ハイドレンジアの話・無彩色の漆
「流石だよ、取引先との商談成功した上に、長期契約まで持ち込むなんて!」
「当然のことをしたまでです。仕事してください」
「週末旅行行きませんか!? この前のお礼がしたくて」
「どうでもいいです。仕事してください」
「つーか、合コン興味ねーみてーな顔してるしな」
「そもそもあなたに興味がありません。仕事してください」
「綺麗なクセにもったいねーー」
「仕事してください」
私は、功績や色恋などには関心が持てない。元より、人との絡み方に理解できない。そもそも知る必要がない。無駄な気をつかう必要もない。なにを目的としているのか。分からない。
「明日までの書類は問題ありません。再来週のものも済ませておきました。ご確認を」
トラブルさえなければいい。私のできることをして、生きていれば。いつからこんなことしてるのか。分からない。
「本当に任せちゃっていいの? 他の子がーー」
「問題ありません。仕事ですので」
他人の仕事をしたことなど指では数えきれないほどだが、目に余る失敗はない。別に疲れる量でもない。どうして、この量も熟せないのか。
"何のために生まれたの?"
時折、私の脳裏にそんな言葉が響いてくる。誰の声だろうか。
「お前こんなミスにも気づけないのか!!」
「すみません、確認したつもりで……」
「良比良さんが指摘しなかったらどうなってたことか!! 貴様ひ弱な印象で入れてもらえたんだろ! これだから女は……!!」
私を大袈裟に褒める男が、一つ下の後輩に下品な罵声をあげる。なぜそこまでするのか、分からない。
◆
「お前さえいなければ……!!」
私の最後は、あっけないものだった。私の認識の中で、問題はない。問題と思う印象がない。でも、今私がいるのは、線路の上。もう避けられない、すぐそこに大きな角ばった顔。
私の霞む視界に映る赤い液体。手足の感覚が何一つない。ただ首が熱い。
それ以外に、色が無い。やがて、赤すらも認識できなくなった。
"そもそも、何を認識したことがあるの?"
何も無い。功績以外、何も無い。人を気遣うことは社交辞令。仕事することは、別に苦では無い。少し、寒い。体は熱いのに、寒い。
寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。
胸が、寒い。
「買い物は、二人で楽しみながらするものなんだよ!」
「なぜ?」
「なんでって、楽しいからに決まってるじゃん!」
私の中にほんのりと熱を感じた、生まれて初めての感覚。メイド長になってからも、私は変わらず仕事を熟す。しかし、私の細かいミスは生前より目立つようになった。同じようにしているつもりなのに、肝心なところで。いつものように、失敗管理をするけど、分からない。
「どこか疲れているんですか?」
「……そんなはずは」
「私が代わりにやりますよ?」
「……気にしないでください」
「日頃の感謝です!」
「当然のことを……」
「休みな、お嬢様の様子を見てきたら?」
「……わかりました」
「ご主人、ホントあんたに仕事与えすぎてクソだわ。なんで言い返さないの? 黙ってるから調子乗るんだよアイツ」
「別に……苦ではありません」
これは、私の仕事……。初めて、私の仕事を譲った。自分たちの仕事が終わってないのに、なぜ私のために? 分からない。
この気持ちは、いったいどこから?
分からない。
なら、本当の私は、一体どこに?
進む道はあるのに、ずっと私に退路がない。私は幾つの私を捨てたのだろう。
捨てて仕舞えば、それは、私なんだろうか。
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