」

ミレイアが手を広げ、薬草の精霊を呼び出した。彼女の周囲に小さな光の粒が現れ、草や蔓が地面から生え出して魔獣の足元を絡め取る。


「これで少しでも動きを止められれば――!」


だが、魔獣たちは予想以上に凶暴で、足元を縛る蔓を力任せに引きちぎり、次々に飛びかかってきた。ミレイアは必死に魔法を駆使して反撃するが、数の多さに押され始める。


「くっ……! 颯太、何か手を打たないとこのままじゃ……!」


颯太はミレイアの言葉に応えようとしたが、体がすくんだように動けなかった。彼には能力がある。だが、それを使えばまた呪われた力として恐れられるかもしれない――その思いが彼を躊躇させていた。


「僕の力なんて……呪いに過ぎない」



ミレイアが力尽きかけたその時、魔獣の一頭が彼女に飛びかかろうとする。


「ミレイア!」


颯太は躊躇を振り払い、前に飛び出した。彼の目には決意が宿り、拳を強く握りしめる。


「これ以上、誰も死なせるわけにはいかない!」


彼は両手を前に出し、能力を発動させた。冷たい空気が周囲を満たし、魔獣たちが苦しそうに咳き込み始める。その咳は次第にひどくなり、全身を震わせながら地面に崩れ落ちた。


「これで……これで止まってくれ……!」


颯太が引き起こしたのは「インフルエンザ」の症状だった。急激な発熱と呼吸困難により、魔獣たちは戦う力を失い、動かなくなった。


だが、その光景を見て、颯太の胸には別の感情が湧き上がる。

「僕は……また、この呪われた力を使ってしまった……」



颯太はその場に膝をつき、うなだれていた。そんな彼の肩に、ミレイアがそっと手を置いた。


「颯太、あなたのおかげで助かったわ」

「でも……僕の力は、呪いだ。ただの殺戮の力なんだ……」


颯太が自分を責めるように言うと、ミレイアは毅然とした声で応えた。

「そんなことはない。あなたの力がなければ、私はここで命を落としていた。命を救う力を呪いだなんて言わないで」


彼女の真剣な眼差しに、颯太は一瞬息を飲んだ。


「私が尊敬しているのは、あなたがその力をどう使うかを迷い、命を救うために使うと決めたその信念よ。それは呪いなんかじゃないわ」


ミレイアの言葉が、颯太の胸に静かに響いた。彼は深く息を吐き、わずかに顔を上げる。

「……ありがとう。ミレイア」



しばらく休息を取った後、二人は再び目的の「エバーナの樹」を探し始めた。そして、ようやく森の奥でその植物を見つける。エバーナの樹は細い幹を持ち、枝はゴムのようにしなやかで、チューブに使うには最適な素材だった。


「これね。これがあれば、ティアナを救えるわ」

ミレイアがその枝を切り出しながら笑みを浮かべる。颯太もそれに頷き、植物を慎重に回収していった。


「これで準備が整いますね」


二人は回収した植物を手に持ち、森を後にした。薄暗かった空も明るさを取り戻し、目的を達成した安堵感が二人の間に広がる。


「さあ、ガルスのところに戻りましょう。そして、ティアナを救うんです」


颯太の言葉に、ミレイアは力強く頷いた。そして、二人は足早に連邦の拠点へと帰路を急いだ。


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ここまでお読みいただき、ありがとうございます。もしこの作品を楽しんでいただけたなら、ぜひ評価とコメントをいただけると嬉しいです。今後もさらに面白い物語をお届けできるよう努力してまいりますので、引き続き応援いただければと思います。よろしくお願いいたします。


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