第4話 鬼より厄介な、おばちゃん軍団

「おい、ハンバル!  こっちだ!」


 エレナが森の中を突っ走りながら叫んだ。


「おい待て!  何でこんなに急ぐんだよ!?」


「後ろを見ろ!」


 振り返ると、そこには鬼――ではなく、おばちゃんたちの軍団が追いかけてきていた。彼女たちは腰にエプロンを巻き、手にはお玉やフライ返しを武器代わりに持っている。


「何でおばちゃん軍団が俺たちを追いかけてんだよ!?」


「団子だ」


「団子!?」


 エレナは短く答えると、なおも加速する。


 ---


 数分前の出来事だった。


 村を通り抜けようとした二人。そこには一軒の小さな食堂があり、店先で焼き立ての団子が売られていた。


「お前の団子、そろそろ補充が必要だろ?」


 エレナがそう言って食堂を指差したが、ハンバルは首を横に振った。


「俺の団子以外、信用できない。材料も配合も全部こだわりなんだ」


「……そうか。だが、腹が減ったな」


 そうつぶやきながらエレナは勝手に団子を一本買い、無表情でかじりついた。だが次の瞬間、顔色が変わる。


「……これはまずい」


「えっ?」


「この村の団子は、ただの甘い粘土だ」


「そんなひどい言い方するなよ!」


 しかしその声を聞きつけたのか、店の奥からおばちゃんが飛び出してきた。


「誰が粘土言うたんやぁ!」


「あっ、いや、その……」


 必死にフォローしようとするハンバルだったが、おばちゃんの背後からさらに十数人の女性たちが集まってきた。彼女たちは地元の団子職人らしいが、明らかに全員怒っている。


「お前ら、うちの団子にケチつけたやろ!」


「俺じゃなくてこの女が!」


 ハンバルはエレナを指差したが、彼女は一歩も引かない。


「事実を言ったまでだ」


「事実であっても、口には気をつけろ!」


 こうして、団子騒動が勃発したのだった。


 ---


 現在――森を全速力で走る二人。後ろのおばちゃん軍団はまるで鬼よりもしつこい。


「エレナ!  何か策はないのか!?」


「策ならある」


「早く教えろ!」


 エレナは一度立ち止まり、懐から何かを取り出した。ハンバルが息を整えながらそれを覗き込むと――それは昨日、倒した鬼の牙だった。


「これを使う」


「それで何する気だ!?」


 エレナは牙を地面に突き刺すと、静かに何かを呟き始めた。


「何だ、魔法か!?」


「団子職人にしては鋭いな」


「団子職人だから関係ないだろ!?」


 呪文が終わると、牙が輝き、地面から突然、大量の団子が生えてきた。


「……何だこれ」


「鬼の牙を使えば、こうなる」


「いや、それ説明になってないけど!?」


 おばちゃん軍団が追いついた瞬間、大量の団子に目を奪われた。


「うちの団子より美味しそうやん……!」


「ちょっと味見しよか!」


 おばちゃんたちは団子に群がり始める。その隙を見て、エレナは再び走り出した。


「おい、俺たちの分の団子も消えただろ!」


「代わりに安全が手に入った」


「何で俺がそんな理不尽を受け入れなきゃならないんだよ!」


 ---


 数時間後。


 おばちゃん軍団を何とか振り切り、二人は静かな森の中で休憩していた。


「なあ、エレナ」

「何だ?」

「今後は、団子をネタにするの禁止な?」


「無理だ」

「無理って何だよ!」


 ハンバルの嘆きもむなしく、エレナは新たな鬼退治に向けて地図を広げていた。こうして、ハンバルの平穏な日常はますます遠のいていく。

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2024年11月30日 12:00

団子を食べていたら鬼退治に誘われた件 小林一咲 @kobayashiisak1

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