幕間1


 暴力に長けた、大人の男たちが率いる集団。


 彼らは争い続け、その結果、大きな集団へと成長していきました。しかし、大きな集団になったからといって、彼らは満足することはありませんでした。小さな争いでは小さな報酬が、けれど、大きな争いでは大きな報酬が手に入ったからです――土地、家畜、それに人。


 強い者たちは、戦いで打ち破った弱い人々の所有物を奪うばかりでなく、その人々までをも奴隷として、自分たちのために働かせることにしたのです。人が人を隷属させるなど、ひどいことです。けれど、そもそも殺し合いの末の結果なのですから、負けた人々を奴隷にすることも、彼らにとっては、そう酷いこととは感じられなかったのです。


 一方の負けた弱い人々は、もちろん、その運命を嘆きました。私たちは柵の中で生まれ、人間に食べられるためだけに存在する、哀れな家畜のようだ――そう言って、悲しみました。


 家畜、そんなふうに自分たちを例えたのは、この人々は家畜を育て、その肉を食べ、生きてきたからでした。


 彼らの生きてきた土地は寒く、耕作できないほどに貧しかったのです。その貧弱な土地に生える、人には食べられない草を食べ、肥ることができるものが家畜でした。だから、彼らは土地を耕す代わりに家畜を育て、その命を奪い、ようやく生きてきたのです。


 もちろん、赤ん坊の頃から育てた家畜に情が湧かなかったわけではありません。負けた弱い人々は、その敗北の事実が示すとおり、主となった勝者よりも心優しく、家畜の命を奪うことに無感情ではいられませんでした。けれど、他に食べ物はなかったのです。そして、人は食べなければ死んでしまう。だから、彼らにとって生きるという言葉の意味は、他の命を奪うということと同じでした。


 この世は苦しみに満ちており、私たちは罪深い――それが可愛い家畜の命を奪い、生きてきた彼らの考え方でした。そして、そんな彼らが強い者の奴隷となれば、家畜と己を重ね合わせるのは難しいことではありませんでした。中でも、彼らが自らと重ねたのは、羊という動物でした。なぜなら、羊は人のように集団で動く動物であり、か弱く、臆病で、誰か導いてくれる者がなければ、荒野をさまようばかりだったからです。


 と、そこで彼らは気づきました。もし、私たちが羊なら、それを飼う主人がいるはずではないか、と。


 それが神となる存在の始まりでした。


 その日から、彼らは神に助けを乞いました。どうしたらここから逃げ出せるのか、何をすれば奴隷の烙印は消えるのか。私たちの神、羊を導く神よ――呼びかけに、神は応じません。それでも藁にも縋る思いで、彼らは声を上げ続けました。そして、そうしながら考え続けました。なぜ、私たちは奴隷となったのか。私たちが何をしたのか。大いなる神はなぜ、私たちをこんな目に遭わせるのか。


 彼らが羊を打つとするなら、それはその羊が悪いことをしたからでした。ならば、私たちも何か悪いことをしたのだろうか。それほど罪深いことをしたのだろうか。


 いつまでも呼びかけに応じない神に、彼らは苦しみ、あらゆる罪を告白しました。そして、その罪を贖うため、自らに厳しい誓いを立て、実行し続けました。そして、許しを乞いました。神がどれだけ偉大であるかを語り、崇め奉りました。


 私たちの――否、世界の神よ、人間を創り上げた神よ。


 しかし、まだまだ神は応じません。とうとう彼らは、これ以上続ければ死んでしまうというほどの制約を自らに課し、息も絶え絶えになりながら、こう叫びました――森羅万象を創り上げし、唯一にして絶対の神よ。


 ――そこまで言うのならば、助けてやろうではないか、か弱き人の子よ。


 神がそう言ったかは、定かではありません。けれど、彼らの耳がその声を聞き取ったのは確かでしょう。

 そのとき、彼らは唯一にして絶対の創造主という存在を生み出すほどに、奴隷という環境に、そして自らが課した規律に追い詰められていたのです。これほど羊が苦しんでいるというのに、救われないのはおかしなことでした。


 だから、神は救いの手を差し伸べたのです。十の災いを起こし、立ちはだかる海さえ二つに割って――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る