第9話 旅人

「あの、こんなところで何されてるんですか?」

俺は恐る恐る長身で美人な彼女に話しかける。

「み、みず。水を下さい」

俺の質問には答えず今にも干からびそうな顔をしながら懇願する。

「皐月さん、水出してあげたら?」

皐月は能力で水筒に水を注ぎそれを彼女に渡す。それを一気に飲み干す。


「はあーーー!生き返った。ありがとうございます。あなた方は命の恩人です」

「あ、あなた名前は?」

彼女の勢いに若干引きながら皐月は尋ねる。

「ダイヤです」

ダイヤと名乗った女はその煌びやかな名前には相応しくない、あまり綺麗とは言い難い薄汚れた服を身に纏っていた。服装自体はこの世界によくあるワンピースタイプだが何というか、困ったような顔つきも相まって悲壮感が漂っているような感じだ。


「で、さっきも聞いたけどダイヤさんはこんなところで何してるの?」

「さんはいらないです。ダイヤでいいですよ。あたしはちょっと旅をしてまして」

皐月はまだ警戒心を解いていないようで顔つきが少し険しい。

「なんで旅なんかしてるの?」

「それはまあ、ちょっといろいろありまして」

答えるときに皐月から少し目を逸らしたのが気になった。皐月も気づいたらしく疑うような顔になる。


「それで、どこに行こうとしてたの?」

「あっちの街です」

ダイヤが指さした方角は今まさに俺たちが向かおうとしている方だった。

「奇遇だな、俺たちと目的地は同じみたいだ」

「あの、じゃあ、あたしもご一緒していいですか?あたしの能力火なので、もう水を飲み干しちゃってどうしようもなくて」

おどおどしながらそう聞いてくる。正直俺は連れて行ってもいいだろうと思っていた。ここに置いていくのは流石にちょっとかわいそうだし何より美人だからだ。だが皐月はそうは思わなかったらしい。

