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 3年前、いたましい事故により、ひとりの若者が命を失った。彼は多くの若者に愛されていた。彼を愛した若者たちは彼の死に絶望した。彼のいない世界で生きていく意味はないと彼の後を追った。残された人間たちは、彼らが落ちていった深淵を覗き込み、問うた。「何故だ」と。

 答えはなく、正解もない。後を追っていった若者たち自身ですら、自分たちを突き動かすものが何か、わかっていなかった可能性がある。「彼の後を追う」、それすらも行動を起こす動機として都合のいい言い訳だったのかもしれない。

 ただ一つ、はっきりしていることがある。死んだ人間は生き返らない。

 あれから3年を経て、彼がこの世に姿を現した。死からよみがえったのだと言って。

 世間は沸いた。面白がって、彼をもてはやした。

 彼、2hilのCDは現在ヒットチャートを賑わしている。CDの売れなくなった時代、驚異的な売り上げを達成している。2hilが転落事故で死亡した時も同じ現象が起きた。レコード会社が乱発したコンピレーションアルバムをファンは買い漁った。二度と2hilの歌声は聞けないからだ。

 マーケティング戦略の勝利だと言えるのだろう。死人は忘れさられていく。その音楽もだ。音楽だけなら再ブームをしかけることができる。だが、それだけでは物足りないと、死んだアーティスト本人をよみがえらせた。

 「騙る」という言葉がある。辞書によれば「語る」と同じ語源をもち、意味は「もっともらしく話すところから、偽る、詐称する」とある。

 2hilを騙り、よみがえったのだと語るその話を信じる人間はいないはずだ。「はずだ」と言明を避ける理由は、信じる人間もいるからだ。

 ありもしない話に飛びつく。金儲けを企む。

 2hilの復活劇は詐欺だ。だが、詐欺と断罪しきれない理由は、詐欺の被害者自ら騙されにいっているからだ。豊かな日本で物が溢れている中で、満たされない思いでいる人間の何と多いことか。

 何故、今、よみがえったのかという問いに、2hilは「歌ってほしいと言われたから」とこたえた。「ボクはボクの歌を聞きたいという彼らの思いがあって存在している」。2hilの復活は、病める現代の叫び声に呼応した現象なのだ。



 社会面に載る記事にしては感傷的で感情的だというのが古館佳彦の率直な感想だった。


 よく上の人間が許可したものだ。それともごり押ししたのか。どちらでもいい。記事は人々の目に晒された。


 記者の名前は、明神智則。


 見覚えのある名前だ。「明神」と神々しい姓は目を引く。


 三年前、毎朝新聞は、社会問題化していた2hilのファンの後追いについての特集記事を週一回、五週にわたって掲載した。その記事を書いた記者が明神智則だった。


 特集記事は古館の目を引いた。フリーのジャーナリストとして独立したばかりの頃で、古館自身も2hilについての記事を書いて売り込みをかけようとしていたからだった。


 2hilは謎に包まれたミュージシャンだった。


 本名非公開、年齢不詳、出身地不明。稀有な歌声、人外の存在というふれ込みの通り、濃い化粧の下に透けてみえる人並み外れた美貌。


 インターネットの動画投稿サイトに動画を投稿後、瞬く間に若者たちの間で人気を博した。人気に目をつけたレコード会社、サニー・エンターテインメントからメジャーデビューを果たす。メジャーデビュー後もテレビには出演せず、ライブも行わず、音楽フェスにも出演しないという有様で、2hilに会えるのは動画サイトの彼のチャンネル内のみ、歌声はCDのみだった。露出を限ったことで人気は更に増した。


 マスコミは2hilの正体を暴露しようと取材合戦を始めた。古館も取材合戦に加わっていた。


 いい線いっていた。2hilと思われる人物の中学の卒業アルバムを手に入れたのだ。幼さが残っているとはいえ、2hilの面影がうかがえた。写真をコピーした紙の上で2hilの化粧の落書きをして確信を得た。後は裏取りの取材をするだけだった。その矢先に転落事故が起きた。


 正体をさぐりあてたところで、2hilは死んでしまった。死人はいずれ忘れ去られていく存在だ。ニュース価値は一気に失われた。取材は打ち切るしかなかった。


 違うニュースを追わなくてはならなかったのだ。金になる記事を書かなくては生活がなりたたない。週刊誌に売り込む記事は過激であればあるほどいい。意外性も受ける。清純派女優が不倫をしているといったような記事だ。そういった刺激的な記事を読者は求める。なかには、でっち上げてでも記事を金に換えている連中もいる。古館自身はそこまで落ちていないと自負している。しかし、いつ、そちら側へ落ちるか、綱渡りの毎日だ。

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