第6話「もしも僕が鍵ではなかったなら」

蓮はぼんやりと窓の外を眺めていた。目の前には日常の風景――走る車、行き交う人々、そしていつもの都会の喧騒が広がっている。


「……夢だったのか。」


独り言のように呟くが、胸の奥にある違和感は消えない。全てが普通に見えるはずなのに、何かが欠けているような気がしてならなかった。


蓮は机の上に目をやった。そこには古びた腕時計が置かれている。それは異世界で破損したままの時計と同じものだった。ふと、時計の針が動き出す。だが、その動きは奇妙なもので、時折逆回りするようにも見える。


「これは……?」


蓮は時計を手に取り、じっと見つめた。その瞬間、背後から誰かの声が聞こえた。


「お帰りなさい、蓮様。」


驚いて振り返ると、そこにはアイリーンが立っていた。その姿は異世界で見たものと変わらない。銀髪が月光のように輝き、冷たい微笑が蓮を見つめている。


「……どうしてここに?」


「ここが本当の世界かどうか、それはあなたが決めることですわ。」


「本当の世界……?」


蓮の胸に再び疑念が渦巻く。彼女の言葉の意味を問いただそうとしたその時、アイリーンはふっと消え、代わりに机の上の時計が激しく回転を始めた。


蓮は時計を凝視したまま、記憶をたどるように頭を抱えた。異世界の記憶は消えたはずなのに、その感覚は妙にリアルだ。彼女たちの言葉、触れた感触、そして刻まれた痣。それらが今も自分の中に生きているような気がしてならない。


「もしも、あれがただの夢だったとしたら……。」


そう言いかけた蓮の耳に、再び囁き声が聞こえた。


「……鍵はまだ開かれていない。」


声の方向を振り返るが、そこには誰もいない。蓮は深く息を吸い込み、冷たい汗を拭った。


「結局、俺は何も分からないままなのか?」


自嘲気味に笑う蓮。彼は最後に運命の書を開いた時のことを思い出した。その時見た「鍵として消えていく自分」の映像。それが本当に終わったのか、それともまた始まりの一部なのか――その答えは誰にも分からない。


翌朝、蓮はいつものように目を覚まし、仕事に向かう準備をしていた。時計は元に戻ったように見えるが、彼の胸には未だに違和感が残っている。まるで、どこかでまた王女たちが自分を待っているような気がしてならなかった。


玄関を出た瞬間、彼のポケットの中で何かが光った。それは、昨日確かに消えたはずの「鍵」だった。鍵は淡く輝きながら、彼に囁くような気配を放っていた。


蓮は鍵を見つめ、言葉を失ったまま立ち尽くす。


「もしも、これが終わりではなかったとしたら……。」

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【もしも】異世界の王女たちが、全員僕に呪われた運命を押し付けてきたら……?? よっちゃん @baddoenndo

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