第11話 話すこと以外のコミュニケーション - 声以外でつながる方法
Aさんが場面緘黙症と向き合う中で気づいたのは、「話すこと」だけがコミュニケーションの手段ではないということでした。声を出せなくても、自分の気持ちを伝えたり、人とつながる方法はたくさんある。彼女の言葉や行動から、その大切さを私も教わりました。
ジェスチャーやメモで伝える
Aさんが中学時代によく使っていたのは、ノートやメモ帳でした。授業中に先生からの質問に答えられないとき、彼女は短い文章を書いてノートを差し出すことで、自分の考えを伝えていました。
最初は先生も戸惑った様子でしたが、Aさんの気持ちを受け取るたびに、そのノートを読み上げてくれるようになりました。このやり取りが、Aさんの中で「自分の言葉を伝えられる」という安心感につながったそうです。
また、友人との会話ではジェスチャーが活躍しました。例えば、飲み物を一緒に買いに行くとき、飲みたいものを指差して教える。たったそれだけのことでも、「相手とつながっている」という感覚を得ることができたと言います。
「話さなくてもいい」時間の心地よさ
私たちが一緒に過ごす時間も、特に言葉が多いわけではありませんでした。ただ隣に座り、互いに宿題をしたり、好きな本を読んだりするだけ。それでも、そこには言葉以上のつながりがあったと思います。
「話さなくても大丈夫だと思えたのは、あなただけだった」とAさんが言ってくれたとき、私も「一緒にいるだけでいいんだ」と気づかされました。言葉がなくても、その場に一緒にいること自体が、深いコミュニケーションの一つだったのです。
視線や表情で伝わるもの
Aさんは、表情や視線で気持ちを伝えるのが得意でした。彼女が頷いたり、目を合わせたりするだけで、何かを言おうとしているのがわかる。逆に、視線をそらすときは「まだ準備ができていない」というサインでした。
その繊細なコミュニケーションを感じ取れるようになったのは、私自身が彼女と長い時間を過ごしたからだと思います。言葉がなくても、相手の心の動きを知ろうとする姿勢があれば、つながりは十分に深まるのです。
多様なコミュニケーションを認める社会
Aさんが教えてくれたのは、「話せる人」だけが社会に必要とされるわけではないということです。話すことが得意でなくても、自分の考えを表現する手段を見つけられれば、それで十分に人とつながることができる。
学校や職場で「声」を重視する文化が根強い中、Aさんのような人が安心して自分を表現できる環境がもっと増えてほしいと思います。メモやジェスチャー、視線、表情――言葉以外のコミュニケーションも尊重される社会になれば、場面緘黙症の人たちが抱える孤独や不安も、少しは和らぐのではないでしょうか。
伝える方法はひとつじゃない
Aさんの経験から、私は「言葉」に頼らないコミュニケーションの大切さを学びました。話すことができなくても、人はつながることができる。そして、そのつながりこそが、彼女のような人たちにとって大きな支えになるのです。
次回は、Aさんが場面緘黙症とともに成長する中で感じた「自分らしさ」についてお話しします。話すことだけにとらわれない「自分であること」の意味を考えていきたいと思います。
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