清籟。世界いっぱい映り込んだ。

芒硝 繊

一,流れ着いた日常

頬杖をつき、窓から恵風が舞い。ひと花弁、淡い花びらが迷い込んだ。


桜⋯⋯。


脳の片隅で流れているのは教師の声。風に曝され、弧を舞う花びらはそこはかとなく絢爛に見えて――。


またひと花弁。もうひと花弁と迷い込んだ。


木⋯⋯。


木を見ていると、想い浮かべてしまうのは――かの異世界、危が練り歩き己一つで刃を振るう世界フイスワムだった。



かつて、六つの頃。私は異世界に転移し、かの地を巡り歩いた。それは当然、――帰る為だった。


六つで突然、親元を離れた私はどうも心細く。何かにつけ、想い浮かべるのは地球のどこまでも澄み渡る青さだった。


幸い、私は一人ではなかった。



突然、転移といわれるものを果たしてしまった頃。

世界に映ったのは、行き交う人々。盛況を見せる屋台。異国、洋風らしさのかぐわう最新から最旧まで揃う、彩り豊かな機械をふんだんに使った家の造り。


レンガ――とかではなく、石が滑らかになった家の造り。其処は彼となく蜂起させたのは、――近未来だった。


そんな景色に戸惑う中、街外れに天まで届くほどの巨木が目に入った。黄昏時の空は日を揺らし、巨木の淡い桃色の葉はほんのり灯りをつけ。


ゆらゆら揺れ、まるで見守ってるようだった。――そんな時だった。


「ねぇ! そこのあなた! やっ――似――る⋯⋯。」


最後の方は聞こえず。けど、焦ったような顔をし。薄墨色に塗られた瞳はまぁるくこぼれ落ちそうで⋯⋯。


とても瞳は潤々しく、彼女はとても可憐だった。それに加え――街中の人々のかっちりした装いとは一風変った古風な装いだった。


「あの⋯⋯? どうしたの?」


あまりの表情っぷりに思わず声をかけると――

「え! ⋯い、いや何でもない。」


彼女は何か隠したそうだった。けど、会って間もない私が聞く話しでもないと思い、話題を変えるべく質問をした。


「あの巨木は一体⋯⋯?」

「え、あぁ。あれは――灰燼樹。紋記者は紋自身で。紋を傷つけられれば全身に痛みが。灰燼樹は九つ。自分に合う灰燼樹は”分からない“。灰燼樹に近づき、合わなければ灰燼になるという云われを持つ樹木。ゆえに、紋記者は灰燼樹を避ける。」


灰燼⋯⋯? その物騒な物言いに思わず眉を顰め、巨木を眺めた。人が多いここからでも見える街外れの巨木。その、可憐でまるで桜を想わせる巨木が⋯⋯灰燼だって? 随分、物騒な。