「遠慮しとくわ。得体が知れないし、旅をしてる理由も不明確だし」

ダイヤは今にも泣きそうな感じだ。

「別にいいじゃないか、次の街までだし戦力も多いに越したことはない」


皐月がダイヤから距離を取りちょっとこっちにこいと手招きする。

「戦力が多いに越したことはないけどあいつちょっと怪しいわよ。旅の理由もはっきり答えなかったし何よりあの子がいると元の世界に帰る方法を探しずらいじゃない」

「元の世界に帰る方法の話は次の街までしなければいいだろ。旅の理由かって何か複雑な事情があるのかもしれない」

そう言っても納得せず抗議を続けるが結局は俺の熱意に負けた皐月が折れる形になった。


「次の街までなら一緒に行こう」

「ありがとうございます。これで干からびる心配がなくなりました」


こうして俺たちは3人でプーカを目指すことになった。堂々と先陣を切る皐月は心なしか不機嫌そうだ。俺の後ろをおろおろしながらついていくダイヤと正反対だ。


「あの、お2人の名前は?」

緊張してるかのような声色で尋ねてくる。

「俺は伊織、年は21。そっちの彼女は皐月、年は25」

皐月は俺を睨みつける。

「年齢まで言わなくていいわよ。でダイヤさんの年齢は?」

「20歳です。あのさっきも言いましたがダイヤで結構ですよ。年もあたしが1番下みたいだし」

「私は大人の女性には、さん、年の近い男性には、君、をつける主義なの」

ダイヤの心は完全に折れたようだ。小さなため息をついた。

この世界にも年功序列のようなものが少なからずあるんだな。


「ずっと気になってたこと聞いていいですか?なんでお2人はそんな物騒なもの持ってるんですか?あと、お2人が旅をしている目的は何ですか?」

皐月と目が合う。何とかごまかせとその目は言っているような気がした。

「この槍は魔物に出会った時用に護衛のために持ってるんだよ。旅の目的は、話せば長くなるだろうからまた今度ゆっくり話すよ」

適当なことを言ってばれないだろうかとひやひやした。ダイヤはどうもいまいち納得できないという様子である。これ以上深く突っ込まれないように俺は話題を変える。


「ところでダイヤ、身長高いね。俺とそんなに変わらないんじゃないか?」

「一応170センチくらいです。女の子らしくないからこれ以上は伸びてほしくないんですけどね。」

「奇遇だね俺も同じ身長だよ」

「皐月さんは何センチなんですか?小さくて羨ましいです」

無邪気にダイヤが聞くと皐月の肩がぴくっと動く。どんな表情かと顔を覗き込んでみるとなかなかに怒っているようだ。

「そんなことはどうでもいいでしょ」


薄々感じていたがどうやら皐月は自分の身長がコンプレックスらしい。特に助け舟も出さずしばらく様子を見てみる。

「いいじゃないですか、教えてくださいよ」

皐月の機嫌が悪いのに全く気づいてない様子のダイヤがさらに畳みかける。

これ以上しつこく聞かれる方がめんどくさいと感じたのか皐月が諦めたようなため息を出す。


「150センチよ。何か文句ある?」

他人の身長に文句などあろうはずがないが予想してたより小さめの数字に驚く。

多分皐月の堂々とした立ち振る舞いが現実より大きく見せていたのだろう。

そんなくだらない雑談をしながら1時間ほど歩いたところで1匹の犬型の魔物が前方に見えた。二人も気づいたようで一斉に足を止める。


「ヘルハウンドね」

どう対処しようか思案していた時、突然その犬型の魔物、ヘルハウンドがこちらに駆け出してきた。ものすごい速さだ。それに狙われているのはどうやら俺らしい。

一気に距離を詰めてきたそいつに対して俺は槍で顔面を突こうとするが何とそいつは槍の先端を咥えてその鋭い歯で先を食いちぎりやがった。動揺してる俺の喉元めがけてヘルハウンドは飛び掛かってきた。もうよけられないと思い、咄嗟に左腕で喉元を守る。

目をつむりこれから来るであろう、腕の痛みに備えようとした瞬間、


「ディフェンスエクシー

その声と同時にダイヤが俺とヘルハウンドのわずかな隙間に入り込んで両手を伸ばす。

すると青い半透明の縦2メートル。横1メートルほどの板状のようなものが出現しヘルハウンドがそれにぶつかり反動で後ろに倒れる。その隙に皐月が腹を一突きした。かなりの出血量だがまだ生きているようで、その槍をそいつはまたしても食いちぎる。体勢を立て直したヘルハウンドは今度は皐月に飛び掛かる。間一髪のところでまたしてもダイヤが間に入る。


「ディフェンスエクシー

先ほどと同じようにバリアに弾かれバランスを崩したヘルハウンドに近づく。

「ファイアー3タリア

レヴェル3タリア程度の能力が本来だったら魔物にあまり効かないが、この乾燥した気候とヘルハウンドの毛量の多さで思ったよりダメージが入り遠吠えのような悲鳴を上げる。

「ファイアー3タリア、ファイアー3タリア…..」

何度か能力を使い完全に動かなくなったのを確認して俺は攻撃をやめた。


「はぁ、疲れた。ありがとうダイヤ、助かったよ」

「いえ、あたしはこれくらいしか役に立てませんから」

謙遜しながらも褒められた喜びが隠し切れずにやにやしている。


「ダイヤさん、スキルはディフェンスだったのね。レヴェルエクシーってなかなか凄いじゃない。礼を言うわ、ありがとう」

「いえいえ、そんなそんな」

ダイヤのにやにや度合いがさっきよりも増している。


しかし困ったな、俺のも皐月のも槍の先端がなくなりただの50センチほどの木の棒になってしまった。これではあまり役に立ちそうにない。仕方がない、 いろいろとお世話になった槍だがここに置いていくことにしよう。


