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 一度食べてしまえば嫌悪感は薄れるものだ。それでも芋虫デビューを無事に果たしてしまった俺は、きっと死んだ魚のような目をしていることだろう。できれば食べたくないって思いも変わりはない。けど食べちゃう。腹減ってしょーがないんだもの。

 あれからメスガキ達はちょくちょく現れるようになった。雑草の盛り合わせを持ってきてくれたこともあり、その時は女神に見えたものだ。……果物は一回も貰えてないけど。

 それからもう一つ、俺の暮らしに変化があった。例のデカイのがヒエラルキーのトップから陥落した結果、柵内の秩序が乱れまさに乱世である。

 困った事に、デカイの倒してしまった俺はよく挑まれる。芋虫を最低限しか食べていないので、柵内で一、二を争うチビなのも原因だろう。何度も撃退してるのに、ワンチャン勝てると未だに思われているらしい。勘弁してくれ。

 大人やメスガキ達が止めてくれないかと期待もしたが、あいつらはむしろ見せ物として大いに楽しんでいやがる。飯やり以外で寄り付かなかった筈が、いつの間にか仲間連れで酒飲みながら観戦してんだぜ? ファイトマネー代わりに何かよこせし!


「やっぱり今回もヒョロヒョロがかったね!」

「ね! 不思議ふっしぎ~!」


 見物人がいるいるお陰で、何となく言葉を覚えてきた。舌が発達していないのかまだ喋ることは出来ないが、もうすぐ単語くらいならいけそうな気がする。待っていろよまともな食事!

 喋る練習をしているうちに一週間が経過した。序列戦に飽きたのか、大人達はまた飯を運び終わるとすぐに去っていくようになった。

 かく言う俺も、芋虫を渡してつくった舎弟に格下の相手を任せている。こいつはたまに負けるからちょくちょく自分で戦うことになるのだが……まあ、いい運動だと割りきった。


「ミ……ミギュ。ミ、ジュ!」


 そして遂に俺は成し遂げたのだ。単語の発音と言う偉業を! これで、これでやっと芋虫から解放されるッ……!

 あ、でもその前に体を洗いたい。せっかくまともな食事にたどり着いても、垢まみれの糞まみれじゃ台無しだ。しっかり綺麗にしとかないとネ!


「ギ! ミジュ、キャラダ、アリャウ」

「ヒョロヒョロもう喋ってるー!」

「みじゅ?ってなんだろねー? きゃらら?」


 くっ、まだ発音が完璧じゃなかったか! だが溢れるパッションで押しきってみせる‼


「水欲しいのかなー?」

「体洗うー?」

「「へんなのー!」」


 ケラケラ笑われた。解せぬ。体洗わんのかこいつらは? 見た感じそんなふうには見えないが……。


「どうするーアカメ?」

「どうしよっかアオメ?」

「「う~ん」」

「あっ! 水汲み代わりにやらせちゃおうよ!」

「でもバッチいよー?」

「洗ってからなら大丈夫!」

「それもそっか! じゃあ連れてこー!」


 なんか労働が発生したが、些細な事だ。何リットルでも汲んであげましょう。


「ヒョロヒョロ以外はダメー!」

「しっしっ、あちいけー!」


 ふっ、悪いな兄弟。俺は一足お先に大人の階段を昇らせてもらうぜ。さあ、野生からの脱却だ。さよなら芋虫離乳食、こんにちはまともな食事ってな!


「そーっと、そーっとね?」

「見つかっちゃダメだからね!」


 そろり、そろりと家の壁や物陰を伝って進んで行く。スニーキングミッションってやつだ。大人達に見つかれば叱られる。メスガキ達の手に汗握る緊張感が俺にも伝わってくるようだ。ま、俺は赤ちゃんだし? 怒られるのは年長者二人だけだろうから気楽なもんだけどな。


「ふぅ、ついたね」

「ドキドキだったね」

「ギ」


無事に井戸へとたどり着いた。

汚れたまま使う訳にはいかないので、最初はメスガキ達が汲んでくれた。サンキュー。


「……なんかずっとバッチいね」

「……ほんとに綺麗になるのかな?」


ね、マジで同感。擦れば擦るだけ汚れが出てくるんだが? 石鹸なんて贅沢は言わないが、せめてお湯くらい使わないと汚れは落としきれそうにない。早くしないと大人達がやって来るかもだし……。


「アカ、アオ。水汲みにいつまで掛かってる」

「げっ、父様⁉」

「わわっ⁉ こ、これは違くて!」

「何が違う……おい、そいつは何だ」

「ギ」


威圧感溢れる鋭い眼光が向けられる。あれ? もしや俺も怒られるのかな? 冷や汗が止まらない。


「柵から連れ出したのか? オイ、どうなんだ!」

「ひぅ! み、水浴びしたいって言うから!」

「そ、そう! 連れてってあげる代わりに水汲みさせようと思って!」

「この……馬鹿娘共が!」


脳天に振るわれる鉄拳。二人は頭を抑えてのたうち回っている。

うわぁ、痛そう……。なんて他人事のように眺めていると、容赦ない蹴りが飛んで来た。


「ギアッ⁉」

「あ?」


こちらを見もせず放たれた一撃だったため、辛うじて回避に成功したが……今の、当たっていれば死んでいたのではないだろうか?

遅まきながら訪れた恐怖に体が震えだす。


「チッ……見たろ? いくら他所のより大人しい飼いゴブリンだからってな、こうして動ける奴は動けるんだ。ましてやお前達はまだ子供だ、隙を見せたら簡単に殺されてたかもしんねぇんだぞ!」

「「ご、ごめ……ごめんなさいぃ!」」


待った。待ってくれ。今、なんて? えっ? ゴブ……? 可愛いベイビーの言い間違いですよね⁉


「あなた。もうその辺で許してあげて」

「だがな……」

「大丈夫ですよ。それに、その子も随分変わり者みたいですし」


混乱の最中現れたメスガキ達のママさん。その腕には俺にとどめを刺す存在が抱かれていた。


「だぁ」

「⁉」


美形な赤ちゃん⁉

あ、あり得ない……。お、俺は、イケメン種族に生まれ変わったんじゃなかったのか?

ふらふらと後退し、井戸を覗き込む。柵の中の兄弟同様のブサイクの顔が反射する。

ママさんの腕には天使もかくやな愛らしさを振りまく赤ちゃん。

ブサイク、天使、ブサイク、天使、ブサイク……。

俺は、ゴブリンだった……。

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