第2話門出

その頃、ヴァルトラント帝国は依然として力を持ち続けていた。中小国を巧妙に操り、世界中で戦争を引き起こすことを繰り返していた。その策略によって、数多くの国々は血を流し、混乱の中で暮らしていた。


アルティネス大陸の中央には、セルヴァンティス帝国が君臨し、周囲の国々とのバランスを取るべく必死に戦争を抑えていた。しかし、その力も限界があり、ヴァルトラント帝国の圧力にどう対抗すべきか、日々悩んでいた。


隠れの里の存在は、まだほとんどの者に知られていなかった。しかし、セリオンの血脈とその秘密の力が世に知られる時、ヴァルトラント帝国の支配が揺らぐ可能性もあった。


セリオンの旅が、すべての運命を変える可能性がある。そしてその時、ドラヴェルシア帝国の名を冠した王が再び姿を現すことになるかもしれない。


その未来を、誰も予測できなかった。


その頃


氷の門の前に、セリオンは立ち尽くしていた。雪が舞い、冷たい風が彼の黒髪を揺らす。その瞳には決意が宿っている。隠れの里を旅立つ前に、最後の試練がここで待っていることを彼は知っていた。


門の前では、銀色の髪を揺らす一人の少女が、明るい笑顔を浮かべて彼を迎えていた。リュミアだ。彼女とは、3か月ぶりの再会だった。


「セリオン! やっと来た!」

リュミアは雪を蹴り上げながら駆け寄り、無邪気な声を上げた。


「久しぶりだな。」

セリオンは静かに答えたが、その声の奥にはどこか懐かしさが混じっていた。


「ねえねえ、ちゃんと鍛錬してた? それとも寝てばっかりだったんじゃない?」

リュミアはにやりと笑いながら彼をからかう。セリオンは軽くため息をつき、肩をすくめた。


「お前に言われる筋合いはない。」

言葉ではそう返すものの、その口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。


二人は幼少期を共に過ごしてきた。帝国が滅亡し、両親を失った過去を共有している彼らにとって、互いの存在は特別だった。それは家族とも友とも違う、唯一無二の絆だ。


「さあ、挨拶はそのくらいにして…」

リュミアは背後を振り返りながら言った。その先には、長身でたくましい男が静かに立っていた。長槍を携えたその男、カリオ・ヴェルトだ。かつて帝国の陸戦士として名を馳せた彼は、今では隠れの里の守護者として生きている。


「カリオ、待たせたな。」

セリオンが一歩前に出て声をかけると、カリオはうなずきながら言った。

た。


セリオンは剣の柄に手をかけ、静かに息を整えた。カリオは彼を見つめ、長槍を軽く構えるだけで圧倒的な威圧感を放っている。隠れの里で鍛錬を積んだ3か月間、セリオンは己の限界を何度も感じながらも、少しずつその壁を乗り越えてきた。今日の鍛錬はその集大成。彼がカリオに一撃でも当てられれば、旅立ちへの許しを得る。


「構えろ、セリオン。」

カリオの低い声が響いた。


セリオンは剣を引き抜き、雪上に足を踏みしめた。雪がきしむ音が静寂の中に響き渡る。刀身に魔力を注ぎ込み、微かに青白い光が刃を包み込む。


「いくぞ!」

セリオンは叫ぶと同時に、一気に間合いを詰めた。その動きは速い。氷の地面を蹴り、風のように駆ける。その刃が描く軌跡は正確無比で、カリオの左肩を狙って一直線に振り下ろされた。


だが――


「甘い。」

カリオの槍が一瞬で刀身の軌道を逸らす。長槍の柄がセリオンの刀を弾き返し、雪上で甲高い音が響いた。


「まだだ!」

セリオンはすぐに体を回転させ、逆方向から水平に振り抜いた。だが、カリオがまたもその動きを封じる。槍の先端が正確に刀身の平側を叩き、攻撃を無力化する。


カリオは微動だにせず、冷静に槍を構えたままだった。「攻撃に意図がない。次を考えろ。」


セリオンは歯を食いしばり、再び突進する。今回はフェイントを混ぜ、初撃でカリオの槍を上方に誘導し、その隙を突いて足元を狙った。しかし――


「その程度か?」

カリオは笑みさえ浮かべ、槍をひねるだけでセリオンの攻撃を防ぎ、逆に柄尻を使ってセリオンの胸を軽く突いた。その衝撃でセリオンは一瞬ひるむ。


「まだだ!」

セリオンはすぐに態勢を立て直し、さらに魔力を注ぎ込む。一層強く輝き、彼の動きが研ぎ澄まされる。


雪を巻き上げながら、セリオンは渾身の一撃を放つ。刃が円を描きながら、カリオの槍を弾こうとした。しかし――その瞬間、カリオの槍がわずかに遅れて動いた。


「そこだ!」

セリオンの刃が、ついにカリオの左肩を掠めた。鋭い刃が防具に傷を残し、ほんの一瞬だがカリオが体勢を崩す。


「ほう。」

カリオは微かに感心した声を漏らす。


だが、次の瞬間――


「終わりだ。」

カリオの槍が閃き、セリオンの懐に入り込む。槍の柄がセリオンの脇腹に当たり、その力で彼は雪の上に崩れ落ちた。衝撃で息が詰まる。


「……強くなったな、セリオン。」

カリオは槍を引き、セリオンに手を差し伸べた。


セリオンは荒い息をつきながら、差し出された手を掴み、立ち上がった。胸の中には悔しさと達成感が入り混じる。



「一撃を当てたことは評価してやる。しかし、これで満足するな。」

カリオの言葉に、セリオンは苦笑しながらうなずいた。


「まだまだカリオには及ばないさ。でも、今日の勝負は俺にとって大きな一歩だった。」

セリオンは剣を鞘に収め、静かに息を整えた。


「ほら、良かったじゃない! カリオに一撃入れるなんて、私が知ってるセリオンじゃ考えられなかったわよ、セリオンもなかなかやるじゃない!』そう言うとリュミアは雪の中で指先を弾き、氷の結晶が花の形を成した。

『ほら、私も負けてないでしょ?』」


リュミアが明るい声で茶化すように言う。


「お前に言われると、勝った気がしないんだが。」

セリオンは半ば呆れたように返すが、その顔には安堵の笑みが浮かんでいた。


「さあ、門を越える時間だ。旅立ちの準備はできたのか?」

カリオが最後に問いかける。


セリオンは剣を握りしめながら、静かに答えた。「ああ。ここからが本当の戦いだ。」


カリオはうなずき、槍を肩に担ぎながら二人に背を向けた。「行け。そして、お前自身の力を見つけろ。」


リュミアがセリオンの隣に立ち、門を指さす。「じゃあ、いよいよ出発ね! 覚悟してよ、私、置いて行かれるつもりないから!」


「お前が俺を置いて行く方が心配だ。」

セリオンは苦笑しながらリュミアと並び、氷の門を越えて歩き始めた。


門の向こうには、未知の試練が待ち受けている。だが、セリオンの足取りはもう迷いを知らなかった。

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