第5話 威勢だけがいい人

 人と神が戦う胸熱展開になるには、それなりの壮大な冒険譚を踏むことで味が出る。笑いあり、涙あり、全なんとかが大ヒットって奴。しかし、神は割と簡単に一瞥できる事実で、案外そんな茨も大したこともないってことが分かった。そもそも、人間にも精"神"という神がいるんだもの。これはある種の、事実は"小説"より奇なり……ということだ。僕はまだ、そんなに戦闘経験を踏んでいない。だから、神というのを目の前にして、戦うことを強いられているこの悪夢。もっと幼かったら、未知の出来事に高揚せずにはいられなかっただろう。

 保身的な僕は、そんなものとうの昔に捨てた。


「裁キの鉄槌ヲ!!」


 アスクレピオスは、頭蓋骨や蛇など厳つい装飾を施した杖を片手に取り、その背後から矢を模る氷がこちらに直進してきた。

 マリーはハイドの魔法で防護膜を張られてすぐに飛び出して、直進する氷柱を双刃を振り回して床に叩き落とす。しかし、それはアイビーの氷とは違い、その形が壊れていないことが分かり、すぐにマリーに伝える。


「気をつけて! アイツの魔法、ちょっとやそっとじゃ壊れないよ!」


「りょ!」


 マリーは軽快なステップでアスクレピオスまでの距離を縮める。それを抑えようとするアスクレピオスは氷柱を飛ばす。それらを華麗に飛ばして進むマリーは、右手の刃をアスクレピオスに振り翳し、刃は杖に止められる。


「まだ分カラぬノか!」


「分かってないのはあんたの方! 暴走してるのよ!」


「そのよウな、戯言ニ俺が耳ヲ傾けるカ!?」


「ならそのちくわ耳を輪切りにしてやる!」


 口論と刃と杖を繰り返し交わす二人を見ている僕はアスクレピオスへの攻撃を伺う。


「マリー凄い!」


「いえ、圧倒的に押されています」


 よく見ると、アスクレピオスはマリーの刃を杖で受け止めながら、その手の周囲の小さな氷がマリーを微力な攻撃を与えている。なのに、すでにハイドがかけたバリアを完全に剥がしてしまった。


「あべし!」


 アスクレピオスに弾かれ距離が拓く。それに追い討ちするように、腕に氷を覆い、マリーに殴りかかる。僕はそれを万年筆を翳そうとすると、先にそれは火花によって弾かれる。しかし、アスクレピオスは機動を生かすように、弾かれた勢いで回し蹴りでマリーを押し出す。


「ひでぶッ!!!」


「マリー!!」


 押されていくマリーに思わず呼んでしまう。


「ハイド!」


 そのあとすぐ、アイビーが叫んだ時には、アスクレピオスは玉座から姿を消していた。


「ドコを見てイる?」


 その声が、僕のすぐ後ろから聞こえる。振り向こうとしたら、景色が大きく揺れる。気がつけば、僕はアスクレピオスを見上げている。横腹に激痛が走り、腰どころか筆を持つ力すら……あれ、そういえば筆はどこ?

 眩む視界の中、辺りを見渡すと、筆はガーゴイルの像だったものの下に転がっている。しかし、痛みで這いずることすらままならない。


「クッ……!」


「私がいるから! 大丈夫よ!」


 アイビーの声が聞こえたと思ったら、横腹の痛みが和らいでいった。


「ソの力、快癒……!」


 その声色があまりに意味深に感じて、ついアイビーに目を向けてしまう。


「えぇ、あんたが放つ呪いの言葉とは逆のね!」


「果たシて、どちラガ呪いか……」


「どういうことよ!」


 アスクレピオスは下卑た笑い声を高らかに上げて、こう言った。


「貴様は、世界を知ラん。ソの快癒は、生ニ苦痛ヲ感じる者ニは果たしテ幸せカ?」


「当然でしょ! 苦しみがあるなら癒す! 生きることは一番の幸せ! そう教えてもらったんだもん!」


「愚カ……実に愚か……! かの幸セもつかヌまま命を落としタ者が、何ヲぬかす。病の苦痛ガ、報われル事もなカった貴様ノどこが、幸せなんダ?」


 図星を突かれたような表情を浮かべるアイビーを見て、愉快そうなアスクレピオスの死界から、斜め線を描いて不意打ちを狙う。ハイドも反対側から同時に照準を合わせて狙い、ほぼ僕の詠唱と同時に撃ち放つ。しかし、それらを杖で軽々と弾かれてしまう。


