私はあの子を傷つけた。

ぐーすかうなぎ

私はあの子を傷つけた。

 小学校高学年のとき、保健体育の授業があった。

 保健体育は、決まって教室だった。

 そしてある時、子供をつくる過程を説明してくれる、そういう授業があった。

 でも私達はその内容を、漫画や先輩の下ネタから知って、わかりきっていた。だから笑っていた。

 不謹慎だ。そう、先生は怒っていたっけ。

 男子と女子とで、分かれて説明を受けたこともあった……。

 そのとき渡されたのは、コンドームだった。

 一人ひとり確認するように言われて、その隙にクラスメイトの美恵子ちゃんが、ふとコンドームを盗んだのを、私は見てしまった。

 そしてそれは、めぐりめぐって私の手元にまで、まわってきた。

 ……そんな、これは私が盗んだんじゃないのに。

「渡したコンドームの数が足りませんね。誰ですか、持ってるのは」

 先生の声に怖さが宿ると、私も含めて、誰も言い出せなくなってしまった。

 沈黙が続く。

 どうしよう、後でこっそり返すことも、これではできなさそうだ。

 ましてや私は誤解が嫌だった。でも、言葉にはできない。言い訳しても、信じてもらえるものではないと思ったし、そもそも度胸がないのだ。前に出るという、そういう強い気持ちが。

 なのに、手にはコンドーム。

 私は後ろ手にそれを落とそうとして我に返る。

 私の横にいたのがユキちゃんという女子だ、ということに気づいたからだ。

 このユキちゃんは、いつも不潔で上履きも臭くて汚くて、頭も悪くて……、つまり、みんなに悪く言われる、そういう子で。

 だからきっと、この件で傷つけても大丈夫。そんな風に思って、私は彼女を見つめてしまったのだった。

「ユキちゃん」

「なに?」

「これ、あげる」

「うん?」

 すると横合いから、美恵子ちゃんがユキちゃんの手にしたコンドームを指さして「せんせー、ユキちゃんが持ってますー!」って。

 その後、先生に大目玉を食らったのは案の定ユキちゃんだった。

 私は未だにその時の、ユキちゃんの顔を忘れることができずにいる……。

 もうこんな痛さには慣れているよ、そんな顔で笑ってた。

 先生に怒鳴られても、誰かに、私達に笑われても。

 本当は平気じゃないのに平気なんだって顔。

 私は……、私が何をしてしまったのかと考えては、時折、胸のつっかえを手でおさえる。

 ユキちゃん、あの子は今ももしたら傷つけられながらいるのかもしれない。


 ごめんなさいも言えずに卒業した私は、その苦い思い出をいまだに忘れられずにいる。




 完。

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