第4話 関所

関所の門は厳重だった。ザイレンの森の国の兵士たちが槍を構え、訪問者を冷たく見据えている。森の中から吹き抜ける風が肌を刺すように冷たいが、それ以上に兵士たちの眼差しが鋭かった。


精霊人族――彼らは人間に似ているが、雪のように白い肌と澄んだ青い瞳を持つ。精霊の力を扱う特殊な魔法使いであり、森を守るために並外れた防御力と攻撃力を誇る。遠目にも彼らの存在感は際立ち、リュミアは少し緊張した様子で呟いた。


「ねえ、セリオン。私たち、ここ通れるのかな。」

「やるしかない。」

セリオンは短く返すと、落ち着いた足取りで門へと進んだ。



「止まれ。」

兵士の一人が手を挙げ、セリオンたちを睨みつける。


「ここはザイレンの森の国の関所だ。身元を明かせ。どこから来た?」


セリオンは即座に答えず、わずかに間を取った。「俺たちは旅人だ。氷の門を越えて森に入りたい。」


「旅人…?」

兵士は眉をひそめた。「この北端に旅人など珍しいな。目的は?」


「特に決まった目的はない。ただ、森を通り抜けたいだけだ。」

セリオンの声は冷静で、表情には動揺の色が見えなかった。


リュミアも微笑みを浮かべ、「そうそう、ちょっと見て回りたいだけよ!」と軽く答えた。彼女の無邪気な振る舞いが、少しだけ兵士たちの警戒を和らげたようだった。


「……よし、通れ。ただし、何か不審な行動を取れば容赦しない。」

兵士は短く告げ、門を開いた。


セリオンが足を踏み出したその瞬間――


「――ドンッ!」

轟音が後方で響いた。衝撃が関所の周囲に伝わり、地面が微かに震える。


「何だ!」

兵士の一人が叫び、すぐに空へと飛び上がった。精霊魔法による飛行だ。しかし――


「――ッ!」

その兵士が何かに撃たれ、地面に叩きつけられるように落ちてきた。周囲は一気に緊迫し、他の兵士たちは武器を構えた。


「おい、お前たちの仕業じゃないだろうな?」

別の兵士がセリオンとリュミアを睨む。


「俺たちじゃない。状況を確認したほうがいい。」

セリオンは即座に答えたが、その目はすでに後方を見据えていた。


リュミアが彼の袖を引っ張り、小声で言った。「セリオン、ちょっと待ってて。私確認する。」


「お前、大丈夫なのか?」

セリオンが心配そうに聞くが、リュミアはすぐに手を振った。「平気よ! 力をちょっと使うだけだし、姿は変えないから!」


彼女は目を閉じ、深く息を吸った。そして目を開いた時、瞳の中に微かな光が宿る。龍族特有の遠視の力を呼び覚ましたのだ。視界が一気に遠くへと伸び、木々の奥に動く影が映る。


「……ドワーフたちだわ。何かの偵察隊みたい。でも、こっちに向かってる。」

リュミアは真剣な表情でセリオンに伝えた。



森の外れから現れたドワーフたちは、全身を鋼鉄で覆った重装備の兵士たちだった。肩に担いだ魔力砲が青白く輝き、次々と火を噴いた。その爆発が関所の周囲を抉り、地面に巨大な穴を空けていく。


「防御を固めろ!」

指揮官が叫ぶが、兵士たちはその圧倒的な火力に押され、じりじりと後退を余儀なくされる。爆風が盾を弾き飛ばし、次々と地面に伏す者が出てきた。


「くそっ、あの火力じゃ持たない!」

一人の兵士が叫び、盾を拾い上げるが、次の瞬間、また爆発に吹き飛ばされる。


セリオンは剣を構えながら、周囲を見回した。「このままじゃ全滅するぞ!」


「精霊術士を呼べ!」

指揮官の声が響いた。その声に応えるように、一人の兵士が杖を掲げて前に出た。


「精霊たちよ、森を守れ!」

術士の声が関所全体に響き渡る。その声に応えるように地面が震え、光る蔦が次々と生えてきた。それらは一瞬で絡み合い、巨大な壁を形成する。


ドワーフたちの魔力砲がその壁を撃つが、蔦は光を放ち、その衝撃を吸収して霧散させた。


「防御魔法を展開する! 全員、門の内側に下がれ!」

術士はさらに力を込め、蔦の壁を厚くしていく。同時に、兵士たちの盾や槍に魔力を付与し、次の攻撃への準備を整えた。


信頼の一撃


その時、森の影から現れた軽装のドワーフ部隊が精霊術士を狙って疾走してきた。槍を構えた敵が、術士の背後に迫る。


セリオンはその動きを捉え、迷わず駆け出した。


「くそっ!」

剣を握る手に力を込め、一気に間合いを詰める。槍が振り下ろされる寸前、セリオンの剣が閃き、その軌道を弾き返した。


「何っ!」

ドワーフが驚きの声を上げた瞬間、セリオンは逆手に剣を持ち替え、相手の肩口を浅く斬りつけた。


「ぐっ…!」

ドワーフは苦痛の声を上げて後退する。しかし、セリオンは追撃せず、その場に立ち尽くした。


(……殺すべきなのか?)


ドワーフが槍を構え直そうとするが、セリオンは足で槍を蹴り飛ばし、その武器を無力化した。それでも殺すことはできず、ただ相手の動きを封じるにとどめた。


「……助かった。」

精霊術士が安堵の声を漏らし、セリオンに感謝の視線を向けた。




ドワーフの部隊は、防御魔法を突破する手段がないことを悟り、土魔法を展開して撤退を開始した。土の壁が関所との間に築かれ、視界が遮られる中、彼らの足音が次第に遠ざかっていく。


「追撃するか?」

セリオンが指揮官に尋ねたが、指揮官は首を振った。


「無理だ。森の外では精霊の力を借りられない。それに、今の状況で無理をしても意味はない。」



戦闘が終わり、精霊術士がセリオンに近づき、深く頭を下げた。「君がいなければ、私はここにいなかった。感謝する。」


「……ただ動いただけだ。」

セリオンは静かに答えたが、その言葉の奥には迷いとわずかな自信が入り混じっていた。


「お前、本当によくやったわね。」

リュミアが笑顔で声をかける。


「余計なことを言うな。」

セリオンは少し呆れたように答えたが、その表情には確かな手応えが浮かんでいた。

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