それでも失った青春を君のために取り戻したい。
辻本恭介
第1話 ハクビシンテクノロジー
「我が社にこれ以上どうしろと……」
「これは国の命令です。ハクビシンテクノロジーには、国の政策の一環でお願いしたい事がありまして。──これは、まだ世間に公開していない情報ですがご一読お願いします。大神社長」
当時、地方の外れに会社を構えていた私──
「大神社長が作っている玩具用の人工知能ですが、シェア率を少しずつ伸ばしているそうではないですか。我が国は大地震に見舞われ、不景気が二十年も続いています。バブル経済が破綻した時のような大惨事になりかねない」
村瀬さんは眼鏡をずり上げながら言った。確かに2040年代から現在に至るまで、日本経済は絶望的な不景気に見舞われていた。
「確かに、ここ最近の不景気は経験したことが無い。ですが、地方の小さなIT企業に何ができると言うんですか? この提案書に書かれている『天神省』の設立っていうのは何なんですか」
村瀬さんに不穏な表情で問うた私だったが、村瀬さんは一瞬目を逸らしすぐに前を向いた。
「天神省は、文部科学省と国土交通省の役人から何人か抜き出して作る新たな行政機関です。──大神社長。貴方は神様を信じますか?」
「はぁ?」
私は思わず変な声を出してしまった。この人は一体何を考えているのか。神様と小さなIT企業をどう結びつけるのか。意味がまるで分からない。
「毎年、お正月に近くの神社に参拝して会社が繁盛するようにお願いには行っていますが」
「良かった。では、登録済みという事ですね」
「ちょっと待ってください。何の事ですか」
「──実は最近の研究機関の調べによると、古代からある神社からは現代のインターネットと似たような通信が電波として飛んでいるようなのです」
「えっ?」
「それはつまり、神々同士が何等かのコンタクトをとっていると考えられています。三ページ目を」
村瀬さんに急かされる形で提案書を捲る。そこには、図解つきで神社同士を線で繋いだ画像が表示されていた。
「我々日本国としては、この通信技術を明らかにし神社ネットワークを現代のIT技術と結び付ければ、神々と対話ができるのではないかと考えているのです」
「神々と……」
「そうです」
私は頭を抱えた。国が本気でこの政策を行うのか? 国民はどう思うだろうか。神様を信じていない層だって居るはずだ。仮に我が社で開発に着手した場合、我々は国から開発費を貰う事になる。批判の矛先が我が社になる可能性だってあるはずだ。
「これ、本気で言ってます?」
「本気です。神々の持つ力は古代から畏れられています。この力を有効に使い、腐敗した日本経済を立て直すためには、まずは神々と対話する必要があるのです。大神さん。どうか、お力をお貸しください……!」
村瀬さんは深々と頭を下げた。村瀬さんのお気持ちも凄く分かる。三上内閣の支持率はこの半年で凄まじいスピードで低下している。国民にインパクトある政策を打ち出したい気持ちも痛いほど分かっていた。
だが、一般的に見えざるものである神々との通信を可能するテクノロジーを作るとなると、国民の反感を買う事になりかねない。私の会社で働いている社員たちに嫌がらせがあっても嫌である。
──ここは、丁寧に断るしか。
「はっきり言ってこんな無謀な計画。我が社でお引き受けできな──」
「三鷹銀行が潰れますよ」
「えっ……。今なんて」
「ハクビシンテクノロジーのメインバングである三鷹銀行がもうじき破綻します。これは政府関係者しかまだ公開されていない情報ですが。──もし、この件引き受けてくださるなら、政府系の銀行から貴方の会社に大幅融資いたします。大神社長、貴方はさっきうちは地方の小さな企業と言いましたよね。ですが、今順調に業績を伸ばし、社員も80名程いる。ハクビシンテクノロジーはこれから化けます。そんな美しい原石を三鷹銀行の破綻でなくしたくはないのです」
私と村瀬さんは見つめ合ったまま固まった。これは、ある意味経営者として究極の選択だった。
村瀬さんは鞄に荷物を入れ始め、帰る素振りを見せ始めていた。
「回答のデッドラインは二日後です。それまでに、ご連絡ください」
そう言い残すと、村瀬さんは帰って行った。私はただただ立ち尽くすしかなかった。──天神省。もし、そんなものが立ち上がったら日本は激動の時代を迎えるだろう。
それでも失った青春を君のために取り戻したい。 辻本恭介 @Kyosuke_Tsujimoto
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