第2話 初めての鬼退治
「これは何の冗談だ……」
草原を歩きながら、ハンバル・シンバは何度目か分からないぼやきを漏らした。隣を歩くエレナは、そんな彼を無視して前を見据えている。
「だから何度も言ってるだろう。お前の団子には力がある。それを証明してやるために、まずは鬼を一匹退治するんだ」
「それが普通の団子職人に頼む話か? もっと剣士とか魔法使いに行けよ!」
ハンバルは団子を詰めた袋を背負いながら文句を言う。だが、エレナの視線が一瞬だけこちらを向いた。その冷ややかな目に、彼は思わず口をつぐんだ。
「私は試した。剣士も魔法使いも全滅した。それどころか、やつらは鬼を強くするだけだった」
「団子じゃなくて?」
「団子だ」
「……信じられん」
そんなやり取りをしているうちに、森の入り口にたどり着いた。そこは陽の光がほとんど届かない鬱蒼とした場所で、ただ立っているだけで肌に冷たい空気がまとわりつくようだった。
「ここに鬼が潜んでいる」
エレナが短く告げる。
「俺が行く必要あるか? お前が強そうだし、鬼の一匹くらい倒せるだろ?」
「だから言っただろう。お前の団子がなければ無理なんだ」
「それは分かったけど、具体的に何をすればいいんだよ?」
エレナはハンバルの問いには答えず、腰の剣を抜きながら進み始めた。
「ついてこい」
「ちょっと待てよ!」
仕方なくハンバルも後を追う。
森を進むにつれ、空気がますます重くなっていく。鳥の声ひとつせず、ただ木々の間を吹き抜ける風の音だけが耳に残った。
「エレナ、ちょっと聞いていいか?」
「何だ?」
「鬼って、どんな見た目なんだ?」
「見れば分かる」
そんな会話をしていると、急に彼女が立ち止まった。
「……来た」
その一言の直後、周囲の空気が一変した。濃密な殺気が森全体を覆い、ハンバルの背筋が凍りつく。
次の瞬間、茂みの奥から巨大な影が現れた。
「うわっ、デカい……」
全身を黒い毛で覆われたその鬼は、二足歩行で人型に近いが、顔は獣のように醜く歪んでいた。鋭い牙が覗き、目は赤く光っている。
「これが……鬼かよ」
ハンバルの声は震えていた。
「覚悟しろ、ハンバル」
エレナは剣を構えながら前に出る。だが鬼の目は彼女ではなく、ハンバルが背負う団子の袋に釘付けだった。
「えっ、俺狙い?」
「当然だ。お前の団子には鬼を弱体化させる力がある。それを奪われないようにしろ」
「無茶言うな!」
鬼は咆哮を上げると、猛スピードでハンバルに向かって突進してきた。
「うわっ!」
慌てて後ろに飛び退くが、その衝撃で背負っていた袋が地面に転がり、中の団子がいくつか飛び出した。
「ハンバル! 団子を奴に投げろ!」
「団子を!? 武器じゃなくて!?」
「早く!」
半ばやけくそで、ハンバルは手近な団子を掴むと鬼に向かって力いっぱい投げた。
――すると。
団子が鬼の顔面に当たった瞬間、鬼の動きが止まった。まるで身体が石のように固まり、次第に苦しそうな声を上げ始める。そして、鬼の毛が一瞬にして抜け落ち、巨大だった身体もみるみるうちに縮んでいった。
「な、なんだこれ……?」
ハンバルは唖然とした表情でその光景を見つめる。
「言っただろう。お前の団子には力があると」
エレナが淡々と説明する。
「鬼を弱体化させ、普通の生き物に戻す力だ。その力は、炭とお前の作り方が生み出している」
縮んだ鬼は、もはや恐ろしい怪物ではなく、ただの大きなイノシシのような姿になっていた。
「マジかよ……団子でこんなことが?」
「これで証明できただろう。お前が必要だということが」
そう言うエレナに対し、ハンバルはなんとも言えない表情を浮かべた。
「これ……本当に俺に務まるのか?」
「やるしかない。次はもっと手強い鬼が来るだろうからな」
「次って、まだやるの!?」
こうして、ハンバルはますます逃げられない状況に追い込まれていくのだった。
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