俺の妹の判断は、まちがっている。



「正気か?」


「失礼だなぁ。本気に決まってるでしょ」


「……そうか」


 1%ほどの僅かな希望を信じて、冗談という路線を探ってみたが、見事に外れてしまった。外れて欲しかったんだが、こうなってはどうしようもない。


「よし、ペロ。馬鹿は放っておいて、散歩に行くぞ」


 仕方ないので、愚妹は無視して置いていくことにした。こんなのを連れて歩いたら、害でしかないからな。


「ちょ、ちょっと待ってよ、お兄ちゃん!」


「待たん」


「なんで!? 私も連れて行ってくれるって言ったじゃん!」


「さっきはそう言ったが、気が変わった。お前みたいな恥晒しを連れて歩けるか」


「恥晒しって酷い!  そこまで言わなくてもいいじゃん!」


「事実を述べたまでだ」


 俺はそう言うと、彩華を無視して歩き出そうとした。しかし、腕を掴まれてしまい進めない。


「離せ」


「離さないから!」


「離してくれないと困るんだが」


「連れていってくれないと、私も困るの!」


 なんだ、その暴論は。というか、さっきから我が儘言い過ぎじゃないか? ほら、ペロを見てみろよ。呆れてるぞ、あいつ。犬に呆れられるとか相当だぞ。


「大体、なんでそんなもんを付けたいんだよ」


「それは、えっと……」


 俺が彩華に理由について尋ねると、彼女は急にモジモジしながら口籠もり始めた。やはり、何かあるらしい。どうせ碌でもないことだろうが。


「実はね、その……」


「早く言え」


「……お兄ちゃんになら、飼われてもいいかなって」


「はぁ?」


「だから、お兄ちゃんのペットになってあげてもいいかなって思ったの!」


 ……耳を疑う発言だった。あまりにも予想外過ぎて、一瞬何を言っているのか理解できなかったほどだ。


 聞き間違いかと思ったが、彩華の様子を見る限り違うようだ。こいつ……本気で言ってやがる。


「お前……自分が何を言ってるのか分かってるのか?」


「もちろん! それに私はいつだって本気だよ!」


「……さいですか」


 駄目だ。頭が痛くなってきた。というか、こいつの頭は既に手遅れかもしれない。いくら何でもペットはないだろう。ついに人間としての尊厳を捨てたというのか。


「ほら、お兄ちゃんっていつもいつも……私のことは妹だからって、ちっとも女の子として見てくれないでしょ?」


「当たり前だろ。俺たちは兄妹なんだからな」


「それでも私は諦められないの! だって、こんなにもお兄ちゃんのことが大好きなんだもん!」


「知らんがな」


「だから、考えたの。私が妹でいるうちは、お兄ちゃんは振り向いてくれないんだって」


「……それでペットになりたいってか?」


「うん!」


「うわぁ……」


 ドン引きだわ。馬鹿なのは知ってたが、まさかそこまでとは思わなかった。しかも、満面の笑みで言われてしまった。これはマジのやつだ。目がガチになってるもの。


「お兄ちゃんのペットになって、それでお兄ちゃん専用の愛玩動物になった私を、思う存分可愛がってほしいな♡」


「……変態かよ」


「えぇっ!? どこが!?」


 どこがって言われてもな。全部としか答えようがない。最早、今のこの愚妹には完全無欠のS級美少女なんていう肩書は似つかわしくない。ただの馬鹿だ。救いようのない大馬鹿者だ。


「普通、実の妹が『ペットにして』なんて言ってきたら、ドン引くだろ」


「そんなことないもん! むしろ、ありがとうって思うはずだよ!」


「どんな感性してんだよ。お前の頭の中はどうなってんだ?」


「お兄ちゃんのことでいっぱいだよ!」


「うぜえ……」


 俺は心底うんざりした気分で吐き捨てるように言った。しかし、妹は全く気にしていないようだ。それどころか、逆に嬉しそうですらあった。


「ということで、お兄ちゃん! 私のこの純粋無垢な想いを受け取ってください!」


 そう言って、差し出してくるピンクの首輪とリード。正直、こんな呪物みたいなものを受け取りたくはないのだが、受け取らなければいつまでも食い下がってきそうな雰囲気だ。非常に面倒臭い。


