第11話 出会い

 痛い。背中が、脇腹が痛い。

 痛みと太陽の熱さで目を覚ます。

 頭がまだぼんやりとしている。


 まだ死んでないのか。俺もしぶといな。

 軋む体を起こすと、目の前に黒豹の霊獣の子供が居た。

 まだ小さく、生後数か月くらいだろうか。


 まずい!


 俺は咄嗟に槍を掴むと、すぐに立ち上がり構えた。


「お前みたいな子供に食われてたまるかよ……」


 全身が痛む。

 立っているのがやっとで、まともに戦えるとは思えない。

 けど、ただ殺されるのはごめんだった。


 黒豹の子供は俺を見つめた後、てくてくとこちらへ歩き始めた。


「来るな!」


 俺は叫ぶ。

 けど、黒豹は無警戒に俺の側にかけよると、足の傷を舐め始めた。

 その様子を見て、俺は苦笑いを浮かべる。


「警戒した俺が馬鹿みたいじゃないか……」


「ガウ?」


 つぶらな瞳でこちらを見つめている。

 こんな地獄のような島に居るとは思えないくらい無警戒だな。

 もしかして、俺を守ってくれたのだろうか。いや、それは考え過ぎだろう。


「ありがとうな」


 黒豹の頭を撫でる。

 この警戒心の無さ。甘やかされて育ったに違いない。

 すると、安心したのか腹が鳴った。


 お腹すいたな。


「赤猿の長でも食べるか。お前にもやるよ」


「ガウッ!」


 食べたいらしい。

 俺は長を解体して、霊胞を食べる。

 だが、体にはなんの反応もない。


 うーん。あの強さなら熱くなると思ったんだけどな。

 まあいいか。

 俺は斬った猿肉を火で炙る。


「ほら、黒豹。食え」


「ガウッ!」


 思ったより美味しかったのかがつがつ食べる黒豹。


「それにしても、黒豹って言い辛いな。名前を付けてやろう」


 うーん。何がいいかな。

 そういえば昔読んでいた本に、ネロって猫が居たな。


「よしっ、黒豹。お前はこれからネロだ! 返事は?」


「ガウ?」


 首を傾げている。

 まあ、何度も呼べば慣れるだろう。

 俺も食べよう。


 固いな。うん、固い。

 美味しくないとは思ってたけどさ。

 けど、何か体に栄養を入れないといけない。


 血を流しすぎた。食べられる物はなんでも体に入れる。

 生きるために。


「ガウー」


 ネロはお代わりが欲しいようだ。

 仕方のない奴だ。

 ネロの分を追加で焼く。


 ネロなら生でも食べられる気がするが、まあいいだろう。

 のんびりと食事を楽しんでいると、突然空から何かが降って来た。

 そう、空から降って来たのは巨大な黒豹だ。


 全長は十ユードを優に超える。

 あのゴリラと変わらないサイズである。

 着地と同時に地面が揺れた。


「ガウー!」


 ネロが呑気に鳴く。その後も呑気にガウガウ言っている。

 だが、親豹はこちらを静かに睨んでいる。

 まずい。子豹を攫ったと勘違いしている?


 俺は何かを発そうとするも、声が出ない。

 親豹は静かに口を開くと、こちらに歩いてくる。


 やばい……喰われる!


 俺は死を覚悟して目を閉じる。

 すると、突然体を浮いた。


 あれ?


 目を開けると、なぜか俺は親豹に咥えられていた。

 ネロは尻尾に巻かれている。

 すると親豹は凄まじい跳躍を見せ、俺は気付けば全く知らない所に連れ去られていた。


 周囲を見渡すに、ここは大きな洞穴のようだ。

 親豹は俺とネロを置いてどこかに消えてしまった。

 俺を住処で食べるつもりなのか?

 今のうちに逃げるか。


「じゃあな、ネロ。楽しかったよ」


 俺はネロに別れを告げる。


「ガウー?」


 ネロはさっぱり分かっていないのか、俺の膝の上に乗ってごろごろと鳴いている。


「いや、もう帰らないと」


 帰る場所もないのにどこに帰るのか、と自分で言っていて笑ってしまった。


「ガウウウウー!」


 嫌がるネロを無理やり引きはがそうとしていると、洞穴の出口から音がした。

 間に合わなかった……!


 出口に目をむけると、そこには大きな鹿の死体を咥えた親豹の姿があった。

 親豹は爪を使い鹿を一瞬で解体すると、こちらに無言で差し出す。


 食べていい……ってことなのか?


 俺はおそるおそる親豹の顔を見るが、さっぱり分からない。

 ネロは上機嫌で鹿肉を生で齧っている。


 焼くか。

 俺は枯れ木を集めて、円錐状に組む。

 火をつけようとすると、親豹の体から黒い何かが放たれ、枯れ木に一瞬で火がついた。


 すごっ!


 俺はその火を使い、鹿肉を丁寧に焼く。

 油が滴り、肉の香ばしい匂いが洞穴内に充満する。

 美味しそうだ。


 しっかりと焼き上げると、俺は大きいその肉にかぶりつく。

 口の中に肉汁が溢れ出す。


 美味いっ……!


 この島で食べた肉の中で最も美味い。

 とっても柔らかくて、旨味を感じる。

 俺は無心でその肉を平らげた。

 俺は鹿肉に満足した後、親豹を見る。


「ありがとう」


 どうやら親豹は俺に危害を加えるつもりはないようだ。

 親豹は小さく頷くと、尻尾で俺を巻き取ると自分のお腹に抱き寄せた。

 既にネロも親豹のお腹の毛に埋もれて幸せそうな顔をしている。


 柔らかく、手触りが良い毛。そして、どこか暖かいその体は俺に安心感を与えた。

 その暖かさに、俺は気付けば泣いてしまっていた。


「ガウ?」


 ネロが心配そうにこちらを見る。


「なんでもないよ」


 そう言いながら頭を撫でる。

 その後、俺は気付かないうちに眠りについていた。

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