「生は罪でアる。何故苦痛ガ幸福と語れル? 貴様の人生ガ、そう謳っタのか?」


「お嬢様、お気を確かに」


「分かってる!!」


「罪は人間ニ元より与えらレタもの。貴様は、如何様な者カ」


「そんなの……!!」


 アイビーの拳が震える。


「その口縫い付けるぞい!」


 アスクレピオスの懐からマリーが大きく刃を振りかぶり、杖と軋み合う。


「少なくとも、あんたに人の人生語る資格はないよ!」


「その小娘ニ元かラ人生とイウもノは存在していなイというノニ」


「時計塔ロケット!!」


 僕はその空いている腕の関節を狙って、スケッチブックの絵を呼び出して、小型の時計塔を召喚する。すると、時計塔の足から噴射して、アスクレピオスに直撃すると同時に爆発した。その途端、時計塔の足の鉄部分が壊れ、それが輪になって変形し、アスクレピオスを縛り付ける。


「小賢しイ……!」


「マリー様、離れてください」


 ハイドの合図で、マリーはアスクレピオスから距離を取る。上から、クナイやその他の暗器がアスクレピオスを囲うように落ちてきて、床に突き刺さる。するとそれらが光り、ドーム状に象り包む。ハイドの目は、アスクレピオスに一点として向けられる。


「発射」


 猟銃の先から放たれた球が、そのドームを突き破った瞬間、激しい光とともに爆発した。

 誰もが「やったか!?」と言いたくなるシーン。でも、僕はあえて何も言わなかった。そもそも誰も言わなかった。なぜなら煙の中の様子は、余裕を見せる神の仁王立ちの影が映っていたから。なんで、僕はこういうときだけ頭が回るのか、この神に問いただしたい。


「やはり……」


 煙の中の神は、ニヤリと笑うと、杖を一振り。波のような氷が押し寄せてくる。まるで、アイビーのことを神経の髄から卑下するように。


「お嬢様」


 そのアイビーの前に、顔色も変えずその波をバリアを展開して迎えるが、今にも貫いてしまいそうだ。ハイドはそう悟ったのか、バリア板の向きを傾けながら、上へと波を押し上げた。即座にそれは氷の壁となった。


「はっ?」


 その後、僕の頭がさらに追いつかなくなる。そのそばに、アスクレピオスが突如現れた瞬間、氷の壁はキシキシと響く音もなく突然崩壊した。その一瞬で、小さな氷のカケラ達の下敷きになったアイビーとハイドは、起き上がれなくなっていた。


「アイビー!! ハイド!!」


 僕は驚きのあまりただ二人の名前を叫ぶことしかできない。


「大丈夫、気にしないで!」


 今にも二人にトドメを刺そうとしているのが分かったがために一筆で攻撃して、向かい側からマリーも応戦するが、僕の攻撃が何故か一擦りもせず、マリーの攻撃も虚しく交わされ、地面に叩きつけられた。

 アスクレピオスはフンと鼻息を吐き捨てると、杖の先を凍らせるとそれは大きな針のようだった。その針先は二人の頭部に向けられていた。


「安心シろ、便所にハ送らン。死の海ダ」


 神らしからぬそれっぽい捨て台詞を吐かれ、重々しく持ち上げるも虚しく床に伏せてしまう様は悔しみの色に染まっていた。


 あ、そうか、僕は何もされてないから動けるのか。でも、なんで足と手を動かないんだ? 別に怪我してるわけでもないのに。弱いなりになんかしろよ。弱くても責任は果たすことはできるだろう? 