「休憩にしましょうか、ちょうど食料も手に入ったことだし」

そう言うと皐月は躊躇いなくヘルハウンドを解体していく。


「焚火の準備をしようダイヤ」

とは言ってもここは砂漠なので付近に木の枝や葉っぱなどは見当たらない。

「ダイヤさんって能力は確か火って言ってたよね。スキルみたいに能力のレヴェルも高いの?それだと焚火の準備しなくても済むから助かるんだけど」

ダイヤは申し訳なさそうな顔をする。

「いえ、高いのはスキルだけでして、だってほら怪我とかしたくないし。能力のレヴェルは2ディオなんです」

まさか俺よりも低いとは、だが怪我をしたくないという理由でスキルにポイントを振るのは大いに共感できる。案外気が合うかもしれない。というか普通はそうなのだろう。誰だって痛いのは嫌だ。この世界はゲームではないのだから効率だけを求めて能力を上げている皐月のほうがおかしいのだろう。


「あの、案外生でもいけるかも知れませんよ、あの魔物」

やはり気は合わないかもしれない。どう考えても生でいけるわけがない。仮に病気的なものは大丈夫だったとしても精神的に嫌だ。かなり図体は大きくかなり獰猛な顔をしているが見た目は犬に限りなく似ているのだから。


「火を通すに決まってるでしょ。なんでこんなところでぎりぎりを攻めないといけないの」

皐月は正論を言いながら手早く解体したヘルハウンドの一部を能力で洗い流しながら俺たちの会話に参加する。

「でも何か燃えそうなものこの辺にはないですよ」

「じゃあそれがありそうなところまで歩きましょ。ほら手分けしてこいつ持って」

どこの部位かもわからない、知りたくもないヘルハウンドの一部を俺たちに押し付けてくる。綺麗に洗われてるとはいえ少しためらうがダイヤが平然と持っているのを見て慌てて俺もそれを頂く。


結局俺たちは日が沈むまで歩き続けて少しでけ木が生きてる場所までたどり着いた。

「今夜はここで寝ましょ。3人いれば交代で寝ても結構休めるわね」

皐月はてきぱきと野営の準備を始める。ダイヤもそんな皐月につられて枝拾いに勤しむ。


最初は気のせいかと思っていたが日が沈むと我慢できないくらいに寒くなってきた。

「かなり寒くないか?プーカは常夏の街だって聞いてたんだけどほんとにこの方角で合ってるのか?」

俺は皐月に近づき尋ねてみる。

「プーカは常夏だけどここはまだ砂漠なの、日が沈むと寒くなるのは当然でしょ」

当然なのか。砂漠は1日中暑いものだとばかり思っていた。ダイヤも何も言わないということは当たり前に知っていて当然のことなのか。

焚火を作りヘルハウンドを腹の中に入れた俺たちは交代で寝ることになった。


俺は寝袋に入り、相変わらず圧倒されそうな星々を見つめる。少し離れた焚火の前で何やら話し声が聞こえる。あの2人は2人きりの時何を話すのか気になって聞き耳を立てる。


「皐月さんってなんでそんなに強いんですか?」

これはダイヤの声だ。

「ダイヤさんのスキルも相当強力じゃない」

皐月がそれに答える。

「そうじゃなくて何というかこう、精神的なと言いますかみんなを引っ張って行く強さみたいな感じです。あたしそういうかっこいい女性憧れます」

「別に強くなんてないわよ。ただ虚勢を張っているだけなのかも。ほんとは弱いからそれを隠すために堂々としてるだけ」

「そうかな、あたしには虚勢には見えませんよ。なんか覚悟みたいなものを感じる気がします」

「覚悟ね、それならそれなら人より持ってるかもね。それが強さに関係しているのかはわからないけど。ダイヤさんって案外注意深く人を見てるのね」

「そんなことないですよ。あと何度も言いますけどダイヤでいいですよ」

「気が向いたらそう呼ぶわ」


そこまで聞いたところで俺の記憶は途切れていた。どうやら眠ってしまったようだ。

気が付くと交代しろと皐月に起こされた。

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