第25話: 村に生じ始める亀裂
ハウロンは村の診療所の簡素なベッドの上で目を覚ました。
薄暗い部屋の天井をぼんやりと見つめ、意識を取り戻すと同時に全身の痛みに顔を歪める。
「・・・動かないでください。まだ治療が必要ですから....。」
優しい声が響き、診療所の医師が薬草をすりつぶしたものを彼の腕に塗りつけていた。
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一方その頃、村の広場では激しい論争が巻き起こっていた。
ハウロン襲撃事件に人間の関与が明らかになると、魔獣達は不満を爆発させる。
「やっぱり人間なんて信用ならねぇんだ!」
一方で、人間側も黙ってはいなかった。
「言わせておけば好き勝手言いやがって。野蛮な魔獣どもが!」
罵声が飛び交う中、村の空気は急速に険悪なものとなっていった。
「待ってくれ!」
アストリアが割って入る。
しかし、その声も怒号にかき消される。
「思えば、お前らがここに来るまでは、みんな平和に暮らしていたんだ!」
「そうだ!疫病神みたいな連中が来たから、こんなことになった!お前らは、ただの疫病神だ!!」
人間も魔獣も、どちらの陣営からもアストリア一行への非難の声が上がる。
アストリアの顔は険しく、拳を握りしめた。
「俺達はただ──」
「ただ何だ?」
魔獣の中の一匹が鋭い目でアストリアを睨む。
「お前らのせいで村の秩序が崩れたんだ。弁解するな!この村から出て行け!!」
ローハンは怒りを抑えようと唇を噛み締めた。
その時、心の中のセラフィスが静かにアストリアに語りかける。
『・・・ここは引くべきだ。僕達がいる限り、村の争いは収まらない。』
アストリアは一瞬躊躇したものの、大きく息を吐いて決断した。
「わかった。俺達はすぐに出ていく。」
その言葉に、一行の仲間達は沈黙した。
誰も反論しない。
これが最善の選択だということを、全員が理解していたからだ。
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その日、アストリア一行は静かに村を去った。
「今の俺達の目的は一刻も早くギルバートに追いつき、"怒の魂"を奪還することだ。」
アストリアの低く力強い声が響く。
村を出る直前、彼は仲間達に向き直り、改めてその決意を口にした。
マチルダはその言葉に頷きながらも、自分の心がどこか遠くに感じた。
(・・・本当にギルバートが犯人なの?)
朧げに覚えている記憶に、彼女は自分に対して問いかけた。
その時、彼女の心の奥底で冷たい声が囁く。
『大丈夫。お前は何もしていない。全てギルバートのせいだ。お前はただ、俺の命令するままに動け。』
まるで慰めるようなその声に、マチルダは自分が暗闇の中に吸い込まれていく感覚を覚えた。
ローハンは静かに斧を握り直し、言葉少なに前を向く。
戦士として、彼には覚悟を決める以外の選択肢はない。
振り返ることもなく、ただ背中に残る重い視線を感じながら。
彼らの姿が消えた後、村には再び静寂が戻った。
しかし、その静けさの裏には、深く刻まれた亀裂が残っていた....。
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ハウロンの頭の中は混乱で渦巻いていた。
医師が治療を施す薬草の匂いすら、今は遠く感じられた。
(なぜだ......?)
昨晩、鋭い痛みと共に目にした、燃えるような瞳。
襲ったのは誰だったのか──その答えを彼は知っていた。
暗闇の中、赤い髪が揺れ、燃えるような瞳が彼を射抜いた瞬間。
確かに見た。
その刃を振り下ろしたのはマチルダだった。
(彼女が……なぜ……?)
彼の胸は張り裂けそうだった。
人間と魔獣が分かり合える日が来ると信じ、長年の努力を重ねてきたハウロン。
その希望が、彼女という架け橋によって、より現実になるかもしれない。
そう思いかけていた矢先のことだった。
(あれは何かの間違いだ……彼女ではない。絶対に。)
震える声で、何度も自分に言い聞かせる。
その時、不意に頬を濡らすものがあった。
涙だった。
ハウロンは目を閉じた。
薄暗い診療所の中で、ただ静かに涙がこぼれ落ちる音だけが響いていた....。
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