第2話

 朝からずっと胃がムカムカしている。


 重たい身体を引きずって登校し、最初の業間休み。


 10分の短い休憩だと言うのに、隣のクラスから冬埜と灯が遊びに来て、俺と同じクラスの風子と彩水と集まって四人で駄弁っていた。


「今日も冬埜は可愛いねぇ。私に愛でられるためにこっちのクラスに来てるんでしょ? よ〜しよし。あー、可愛い可愛い〜」


 風子は冬埜を溺愛していて、会うたびに冬埜を後ろから抱きしめて頭を撫でている。


 身長差のある風子になす術のない冬埜はされるがままだ。


「やっ、やめろー。次の授業は小テストがあるんだ!」


 冬埜は慌てて風子から離れようとするが、風子は冬埜を背後からガッチリとホールドしている。


「んー? それと私の可愛がりにどんな関係があるの?」


「や、バカがうつるだろー」


 冬埜が背後から風子に抱きしめられたまま、ジト目で言葉のナイフで切りつけた。だが風子には一切響いていない様子。


「うーん……いいよいいよぉ……辛辣で毒舌なロリかわ美少女……なんなら冬埜も私みたいにちょっとお馬鹿な方が可愛いよぉ! 隙が無さすぎるんだって!」


「ぬわっ!」


 風子の攻撃はさらに勢いを増し、冬埜の頭が風子の胸に埋もれた。


 教室の窓際後方の隅にある自席から遠巻きにその様子を眺めていると、ふと灯と目が合う。


 灯はニヤリと笑って自分の胸を寄せ左右に振った。


 灯は灯で他の人とは別のベクトルで独特なので、俺は適当に苦笑いをしてそれを受け流す。


 四人の中心にいる冬埜を見ていると、ふと昨日の夜のことが頭をよぎった。


『冬埜は本当の妹じゃない』という言葉が何度も頭の中をぐるぐると回っている。


 それが、頭から徐々に下に移動していくように、胃の違和感が大きくなっていった。


 徐々に吐き気が込み上げてくる。


 一気に吹き出しそうになったため、トイレまで走っても間に合わない。


 咄嗟にそんな判断をした俺は教室の窓際に連結しているベランダに飛び出してそこで吐き出した。


「あ、兄貴!? どーした!? 大丈夫か!?」


 異変を察知した冬埜が隣にやってきて背中を擦ってくれる。


「うぅ……冬埜ぉ……」


「な、泣きながら吐いてる……」


 窓から灯、風子、彩水の3人がドン引きした様子で俺を見ていたのだった。


 ◆


 いきなり嘔吐したため、次の時間は保健室で休むことになった。嘔吐の理由はストレスか何かだろうと保健室の先生は適当な診断を下した。


 保健室で一人になり、ベッドで横になっていると、冬埜が保健室に入ってきた。俺の方を見るとニコっと笑って近づいてきて椅子に座った。


「どうしたんだ?」


「体調不良と嘘をついて授業を抜けてきたんだー。ストレスで胃が弱って吐くなんてらしくないぞー。どーした?」


「いや……まぁ……それより大丈夫だったのか?」


「何がだー?」


「そのー……ベランダ、汚れただろ」


「あー。気にするな。灯と風子と彩水が手伝ってくれた。贅沢だなー。あんな美少女達にゲロの処理をさせられるのはこの世でも兄貴だけだぞー」


「そっか……」


「ちなみに、今度ロワイヤルホストのパフェを奢ると約束しておいた。正当な報酬だ」


 冬埜がニヤリと笑う。


「……誰が誰に?」


「当然、兄貴が私達に、だー」


 冬埜は俺と自分を順番に指差しながらそう言う。


「まじかよ!?」


「安心しろー。ドリンクバーは私が出す。きったないゲロの処理をしてもらったんだー。安いもんだろー」


「ま……それはそうだな」


 冬埜はじっと俺の目を見ながら顔を至近距離まで近づけてくる。冬埜が瞬きをする度にパチパチキャンディが弾ける時のような音がするようだ。


「で、何があったんだ? 私には教えてくれ。兄貴が吐くほどのストレスを受けるなんて……」


 何なら目の前にいる冬埜が原因だったりする。実の妹ではない事実というよりは、それをひた隠しにする罪悪感が大きなストレス要因だ。


「……なんでもないよ」


「なんでもないわけないだろー。ほらー、吐けー……というのは今は縁起が悪い表現だったなー」


「いや……まぁ――わっ!」


 俺が渋っていると、急に冬埜が上から覆いかぶさるようにベッドに乗って馬乗りになってきた。


「この世界に私に言えないことがあるのか? 双子の妹の私に」


 冬埜が俺を見下ろしながら尋ねてくる。


「そ、それは……その……」


 そう。言えないことはない。だからこそ、事実を隠すことが大きなストレスになっている。


「冬埜……帰ったら父さんと母さんと四人で話そう」


「なんだー? 偉い真面目な――」


「……冬埜は実の妹じゃないんだ」


「ん? エロゲの話かー?」


 冬埜はヘラヘラしながら笑い、俺の頬をつつきながら続ける。


「おいおい、兄貴ー。いくら私のことが結婚したいくらい好きだからってそんな嘘はダメだぞー」


「いや……検査してるんだ……」


「あー……前のやつだろー?」


「ううん。あれからもう一回。父さんがこっそりやってたらしい」


 俺の表情を見て冗談ではないと悟ったのか、冬埜の顔が強張る。


「……がち?」と冬埜が恐る恐る尋ねてくる。


「ガチ」と俺も頷く。


 言ってしまった。24時間も我慢できずに。それだけ冬埜に嘘をつくのが辛いという裏返しでもある。


 冬埜は俯いてしばらく呼吸だけを繰り返す。しばらくして冬埜が顔を上げて口を開いた。


「……ん……そうか……いや……まぁすぐに受け入れるとかはできないが……と、とりあえず確認させてくれ」

 

「確認?」


「私は、兄貴の妹として過ごしてきた。それはこれからも変わらないよな?」


「当たり前だろ」


「なら……ならいい。詳細はとーさんに聞くことにする」


 冬埜は唇を震わせながらもニッと笑い、口元に手を当てて考え込み始めた。


「けど……兄貴の話が本当なら私は兄貴と結婚できるのかー。それはそれでありだなー」


 ポジティブすぎるな!?

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高校の4大美女の誰かが双子の妹らしい 剃り残し@コミカライズ連載開始 @nuttai

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