 ……こうなったら、最終手段だな。あまりこういった手を使いたくは無かったが、ここまで暴走をしてしまった以上、やむを得ないだろう。


「はぁ……仕方ねえな」


 俺はため息を吐いた後、妹の方へ向き直った。それを見た彩華の表情がパァッと輝く。期待に満ちた眼差しを向けてきた。


「ほら、それ寄こせ。お前の望み通り、付けてやるよ」


「えっ、ほんと!? 付けてくれるの!?」


「ああ。ただし、お前がちゃんと言うことを聞くならな」


「聞く聞く! お兄ちゃんの言うことなら、何でも聞くから!」


「言ったな? 約束を破るなよ?」


 俺は念を押すように確認を取ると、差し出された首輪とリードを手に取った。その瞬間、彩華の顔が真っ赤に染まる。


「あぅ……ど、どうしよう。いざやるってなったら、その……なんだか恥ずかしいかも……」


 頬を赤く染め、もじもじとする彩華。……まったく、調子の良い奴だ。これからどんな目に遭うのかも知らないで。まあ、それもこれも全ては自業自得なんだがな。


「よし。じゃあ、まずは目を瞑れ」


「う、うん。分かった」


 俺が指示をすると、彩華は少し緊張した面持ちで返事をした。言われた通りに目を瞑り、じっと待つ姿勢を見せる。


「つ、瞑ったけど……」


「そうしたら、今度は後ろを向いてくれ」


「後ろ……? えっと、これでいいのかな?」


 俺が指示を出すと、彩華は戸惑いながらもくるりと反転した。……いや、なんだろう。素直に従う妹の姿を見て、つい笑ってしまいそうになるが、今は我慢しないとな。


「それでいい。後は……その状態で両腕をこっちに伸ばしてくれ」


「こ、こうかな?」


「そうだ。そのまま動かないでくれ」


 俺は妹に向けてそう告げた後、持っていた首輪をまず……その辺の棚の上に置いた。まぁ、これは使わないからな。適当な場所に置いておくことにする。


「うぅ~、まだかなぁ」


 そんなことをしている間、妹はそわそわしながら待っているようだった。心なしか声が弾んでいるような気がする。何がそんなに嬉しいのだろうか。俺にはさっぱり理解できない。


「今やってるから、大人しく待ってろ」


「はーい」


 素直に返事をする妹。その声を聞いて、アホな奴めと思いながらも内心ほくそ笑んでしまうのは、致し方ないことだと思う。何故なら、これから行われる行為によって、確実に彩華は苦しむことになるのだから。


「さて、それじゃあ……」


 俺は渡されたピンク色のリードを両手で持つと、それを彩華に装着させようと手を伸ばし―――じゃなくて、そのリードを使って愚妹の両腕を縛り上げていった。


「……えっ?」


 突然の出来事に困惑する彩華。約束を守れと言ったにも関わらず、瞑っていた目を開いて、ぱちくりとさせている。そして余程に驚いたのだろう。口をポカンと開けたまま、呆然としていた。


「あの、お兄ちゃん? なんで縛ってるの?」


「そんなの決まってるだろう。お前の好き勝手させない為だ」


 そう言いながら俺は妹の腕をきつく縛り上げた後、残った部分を適当な柱に括りつけた。これで簡単には解けないだろう。


「ちょ、ちょっとお兄ちゃん!? なんでこんなことするの!?」


 ようやく理解が追い付いたのか、妹がそう言って抗議してきた。その表情は明らかに困惑していて、動揺を隠しきれていない様子だ。まぁ、当然と言えば当然だな。


「なんでって、ペットにしろとか言う奴を連れてくわけにはいかないからな。だから、括りつけてでも置いていく」


「ひ、酷いよお兄ちゃん!  そんなのあんまりじゃない!」


「知るか、馬鹿。とりあえず、戻ったら解いてやるから、それまでそこで反省してろ」


 俺は身動きが取れない状態の彩華に向かってそう言うと、背を向けて歩き出した。それに合わせてペロもようやくかといった感じに、跳ねるようにして付いて来る。


「ま、待ってよ! このまま置いてかれるなんて嫌だよ! お兄ちゃーん!」


 背後から聞こえる悲痛な叫びを無視しつつ、俺はさっさと家から出て行き、散歩へと向かったのだった。


 その後、帰宅した俺が玄関扉を開けると、そこには涙目になりながら必死に藻掻いている妹の姿があった。


「うぅ……お兄ちゃんひどいよぉ……ぐすっ……」


 床に座り込み、嗚咽を漏らしているその姿は、なんとも情けないものだった。だが、自業自得である。変な発言や行動さえしなければ、普通に連れて行ってやったというのに。


 ちなみに宣言通りに妹を拘束から解放すると、あいつは俺に文句や何かをする前に、トイレへ一目散に駆け込んでいった。おそらく、我慢の限界だったのだろう。それに関しては少しだけ悪い気がした。


 あと、報復なのかは分からないが……夜中に俺が自分の部屋で寝ていると、あいつがベッドの中に潜り込んできやがった。しかも、寒いからと言って俺に抱き着いてくる始末だ。


 当然、部屋からは追い出したが……あいつも本当に懲りない奴だ。そういうところを改めれば、ただの可愛い妹でいられるんだけどな。本当に残念なやつだよ、こいつは。




 続かない。




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シスター☆クライシス4~完全無欠のS級美少女である妹は、実兄の俺のことが好きらしい。~ 八木崎(やぎさき) @yagisaki717

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