貴方の才能を盗みます

UMA20

第1話 現実


“才能”。


 それは遥か昔、勇者と魔王が相打ちした時代に誕生した人が持つ超常の力だ。

 濃密な魔力の源、魔素が大気に満ちていたこの時代に、勇者と魔王の衝突は世界の変化をもたらした。


 大気中の魔素を消滅させ、環境を作り変えたのだ。


 その結果、当時の生活基盤であった魔術の文明は衰えて、魔物との争いは激化した。

 魔物対策としてある国では科学が発展し、

 ある国では肉体の極限を目指す場所もあれば、

 ある国では自然との共存を実現した場所もあった。


 しかし、魔王と勇者が相打ちした日から数年後に、摩訶不思議な現象が起こった。

 齢十歳を超えた少年少女の手の甲に花の紋章が出現、光初め、超能力を使う者が現れたのだ。


 各々が別の能力を扱い、一大パニックを起こしたと同時に、魔王が死んでもなお蔓延る魔物への対処手段の一つとして確立した。


 それを人は──“才能の開花”と呼んだ。


 —


「君の才能は、“盗み”の才能だね」


「え?」


 聖堂の鐘が鳴る。

 神からの祝福を賜わると共に、白鳩が空へと旅立った。

 お祝いの空気と演出、それらを盛大に受けてもなお、俺の頭は考えるのをやめていた。


 ──時は少し遡り、今朝のこと。


 十歳の誕生日。

 祝われる家族のいない俺は、手の甲に花の紋章が光って初めて十歳になったのだと知った。


「あら! クライム。貴方今日が誕生日だったのね」


 孤児院のタンド婆さんはそういって喜んでくれた。

 タンドは俺の育ての親だ。

 村の外れに捨てられていた俺を拾って、孤児院に連れて来たのだ。


 そんな境遇を持った仲間が、この孤児院には多かった。

 タンド曰く、“放って置けなかった”らしい。

 魔物による被害、山賊や荒くれ者による数々の事件。

 山奥の小さな村では、自分の身を守り生きていくだけでも精一杯なはずなのに、タンドは進んで孤児を引き取っていた。


 正直、バカだな、と思う。

 自分の血も繋がっていない赤の他人を、僅かな金を使って養い育てていくなど一体何の意味があるのか。

 でもそんなタンドを誇らしく思った。

 誰かに優しくしてやれる人生になったら良いと、幼心に思っていた。


「あら。ユッカ、貴方も今日が誕生日なのね!」


 ユッカと呼ばれた少女。

 白髪で鈴のように丸まったショートヘアが特徴で、物静かな子だ。

 村1番の美系と言われるだけある、整った顔だ。

 嫌でも目を引いてしまう。


 彼女の家系は昔、とても良い家柄だったそうで、村の中では最も新しい顔なんだとか。

 まだ暮らし始めて十年程度しか経っていないとのことなので、ユッカが産まれたのを機にこの村に越して来たのだろう。


 故に、彼女は孤児ではない。

 だが、タンドに色々教わりに孤児院に遊びに来てるのだ。

 家でそんなもの教われば良いと思うのだが、彼女はタンドが良いの一点張りだった。


 教え上手であり、タンドの優しい人柄がユッカを惹きつけているのだろう。

 その気持ちはよくわかる。


 とはいえまさか、同い年とは思わなかったが。


「どんな才能があるんだろうな、俺ら」


「さぁね」


 二人揃って教会へと向かう。

 村から一日に一回しか出ない、少し大きめの街へと出る商人の馬車に乗り、半日の旅だ。

 本来であれば、教会に事前に連絡し、教会からの使者が来るのだが、俺らは例外だった。

 俺はともかく、なぜユッカまで知らされていなかったのだろうか。

 何となく疑問には思ったが、口にはしなかった。


「でもまぁ、大した才能じゃないかもな」


「かもね」


 俺の言葉に真剣味がないからかもしれない。

 ユッカもどこか上の空で適当な返答が返ってくる。

 隣ではタンドが静かに寝ていた。

 孤児院の仕事は忙しい。

 こういう隙間時間に休んでくれるなら、俺も安心だ。


「貴方は、どんな才能が欲しいの」


 と、唐突に。

 ユッカは表情を変えずに訊いてきた。


「え、どんなって……そうだなぁ」


 言われてふと考える。

 特に夢などない。

 タンドに拾われて、あの村で静かに過ごしていくものだと思っていた。

 “才能”の開花も、三割以下の確率らしいから期待もしていなかったのだ。

 まさか自分に“才能”があるなんて。


「タンドの婆さんを楽させてやれるような、便利な才能か、人助けになる才能がいいなぁ」


 脳裏に浮かんできたものをそのまま答えた。

 俺の人生の指針など、タンドの役に立つ、タンドの精神を見習う程度のものしかない。

 寧ろそれが出来れば良いのだ。

 もし、タンドの腰痛を何とか出来るような才能なら、尚のこと嬉しいかもしれない。


「私は……世界が変わる才能が欲しい」


 そう、表情を変えずにユッカは言う。

 あまりにも壮大な考えに、俺は思わず笑ってしまった。


「世界? 随分と大袈裟だな」


 だがユッカは笑わなかった。

 俺らはそこから街まで一度も口を開かなかった。


 –


「え?」


 そして現在。

 俺の才能が判明した。


 全ての教会に設置してある、才能の詳細を判断する水晶。

 そこに手を当てれば才能の詳細が文字となって現れる。


 その言葉が──盗み。

 とても言葉に出来ない。

 人並みにいえば、ショックを受けていた。

 だってそうだろう。

 盗みと聞いて、人の役に立つことを考えられる人間は少ない。

 盗みと聞けばまず思い浮かぶのは、マイナスの印象のはずだ。


 もちろん、それは例に漏れず、


「そんな……」


 タンドも言葉にならない様子だった。

 涙すら浮かべている。

 感情に浸る暇もないまま、俺は横へと移動させられ、ユッカの才能調べが始まる。


 ユッカの細い指が、一瞬水晶に触れて、離れた。


「ユッカ……?」


 タンドの心配するような言葉に、ユッカは視線を交わした。

 ユッカの挙動の理由は、きっと俺の前例によって才能を調べることに恐れているのだろう。

 もし、ユッカの立場が逆なら、俺も水晶に手を置くのは躊躇してしまうはずだ。


 だがユッカは、決意を固めたように目を開き、手のひらを水晶へと置く。


 光りだす水晶は、神からの啓示を一言一句間違えず、才能の正体を表した。


「これは……」


 ユッカの才能の正体を見た司教はわなわなと震えている。

 一体何を見たのか、畏れすら含んだ表情で膝から崩れ落ちそうになった司教を、シスターは間一髪で支えた。


「司教様!」


「だ、大丈夫だ……驚いてしまってね。初めて見た……超がつく程の稀な才能だ。更に言えば、国にとっても一大事と言える」


 震える司教は再度改めるように咳払いをし、告げる。

 ステンドグラスから差し込む光がユッカを照らし、それはまるで神からのお告げのようで──。


「君の才能は“英雄の才能 《剣》”だ。才能三大希少種の“英雄”の才能だよ」


 それは盗みの才能とは比べ物にならないくらい、人の役に立てそうな才能だった。


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