ハイドレンジアの話・無彩色の漆

「流石だよ、取引先との商談成功した上に、長期契約まで持ち込むなんて!」


「当然のことをしたまでです。仕事してください」


「週末旅行行きませんか!? この前のお礼がしたくて」


「どうでもいいです。仕事してください」


「つーか、合コン興味ねーみてーな顔してるしな」


「そもそもあなたに興味がありません。仕事してください」


「綺麗なクセにもったいねーー」


「仕事してください」


 私は、功績や色恋などには関心が持てない。元より、人との絡み方に理解できない。そもそも知る必要がない。無駄な気をつかう必要もない。なにを目的としているのか。分からない。


「明日までの書類は問題ありません。再来週のものも済ませておきました。ご確認を」


 トラブルさえなければいい。私のできることをして、生きていれば。いつからこんなことしてるのか。分からない。


「本当に任せちゃっていいの? 他の子がーー」


「問題ありません。仕事ですので」


 他人の仕事をしたことなど指では数えきれないほどだが、目に余る失敗はない。別に疲れる量でもない。どうして、この量も熟せないのか。


"何のために生まれたの?"


 時折、私の脳裏にそんな言葉が響いてくる。誰の声だろうか。


「お前こんなミスにも気づけないのか!!」


「すみません、確認したつもりで……」


「良比良さんが指摘しなかったらどうなってたことか!! 貴様ひ弱な印象で入れてもらえたんだろ! これだから女は……!!」


 私を大袈裟に褒める男が、一つ下の後輩に下品な罵声をあげる。なぜそこまでするのか、分からない。



「お前さえいなければ……!!」


 私の最後は、あっけないものだった。私の認識の中で、問題はない。問題と思う印象がない。でも、今私がいるのは、線路の上。もう避けられない、すぐそこに大きな角ばった顔。


 私の霞む視界に映る赤い液体。手足の感覚が何一つない。ただ首が熱い。


 それ以外に、色が無い。やがて、赤すらも認識できなくなった。


"そもそも、何を認識したことがあるの?"


何も無い。功績以外、何も無い。人を気遣うことは社交辞令。仕事することは、別に苦では無い。少し、寒い。体は熱いのに、寒い。


寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。寒い。


胸が、寒い。






「買い物は、二人で楽しみながらするものなんだよ!」


「なぜ?」


「なんでって、楽しいからに決まってるじゃん!」


 私の中にほんのりと熱を感じた、生まれて初めての感覚。メイド長になってからも、私は変わらず仕事を熟す。しかし、私の細かいミスは生前より目立つようになった。同じようにしているつもりなのに、肝心なところで。いつものように、失敗管理をするけど、分からない。


「どこか疲れているんですか?」


「……そんなはずは」


「私が代わりにやりますよ?」


「……気にしないでください」


「日頃の感謝です!」


「当然のことを……」


「休みな、お嬢様の様子を見てきたら?」


「……わかりました」


「ご主人、ホントあんたに仕事与えすぎてクソだわ。なんで言い返さないの? 黙ってるから調子乗るんだよアイツ」


「別に……苦ではありません」


これは、私の仕事……。初めて、私の仕事を譲った。自分たちの仕事が終わってないのに、なぜ私のために? 分からない。


この気持ちは、いったいどこから?

分からない。


なら、本当の私は、一体どこに?


進む道はあるのに、ずっと私に退路がない。私は幾つの私を捨てたのだろう。


捨てて仕舞えば、それは、私なんだろうか。

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