第10話 ブレイクスルー

 魔導都市からヴァッサーブラット領に帰るまでの道程は、ルリが馬に掛けてくれた強化魔法のお陰で大幅に短縮する事が出来た。


 そして領主館に帰ってきた俺は、アイルを筆頭とした館で働く者たちに婚約者としてルリを紹介した。


 突然の婚約者紹介に対する驚きこそあったものの、概ね好意的に受け止めてもらえたので一安心と言ったところだ。


 ちなみに、ルリを見たアイルが皆の前では我慢していたが、俺と二人きりになった途端に人に見せられない表情になり、「ありがとうございますありがとうございます、あ、おめでとうございます!」と言ったのはここだけの話だ。


「ルリ、入っても良いか」

「あ、ええ。大丈夫よ!」


 そろそろ荷解きを終えた頃合いだろうとルリの部屋にやってきた俺は、返事を聞いてから扉を開ける。


「……おぉ」

「え、な、何よ。そんな感動したみたいな顔して」


 魔女めいた服装から一転、ラフな肩出しの格好に着替えたルリ。初めて見るその装いが新鮮で、まじまじと見つめてしまう。


「その服、すごく似合ってる」

「た、ただの部屋着じゃないの……それにあんたは貴族なんだから、着飾った綺麗な女の人、沢山見てるでしょ」

「確かにそうだけど、今まで見てきたどんな女の子よりルリが一番可愛い」

「……っ!」

「あ、もちろん魔法使いとしての格好も魅力的だし、つまりルリが俺の知る中で一番可愛い女の子だからどんな服を着ても魅力的っていうか――」

「分かった、分かったからそこまで! そ、そんな風に言われると、その……は、恥ずかしいからぁ」


 顔を真っ赤にしてうつむいてしまうルリ。


 そんな様子を見て言い過ぎただろうかと思いつつ、気持ちを伝えるにはこれでも足りないくらいだった。


「全くもう……ホント、どれだけアタシのことが好きなのよ、あんたってば」


 照れの中にも嬉しさをにじませた呟きを聞いて我慢できなくなり、思わずルリを抱きしめてしまう。


 魔導都市からウチに帰って来るまでの間に、このくらいのスキンシップは平然と出来るようになった。……頬へのキスから先の行為は、まだ出来ていないが。


「ひゃっ!? な、なな、何よ急に!」

「悪い、ルリが可愛すぎて抱きしめたくなった」

「あぅ……」


 抱きしめることで感じる香水の匂い。柑橘系だろうか、ツンとした中に甘さも感じるその香りは彼女にピッタリだった。


「に、匂い嗅ぐのダメ。汗流せてなくて、香水で誤魔化してるから、その……」

「そんなルリの匂いも好きだけどな」

「ば、バカぁ! は、恥ずかしいこと言わないで……っ」


 口では拒絶しつつ、抜け出そうとはせずされるがまま。そんなルリに対して湧き上がる興奮を抑えつけながら口を開く。


「それじゃあ、風呂に入ってくると良いぞ。学院の大浴場には流石に負けるけど、七~八人で入っても余裕なくらいには広いから気持ちよく入れるはずだ」

「えっ、お風呂があるの!?」


 驚きの声とともにルリがバッと顔を上げて。


「……っ」


 今にもキス出来そうな距離に顔が近づき、ドキッとしてしまった。


 愛くるしい唇、吸い付きたくなるほど柔らかそうなそれに、視線が吸い寄せられる。


「ルリ……キスしても良いか?」

「……、ん」


 ゴクッと唾を飲み込んだルリ。少しの間を置き、瞳を閉じて踵を上げる。


 長い睫毛を小さく震わせる様子に愛しさを感じながら、両肩に手を置き、そっと口づけを落とした。


「んぅ……っ」


 ルリの唇から漏れる声、吐息。それを感じて背筋にゾクゾクしたものが走るが、ぐっと堪える。


 触れ合わせるだけのキスをたっぷり一分ほどしたところで、ルリが唇を離し、指でなぞる。


「そっか……これがキス、かぁ」


 嬉しそうに呟いたルリは、顔を隠すように背を向けたあと、そのままもたれ掛かってきた。


 そうすると、ちょうど後ろから彼女を抱きしめる形になる。


「エッチなことは、まだ怖いけど……キスは、へいき。たぶん、好き。だから……これからは毎日したい、かも」


 背を向けられているから、顔は見えない。ただ、耳まで真っ赤になっていることは分かった。


 今すぐ愛の言葉を叫び出したい衝動に駆られながらも、こそばゆく甘酸っぱい雰囲気に浸っていたい気持ちもあり、恋心は複雑だなぁと思う。


「分かった。それじゃあ朝と夜、しよう」

「うん……する」


――その後、ルリ、俺の順番で風呂に入ったのだが、風呂上がりのルリにドキドキしたり、ルリが浸かったあとの湯船にドキドキしたりした事も、ここだけの話だ。


 そして明朝、食事を取ったあと、俺はルリを馬に乗せて領内の山の麓へとやってきた。


 馬から降りたルリは草木が生い茂る周囲の景色を見回しながら、「ここが金鉱脈のある場所?」と小首を傾げる。


「そのことなんだが……実は、金鉱脈っていうのは嘘なんだ」

「は、え? ど、どういうこと?」

「ルリには、金とは違うもっと別のものを採掘してほしいんだ」

「別のもの……?」


 混乱から一転、いぶかしげな眼差しになったルリに対し、地面を指し示す。


「この大地の下、地中深くを魔法で調査してくれ。思いっきり深くだ。そうしたら俺の言いたいことが伝わるから」

「えぇ……? 別に良いけど……」


 地面に片膝をついたルリは、困惑しながらも大地に右手を当てる。同時にその周囲に舞い散る真紅の燐光。


 魔法使いが魔法を使う際に出る魔力光、それを纏ったルリの美しさに思わず見惚れてしまう。


 それからほどなくして。


「けっこう深くまで調べてるけど、別に何も……――ッ!?」


 ルリの顔に、愕然とした表情が浮かんだ。


「何、この莫大な魔力の塊……魔力の宿った、鉱石……? 待って、嘘でしょ、なんでこんなモノが大地の下に……」


 慌てて左手を重ねるルリ。恐らく調査範囲を広げているのだろう。


「冗談でしょ、どこまで続くのよ……ヴァッサーブラット領、だけじゃない。ディアモント王国、ううん、もっと広い……」

「ああ、そうだ。魔力を宿した万能資源……魔石がこの大陸全土に埋まってるんだ」


 近い未来に起こる世界規模のプレート移動。それがもたらすのはカフカスの崩壊だけではない。


 地中深くに埋まっていた魔石が採掘可能になり、魔石を元にしたさまざまな技術が急速に発達し、万能資源である魔石を巡って大規模な戦争が勃発する。


 いわゆる原作ゲーム開始時の状況だが、今はまだプレート移動まで猶予があり、魔石の存在を知るのは俺とアイル、そしてルリだけだ。


「だからその魔石をルリの力で採掘してほしい。魔石もその運用技術も俺たちで独占するんだ」


――他の国に先んじてブレイクスルーを発生させて独占し、技術格差と資源で優位を得る。


 それが、滅亡を回避するためにたどり着いた前提条件だった。

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