第2話 生家にて

 私は生まれた。


 そこは地獄だった。


 人によっては良い家かもしれないが、少なくても私にとっては地獄のような家だった。


「エレス! 筋肉だ! 筋肉を鍛えるのだ!」

「はい! お父様!」

「いざという時。困った時は筋肉に問え! きっと応えてくれるはずだ!」

「はい! お父様!」

「左の拳を制するものは世界を制す! 左だ左!」

「はい! お父様!」


 生家は筋肉で出来ていたのだ。バイデン伯爵家という軍人の家系で先祖代々それで飯を食っている脳筋の家系。


 そして私は、もうすぐ成人の十五歳の歴とした貴族家の子女。いずれは同じような脳筋の家に嫁に出される手はずになっているらしい。最低か!


 そのために五歳から基礎トレーニングを積まされた。七歳になる頃には腹筋が割れ、拳や蹴りを放つことを認められた。


 いや。そんなんいらんねんとは言えなかった。


 それもこれも、この世界の家族が私を愛してくれていたからだ。


 だから頑張った。そして何故か私には武の才能があるらしい。生産系の才能じゃなく……武の才能。


「蹴りは腰を入れるんだ。腰! そう! その調子だ!」

「はい。お父様!」


 どうしてこうなった!


 そして私は今。真冬の、しかも雪の降る城の庭園で自身の筋肉を鍛えている。身体からは大量の汗が吹き出て、しかも湯気まで立ち上っている。気温と体温の差のせいだ。


 あんの少年神!


 生家は私と相性がとことん悪いようだ。


「集中しろ! エレス! 筋肉だ。躍動する筋肉に集中しろ!」

「はい! お父様!」


 毎日。毎日。筋肉がどうしたとか、力こそパワーとか意味の分からないことばかり言いやがって!


 私は知的に本とか読みながら、メガネをクイってやりたいんだよ!


 錬金術で大金を稼いで怠惰に楽して生きたいんだよ!


 それなのに!


 それなのに毎日毎日、筋肉筋肉って!


 筋肉は虐めてこそ輝くとか。


 上腕二頭筋は素晴らしいが外腹斜筋の鍛え方が足りないとか。馬鹿じゃないのか!


 こんの脳筋バカ親共め!


 父だけじゃないんだぜ?


 母も同様に脳筋だったりするから質が悪い。大臀筋と大胸筋を鍛えて男性にアピールしろとか。外腹斜筋を鍛えればコルセットが要らないとか!


 合ってるけども。合ってるけども違うんだよ!


 私が目指しているのはそうじゃないんだよ!


 私は密かに誓う。


 成人したら家を出ていったるんじゃー!


 そして知的に優雅に生きてやるんだ!


 そして、のんびりスローライフするんだもんね!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る