〜∮•*❇*•∮〜



そう、その灰燼樹はその世界に多大なる影響をもたらしていた。

桜、舞いゆれるこの季節――。毎度のことのように想い出すのは、異世界の友人たちだった。


結果的に言えば、六年此方では行方不明者扱いとなったまま、家へと帰れたんだけど。――不幸になるのと性別を取られるという状況。


帰って来た私に、世界は決して甘くはなかった。勉強も追いつかず、毎日通り魔や事件、事故に巻き込まれる日々。


本当なら、この授業だってちゃんと聞かなければいけない。けど――、そもそも授業の内容が分からない。


話している言葉こそ同じだったのは、理由あって彼女だけで⋯⋯。私は向こうで十二年、異世界の言語とともに生きてきた。こっちでは六年。


ゆえに、この世界の言語を覚えていないわけではないけど。あまりにも異なり過ぎて、授業と理解の反応がとても追いつかない。


高校という場所で、教師の声が異国語に聞こえながら、私は桜並木をもうひとめ眺めた。


文法もまるで違う。文の構成すらも違う。


教科書に載ってある、数多の物語とどう思ったかという問いかけ。私がいっとう苦手なのは――国語の授業だ。


今の言葉すら危ういのに、昔の言葉まで出てくる。正直言って気が遠くなる。


はぁ。


ひと溜め息ごち、澄み渡った青空を眺めた。その青空には揺蕩うように揺れ動く日も、風が雲となり景色の一体となる様もない。


どうして私は――。


いや、当時あれほど帰りたいと⋯⋯親元に戻りたいと願ったのは私だ。例え、戻って来て事件や不幸のせいで嫌われようが。


――あの人たちが私の家族であることには変わりない。


結局、私は後先何も考えていなかった。家族より長く共に過ごした友人に、もう会えないという状況を本当の意味では理解していなかった。


――自業自得だ。


マ、高校に通わせてもらえるだけマシだろう。馬鹿みたいにお金がかかるのにも関わらず⋯だ。つまり未だ⋯⋯見捨てていないということなのだから。



〜∮•*❇*•∮〜



チャイムが鳴った。


帰り時だ。

鞄を背にかけ、ひとり寂しく歩いた。先ほどと違い喧騒が多い。


う⋯⋯。


私に、友人は出来なかった。というより、そもそも何を話しているのか理解は出来ても。反応に”遅れて“しまう。


――困ったものだ。


勉強ばかりで遊ぶ暇もない。ゲームも⋯⋯話しの内容で知っている存在に過ぎない。


曰く、操作が難しいとか。


あまりよく分からないが、私の知っているテラ遊戯で合っているのだろうか?


着いて行けない、とはこのことだろう。今日は補習がない。それだけは良かった⋯⋯。はぁ、探偵特殊事件担当には悪いけど私は⋯⋯ここに馴染めていない。


今日も内心、独りごちながら通路を後にした。


電車も、もはや迷子になりかけるから苦手だ⋯⋯。電車に揺られ、周りを見回しても周りの人は誰ひとり目を合わせない。


事件慣れしているから、騒いでても気にも留めないあの国とは違ってて、よく分からない⋯⋯。空から雪崩が降るのとも違う。


徐々にブレーキをかけながら、電車が止まった。隣人の体幹が少しブレる。どこに着いたのか、少し見づらい。けど、記憶が正しければいつもここで降りてる筈⋯。


人混みに揉まれながらも、私は電車の扉から降りれた。息の詰まる空気感だった。急ぐ人でホームは溢れ返り、正直記憶が飛びそうな勢いで目まぐるしい。


命の危機で飛び上がるのとは、また違う感覚だ⋯⋯。


寮はそこから意外と近く、少しだけ廃れた場所に位置している。近くにあるのはコンビニくらいで⋯⋯。


部屋に上がって直ぐに、私は一つだけ持って帰れたあの世界の物を手に持った。


それは――あの世界との唯一の繋がり、灰燼樹の葉だった。


どうやら私には、何もないらしく。紋すらない為、大丈夫だそうだ。けど――「そもそも葉自体にはそんな力はないんだよ! あるのは、灰燼樹だけだよ!」 と意表返しを喰らってしまったのは今となっては良い思い出である。


もうそろそろ、ケジメをつけるべきなのかもしれない。いつまでもあの世界を引きずっていては――彼女たちに悪い。


私は葉を持ったまま、鍋を取りに向かった。燃やそうと思う。それか、――食べようと思う。


一歩、一歩と何処か重く踏み歩いた足はとても寒い。いや、怖い⋯⋯のか。でも、忘れはしないけど忘れなきゃいけない。


もう、会うことはないのだから。私はこの世界の住人なのだから⋯⋯。





棚から鍋を手に取った瞬間――。清籟が耳元をそよぎ、世界いっぱいが映り込んだ。世界に広がるのは、白草むらと、星朧ほしおぼろが見える紅掛空色べにかけそらいろの空だった。


ここは――、どこ?


辺り一面に広がるのは、白草むらにつゆる蝋燭らしい花が点々と。世界を見渡そうにも右手には崖が立往生していて見えない。


少し離れた場所に、川辺と薄蒼の葉木たちがあって⋯⋯。海特有の波音が聞こえ、ふと音が聞こえた左斜めを振り返ると――。


段々の波が広がる飴色の海があった。

水平世界に、雲草に摘まれたような浮き高さの飴色の水滴が弧をかき、瓶の質感の海がゆれている。


海の上には幽かな霧とほんのり灯る葉が搖れて――。海辺にちょこちょこある透色枝木。


――海が見えるってことはここは孤島だろう。


ふと、川辺近くの薄蒼の葉木たちに人影が見えた。一人だけ⋯⋯。


新手の罠かもしれない。人影は木の後ろ。ということは何かを警戒し、訳あって、水源近くを陣取っている可能性もある。


それにしたって、こんな海景色はあの世界にはなかった。ということは――また別の異世界という可能性が出てくる。


あぁ、あまりに酷だ。どうして⋯⋯。


とりあえず⋯⋯と手元を見れば鍋と灰燼の葉だけしかなかった。仕方ない⋯⋯と、靴下履いた足を前へ前へと進めた。足を進める度に、白草が飴色の燐粉を漂わせ。


思わず、鼻を摘んだ。


こういう燐粉は大体がロクでもない。そんな燐粉に無防備なんてあり得ない。


段々、川辺近くまでやって来た。人影の人物は――同じくらいの背丈だ。百六十五センチといったところか⋯⋯。


「――人? 何故こんな未開の地に。」

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