 何をやってるんだ!!! このバカが!!!!


「誰!?」


 誰だこの声。まるで、自分の声のようにも思えたが。それは僕の頭の中から発せられたものだった。だからハイドとアイビーが気がついてこちらに変な目で見つめて、アスクレピオスがこちらに……、目を……向け、て……、こっちに、近づいてくる????


「グッ……!?」


 僕は急遽として、神を見下ろしていた。なぜそんなことができたかって? 今、首を、掴み、上げられてるからだ。


「貴様カら黙らせルか」


「アガッ……」


 脳内から変な音が聞こえる。幻聴ではない、生々しい音。別の声も聴こえる。あ、これはマリーの声か。環境音は全く聴こえないってことは、相当叫んでるんだ。マリーのそういうのはよく見てた気はするけど、それでも新鮮さは感じる。冷静に分析する僕の、この謎の余裕は何? 戦いに何一つ貢献していないくせに。


 でも結局は、僕の願いも叶わず、死ぬのか。所詮表現力の乏しい僕はこの程度ってわけか。どうせ使い物にならない身体だしいっそ……。


「い、やぁ、だ……、死にたぐ、な、ぁ……」


 この期に及んで死にたくないって言ってるの僕? てか、力振り絞ってそれなの終わっとる。普段の会話で死って言葉簡単に出てくるくせにさ。


「うっ!?」


 突然、僕の首が神の手から解放された。床に落とされた僕は、詰まった息が急に逆流して、咳を混んでしまう。聴力も人の声がはっきりするほどに回復していた。軋んで痛む顔を可能な限り上げるとそこに、嘴がある。


「ぁっ?」


 間抜けでガサガサな声が出る。黄金色をした、鷲にもフクロウにも似た鳥が翼を羽ばたかせて浮いてる。


「"はっ?"じゃねぇよ。死にかけやがって、雑魚だなぁ」


 100億分の1の確率でしょう。出会い頭に鳥から雑魚って言われることある? 多分小さい頃にイキってた子供だったらみんな言ってると思う。いや、普通に訳がわからない。首が解放された途端、なぜ鳥に「雑魚」と言われるのか。


「そうか、息整えて、る……、フリして、死んでるの、か……、僕……」


「生きてる、安心して」


 マリーが僕の耳元に慰めの言葉をかけながら、上半身を持ち上げる。首が逝ってるのか、頭が重い。


「何が、あったの……?」


「ミント、撤退じゃ!」


「は?」


 突然マリーに僕は背負われ、神殿を足早に立ち去る。

 視界が狭くなってゆく中、アスクレピオスを、鳥がハエのように這いながら牽制している。その光景が、だんだん遠くなる。僕の頭に酸素が行き届いてないせいか、そのまま暗闇に身を委ねてしまった。


とある先生同士の会話

「⬛︎⬛︎、真面目だけど、なんというか、分かりにくい生徒ですよね」


「俺もちょっとわかんねぇやつだなとは思った」


「あの子を中心によくクラスでトラブル起きるんですよ」


「自覚あんのかねぇ」


「多分ないと思います。次の日になれば笑ってるし、周りもなんか気を遣ってるところを何度も伺えるんで……」


「嫌なんだよなー。歩く地雷っていうのかね。上手くいかないとあたふたするどころか、人のせいにして取り乱すし。完璧主義なのか否か、考えが極端すぎるんだよな。情緒がないっていうか」


「最近はちょっとしたことで癇癪に触れるみたいですね」


「でもこの前アイツを怒ったんだろ?」


「なんか笑いながら侮辱の言葉が出てきて、それで嫌な顔してる生徒がいたところたまたま通りかかったもので。そしたらだんまりで」


「そりゃ⬛︎⬛︎が悪いな。もう相手にしない方がいい」


「……考えておきます。ところで、ちょっと有給とってもいいですか? その、ちょっと、あのクラスは荷が重くて……」


「この頃元気なかったからな。しばらく休みなさい。出れるタイミングがあれば連絡を」


これは、誰の記憶だろうか。

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