第5話 VF:命の緊急信号
深夜2時。ICUのナースステーションは一見静けさに包まれていた。モニターから聞こえる心拍音や人工呼吸器のリズムが、この空間の生命が動き続けていることを知らせている。
祐介はカルテに目を通しながら、ふと隣のモニターに目をやった。そのとき――
「ピピピピ――!!!」
鋭いアラーム音が鳴り響いた。
「VF発生!」
隣でモニターを見ていた先輩看護師の佐藤が即座に叫ぶ。
「VFって…!?」
祐介が戸惑う間もなく、佐藤が患者の病室に向かって駆け出した。
祐介も慌てて患者の元に駆け込む。病室のモニターには不規則で荒れ狂うような波形が映し出されていた。患者の顔色は青白く、意識を失っている。
「VF(心室細動)は心臓が小刻みに震えて、血液を全身に送り出せなくなる状態だ!」
佐藤の説明を受けながら、祐介は必死で状況を把握しようとする。
そこに現れたのは白井杏子だった。彼女は冷静に患者の胸を露出しながら叫ぶ。
「酸素マスク外して、すぐにバッグバルブマスク(手動で患者に酸素を送る救命用換気装置)の準備を!」
祐介は手際の悪さに焦りつつも、酸素マスクを外し、バッグバルブマスクを持ってきた。その間に杏子は看護助手に声をかけ、DC(除細動器)を準備させていた。
「VF確認しました!」
駆けつけたのはICU専属医の中村だった。冷静な目で患者の状態を確認し、指示を飛ばす。
「バッグバルブで換気を続けながら、気管挿管を準備してください。白井さん、薬剤の準備を!」
杏子は速やかに薬剤を取り出し、祐介に指示を与える。
「坂本くん、挿管用の喉頭鏡とチューブをセットして。」
祐介の手が震えるのを見た杏子は短く息をつき、少し落ち着いた声で続けた。
「大丈夫、深呼吸して。今必要なのは冷静さよ。」
その言葉に励まされ、祐介は何とかセットを完了させた。
中村医師が除細動の準備を確認しながら声を上げた。
「DC150ジュール、チャージ開始。」
「チャージ完了!」杏子が告げると、中村が全員に視線を向ける。
「オールクリア!」
祐介は手を離し、静かに見守る。次の瞬間、患者の体がビクンと跳ねた。しかしモニターの波形は依然として荒れたままだった。
「もう一度。200ジュールで。」
2度目のショック後、モニターに一瞬の静寂が訪れる。次いで、規則正しい波形が戻ってきた。
「洞調律、戻りました。」杏子が報告する。
しかし、患者の呼吸は不十分だ。中村医師が挿管を開始する。
「喉頭鏡。」
杏子がスムーズに器具を渡すと、中村は一発で挿管を成功させた。
「チューブ固定完了。人工呼吸器に接続してください。」
祐介は急いで器具を持ち、人工呼吸器とチューブを接続した。患者の胸がリズムよく上下し、生命がつながったことを実感する。
患者の安定を確認し、一息ついた祐介。しかし、杏子はすぐに薬剤の整理や記録に取り掛かっていた。
「白井さん、すごい…。あんな緊急事態でも全然焦らないんですね。」
つい声をかけると、杏子は一瞬こちらを見たが、すぐに視線を外して淡々と答えた。
「焦ったら終わりよ。患者の命を守るために、何をするべきか考えるだけ。」
その冷静な言葉の奥に感じたのは、揺るぎない信念だった。
その夜、祐介はナースステーションの椅子に座り、思い返していた。
「あの冷静さに、少しでも近づきたい。」
杏子の凛とした姿が、彼にとって目標となる新たな道を示していた。
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ここまでお読みいただき、ありがとうございます。もしこの作品を楽しんでいただけたなら、ぜひ評価とコメントをいただけると嬉しいです。今後もさらに面白い物語をお届けできるよう努力してまいりますので、引き続き応援いただければと思います。よろしくお願いいたします。
こんな小説も書いています
呪医の復讐譚:https://kakuyomu.jp/works/16818093089148082252
ナースたちの昼のみ診療所:https://kakuyomu.jp/works/16818093088986714000
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