2
転生してからおよそ一週間。俺はもう限界を迎えようとしていた。自主的な食料不足が原因である。
芋虫を食いたくない一心で、柵から手の届く範囲の雑草を食いまくった結果、柵の周囲は不毛の大地へと変貌を遂げていた。
最後に雑草を口にしたのは二日前。俺はヴィーガンじゃねえ!タンパク質を摂らせろ!と訴える本能と、いやいやまだアレ食うのは無理だって!と叫ぶ人としての理性。その戦いは熾烈を極めるが、もはや理性の陥落は目前の状況にある。
耐えろ、耐えるんだ俺!アレを食べるにしてもせめて火を通してからにしようよ!生食はやっぱ駄目だって!
飯の時間に投げ入れられる芋虫を前に、よだれが絶え間なく溢れ出る。セクシーに蠢くその姿の誘惑に駆られ、知らず手が延びていた。
しかしその手は辛くも空を切る。この柵の中で一番体格のいい子供が、ニヤニヤと嗤いながら俺に見せつけるように芋虫を頬張る。
「グ……」
あ、危なかった。なんだよセクシーって!芋虫にセクシーも糞もあるか‼
奴は何度か暴力的に絡んで来てイライラしていたが、今回の事で許してやるのもやぶさかではない。
うーん、もういっそのこと脱走するか? 大人達に怒られるかもしれないが、芋虫食べるよりはいいだろう。柵だってあるんだか無いんだか分からないようなショボい作りだ。脱け出すのはわりと簡単だろう。
行くか? どうする? そう悩んでいると、誰かが近づいて来るのを感じた。
「@^*_÷%&^%?」
「*&##*<=%<!」
「@:#<*"$_<」
「#""#>&#>」
双子だろうか、よく似た十歳前後の子供が二人。相変わらず何喋ってるかは分からないが、物珍しげにこっちを……というか俺を見つめている。な、なんだよ。その珍獣を見るような目は。
負けじとこちらも観察し返す。ふーむ、大人達と同じく美形だな。柵の中の俺達はいつ頃からあっち側の世界にデビューできるのだろうか? 五、六年で面影くらいは形成されると嬉しいんだが……むむっ!
おいおいお嬢ちゃんったら良い物持ってるじゃないのよ。そのちっちゃなお手々に持ってるのは果物だな? くれ! 種類はいまいちわからんがこのガリガリで可哀想な赤ちゃんに恵んでくれ!
「ギ! ギニャ!」
ボディランゲージは全てを解決してくれる、そう信じて精一杯のアピールを決行! さあ、返答やいかに⁉
「#^%>&%??」
「$&*_/>>*^%」
「^^^^^^!」
多分通じたっぽい。まあ、それで果物が貰えるかはまた別問題な訳だがな。
このメスガキどもは俺のボディランゲージの意味を理解し、絶妙に手の届かない位置で果物をゆらゆら揺らしてケラケラ笑ってやがるのさ!
いつかわからせる。そう心に誓いながら必死に手を伸ばしていると、後ろから衝撃が。一番体格のいい子供が俺を足蹴に果物へと手を伸ばしていた。
おい、おいおい、おいおいおいま~たお前か? 芋虫盗ったのは許してやるよ、俺食いたくなかったし。でも果物まで易々とくれてやると思うなよコラ?
そしてちょっと思い出した事がある。ガキの頃、体がちょっとデカイってだけで威張り散らして奴が大嫌いだったってことをな!
「ガァ!」
「ギィ⁉」
おうおうどうした? チビに投げ飛ばされるのがそんなに不思議か? こちとら人生一週分(穴だらけ)のリードがあるんでね、大人気なく知識をフル活用だ。たしかこれは……て、て、てと? だかたこだかの原理の力だ。これまで反撃しなかった分も含めて、纏めて返してやるぜ!
「ギャア!」
起き上がるや否や掴み掛ってきたが、直線的で見切るのは簡単だ。横にずれて足を引っかけ転ばせる。見事な顔面スライディングを披露してくれた所で足をとり、ぷな、ぷりゃ、ぷらろす? のサソリ固めを仕掛ける。
「ギャー⁉ ギャー‼」
必死にもがいて技から脱け出そうとするが無駄だ。お前の戦意がなくなるまで離しはしない。そう心の中で宣言したが、たったの二十秒程でガチ泣きしだしたので解放する。
解放してやると、デカイのは這うように俺から離れていく。この瞬間、奴は柵内のヒエラルキーのトップから転落したのだ。
「おー」
「わー」
パチパチと後ろからメスガキ達の拍手が聞こえる。感心した時に漏れる声は前世とあまり変わらないらしい。
いい見せ物になったのだ。無駄に体力を使ってしまったが、これで果物を貰えるだろう。そう思い振り返る俺が目にしたのは、満足そうな表情で話ながら離れていくメスガキ達の姿だった。
「ギ⁉ ギギャー!」
果物! 果物置いてってよ‼
そんな俺の声に振り向いてくれたが、ニカッと笑って手を振って去って行く。
違う! またねーじゃなくてその手に持ってる果物をだな⁉ あ、ああ……。
もう無理だ。デカイのとやり合ったせいで、余計に腹が減って脱走する気力が失われた。なまじあと一歩でまともな食事にありつけそうだったので、精神的疲労もヤバい。
今夜は芋虫デビューするかもしれない。盛大に鳴り響く自分の腹の音を聞きながら、俺は静かに涙を流した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます