第3話 団子職人、鬼より恐ろしい女に追い詰められる

「ハンバル、早く起きろ」


 その声が耳に入った瞬間、ハンバルは寝袋の中で目を覚ました。昨夜の疲れが全身に残っており、体を起こすのも一苦労だ。


「うーん……鬼退治なんて、夢であってくれ……」


 そうつぶやきながら寝袋の中でもぞもぞしていると、突然、何かがハンバルの顔にぶつかった。


「痛っ!  何だ!?」


 飛び起きると、そこにはエレナが立っていた。彼女の手には……団子串? 


「どうして俺の団子を武器みたいに投げるんだよ!」


「朝食だ」


「朝食は普通に渡せ!」


 ハンバルは団子串を拾い上げながら文句を言うが、エレナはまったく気にしていない。彼女は冷ややかな目でこちらを見つめた。


「早く食べろ。今日はもっと手強い鬼と戦う」


「また鬼退治!?  俺、団子職人なんだけど!?  戦士じゃないって分かってるか!?」


「分かっている。だが、お前は団子を作るだけで戦士以上の役割を果たしている」


「……褒めてるのか、それ?」


 ハンバルが団子を口に放り込みながらぶつぶつ文句を言っていると、エレナが突然、腰に手を当てた。


「それにしても、お前の寝相はひどいな。獣かと思った」


「寝相!?  それ、関係ないだろ!」


「関係ある。もし寝ている間に鬼に襲われたらどうする?」


「そんな頻繁に鬼が来る世界なのかよ!?」


 エレナは何か言い返そうとしたが、突然、森の奥から奇妙な音が聞こえた。


「……来たか」


「ちょっと待てよ。まだ団子作ってないぞ!」


「準備不足も経験のうちだ」


「そんな無茶な理論があるか!」


 ---


 二人が音の方に向かうと、そこには一匹の鬼がいた。だが、先日の鬼とは様子が違う。見た目こそ同じように不気味だが、やたらと跳ね回っている。


「何だあいつ……妙にテンション高くないか?」


「警戒しろ」


 エレナが剣を抜いて構える。鬼は奇妙な動きで二人に迫ってくると、いきなりハンバルの荷物を狙って飛びついた。


「おい、俺の団子の袋!?」


 鬼は器用に袋を開けると、中の団子を一本取り出し、満面の笑みで頬張った。


「……ちょっと待て、食べるのか?」


 団子を食べた鬼は、突然その場で踊り始めた。奇怪な動きでぴょんぴょん跳ね回り、挙げ句の果てには木に頭をぶつけて倒れてしまった。


「え、これ……勝った?」


 ハンバルは呆然とその場に立ち尽くす。エレナは剣を下ろしながら鬼の様子を観察している。


「どうやらお前の団子には、鬼を混乱させる効果もあるようだな」


「いや、知らなかったぞ!  そんな使い方!?」


 鬼が地面に転がったまま動かなくなったのを確認すると、エレナは満足げに頷いた。


「上出来だ。これなら次も安心だな」


「次!?  まだあるのかよ!」


 ---


 鬼退治が終わり、一息ついた二人。ハンバルは木陰で団子を作り直していた。だが、その手はどこか震えている。


「なあ、エレナ」


「何だ?」


「俺、これから先どうなるんだ?」


 エレナは一瞬だけ考え込むような素振りを見せたが、すぐに口を開いた。


「世界を救う英雄になる」


「そういう話じゃなくて!」


 こうして、団子職人ハンバルの苦難の日々は続くのだった。

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