第3話 駆け落ち
「それで、どうするんや? 生娘だった云うからには、お前にも責任あるやないか」
村上がそう云うと、山瀬は、
「当たり前や、責任とか言うが、俺は郁子に惚れとんや。それだけや」
と云うと、目に涙が滲んだ。
「で……、話はそれだけか」
村上が云うと
「いや、これからや」
山瀬はそう云うと、コップのビールを一気に飲み干した。
山瀬が云うには、親には話を出したのだが、けんもほろろに拒否されたのだ。郁子も同じだった。厨房にいる親父の杉田もこちらを見ている。そして、親父がやって来た。
「山瀬さん、先日の通り、郁子はやれません。こんな娘を真面目に扱ってくれて感謝してます。ですが、釣り合わぬは不縁の元と云うます。どうぞ、郁子もこの店もこの話もこれ限りにしてくれませんか」
山瀬は、大商人である綿花の卸問屋で、瀬戸内海の綿花を一手に引き受けていた。江戸末期には今治藩の老中に列席もしていた。その家の惣領息子で、所謂坊ちゃんだ。慶応大学卒業で、親父の杉田が云う、「釣り合わぬは不縁の元」とは、村上は確かにそうだと思った。
しかし、山瀬にはそんなことは分からない。郁子と一緒になるという事だけが、頭しかないのだ。
「どうしたらええんや」
山瀬は考え込んでいる。
村上は、山瀬を見て『これは相当考えていると見ている』
村上は、しばらく考えていたが、
「こういう時は、昔からあるのが三つある」
と云う。
「どういう事や? 三つとは?」
山瀬が云う、
村上は、一言、
「
と云う事だった。
それを聞いた山瀬は、少しためらったが、すぐに、
「分かった。諦めるのは眼中にない、心中するには若いし死ぬのも辛い。駆け落ちしかない」
と云った。
その時、親父の杉田がカウンターにやって来ると、
「すまんが、今日は帰ってな」
と云うと、玄関の方に指をさした。
引き戸を開けると、
「今晩が駆け落ちや」
村上は小さな声で云った。
「今晩か?」
山瀬が云うと、
「善は急げと云うやないか、思い立ったら吉日とも云う」
村上の言葉は、山瀬の胸に響く。
「それにのう、準備したりしたら、すぐに分かる。今晩が一番や」
「分かった。今晩しかない」
引き戸を引くと、郁子がその手を掴んで居た。
「今日は御免なさい。父があんなことまで云うとは……。御免なさい」
郁子は、そう云うと涙を流した。
「郁ちゃん………今晩、逃げようか?」
山瀬は、郁子の耳に小さな声で云った。
「今晩の関西汽船で逃げよ。11時の船で二人で逃げよな」
郁子はなんも
「うん」
と、ひと言返事した。
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