第33話 新スキル


「ああああ!? す、す、スキルが生えた!!」


 十層のボスであるゴブリンセイバーを無事討伐し、各々でリザルトを確認していると、自身のステータスを見たメアエルがそう叫んだ。

 彼女は驚愕と嬉しさと動揺を混ぜ込んだなんとも言い難い表情を一鷗に向けると、ドランの頭に手を置いてステータスウィンドウを空中に投影した。


「俺も見ていいのか? 確か前にステータスは個人情報だから容易に他人にはみせられないとかなんとか……」

「命を預けて一緒に戦ってるんだからそんなのもうどうでもいいわよ。それよりも見てみなさいよ、私の新スキル!」

「そういうことなら」


 自分から見せてくれるというのなら見ても怒られることはないだろう。

 一鷗は初めて見る自分以外のステータスに少し緊張しながら、ちらりと彼女のウィンドウを覗き込んだ。


──────


名前:メアエル・アルメリア

種族:人間

レベル:25


体力:98/106

魔力:120/220

筋力:95

耐久:75

敏捷:82

器用:50

知力:157


スキル

【火魔法】(【ファイアボール】【ファイアロー】【火蝶】【フレアカノン】)

【土魔法】(【ストーンバレット】【アースウォール】【クレイニード】)


──────


 メアエルのステータスは上記のとおりだった。

 一鷗のステータスとは大分違う。

 一鷗は主に体力値と耐久値が抜きん出ているが、メアエルの場合は魔力値と知力値が飛び抜けて高い。

 恐らくは魔法を使う影響だろう。ステータスは本人の素質とレベルアップ前の行動によって変化するのである。


 自身とメアエルのステータスの違いを確かめた一鷗は続いてスキル欄に目を落とす。

 メアエルが言ったとおりそこには【土魔法】の文字が増えていた。


「【土魔法】か」

「ええ、これでようやく半分ね」

「半分?」

「向こうの世界では火、水、土、風の四属性の魔法が使えたのよ」

「へ、へえ……」


 四属性なんて普通でしょと言わんばかりに飄々と答えるメアエル。

 彼女がそんなだからつい流してしまいそうになるが、四属性の魔法が使えたというのは実はものすごいことなのではと気が付いた。

 同系統のスキルを四つも持つというのはそれこそ器用貧乏になりかねない。

 しかし、彼女は勇者である悠誠とともに魔神討伐の旅をしていたという。荷物持ちではなく、パーティメンバーのひとりとして。

 それが事実なのだとすれば彼女は四属性の魔法を巧みに使いこなした優秀な魔法使いだったということになる。

 一鷗はこれまでそんな優秀な魔法使いの姿を隣の我儘姫の姿に重ねる事が出来なかった。

 だが、今の話を聞くとほんの少しだけ影が繋がったような気がした。


「カモメさまはどうだったの?」

「へ? なんの話だ?」

「レベルの話に決まってるでしょ。上がったの?」

「あ、ああ。レベルね……」


 メアエルについて認識のアップデートを行っていた一鷗は不意に話を振られた困惑した。

 呆れた様子のメアエルにもう一度質問され、自身のステータスウィンドウを開く。


──────


名前:十川一鷗

種族:人間

レベル:26


体力:124/200

魔力:10/70

筋力:136

耐久:229

敏捷:111

器用:163

知力:74


スキル

 【基礎剣術】【基礎格闘術】【打撃耐性】【ロケットスタート】【燎源之炎イグニス】【魔穿鉄剣】【料理】


──────


 ドランの目から空中に投影された自身のステータスを眺め、一鷗は大きくため息を吐いた。


「レベルはひとつ上がってるみたいだけど、新しいスキルはないみたいだな」

「でもほんと凄いステータスね。もうほとんどが100を超えてるじゃない」

「魔法関連の伸びが悪いみたいだけどな」

「そこはこれ以上伸びなくていいわ。私があんたに勝てる場所がなくなっちゃうじゃない」


 勝ち負けにこだわりがあるメアエルはステータスにおいても例外はないようだ。

 彼女の目は負けているところにはいかない仕様のようで、勝っている場所だけを見て大きく勝ち誇った。

 仲間の成長を素直に喜べない相棒を残念に思いつつ、一鷗はドランの頭から手を離した。

 ステータスウィンドウが空中から消え、メアエルの小さな胸が張り合う先を見失う。


「ステータスのチェックも終えたことだし、次の階層へ行こうぜ」

「そうね。でもその前にお楽しみがまだもうひとつだけ残っているわよ」

「お楽しみ?」


 一鷗が小さく首を傾げると、対称的にメアエルはワクワクと目を輝かせ、ボス部屋の出口に当たる扉へ駆け出した。

 扉の先には下層へ下る階段があるだけで楽しみになるものはなにもないはずだが、と一鷗はさらに首を深く傾げた。

 疑問が解消しないままメアエルについていくと、彼女はひとりで大きな扉を手前に引っ張った。

 巨人用の巨大な扉に人が通れるだけの隙間が開き、メアエルはそこへ身を滑り込ませる。

 続いて一鷗が中へ入ると、そこは一鷗の想像とは大分違った場所となっていた。


「ここは……」


 その部屋はボス部屋と比べると大分小さな部屋であるが、これまで見た事無いほど豪華な造りをしていた。

 地面には高価そうな赤い絨毯が敷かれ、天井にはささやかなシャンデリア。

 部屋の中央には金色の宝箱がどっしりと構えており、その先にはなにやら魔法陣のようなものが地面に浮かんでいた。

 一鷗が部屋を見て固まっていると、宝箱の前で振り返ったメアエルが説明をくれる。


「ここは報酬部屋よ。十層ごとに設置されていて、ボスを倒すと開く仕組みになっているの」

「つまりボスはこの部屋の宝を守っていたってことか?」

「多分そういう設定ね」

「設定って……」

「このダンジョンは魔道具なんだから仕方ないでしょ。本物のダンジョンだとどうか分からないけど、このダンジョンだと一定の試練を越えたモノには報酬が出る仕組みになっているってことよ」

「随分な親切設計だな。ありがたいけど」


 ダンジョンで得られるものがラッキーボックスとトレジャーボックスという運に頼り切った二つの宝箱ではあまりやる気が出なかったのは事実だ。

 ボスを倒したら必ず得られるという実力で手に入る宝箱があるとなると、これから先のモチベーションも保たれるというものだ。


「しかし、扉の先には地下へ下る階段があるものとばかり思っていたんだが、そういうのはないんだな」

『ダンジョンは基本的に十階層で一区切りとなる。故に直接下層へ続く道は用意されていない。これより先の階層へ行くにはあの魔法陣を使うのだ』

「あの魔法陣を使えば十一階層へ行けるのか?」

『十一階層だけじゃない。あれを使えば地上へ行くことも出来るし、一度開通させれば地上から十一階層へ飛ぶことも可能だ』

「つまりセーブポイントってことか!」


 ドランの説明を受け、一鷗はポンと手を叩いた。

 一鷗の中で着々とダンジョンのイメージのゲーム化が進んでいるが、今回ばかりはそうとしか言いようがなかった。


「もう! いつまで話してるのよ! いい加減宝箱を開けたいんだけど!」


 一鷗がドランから色々と説明を受けていると、宝箱の前に座って待っていたメアエルが焦れた様子で叫んだ。

 一鷗としてはまだ少しドランに聞きたいことがあったのだが、大事なことは聞けたので話はここらで切り上げる事にした。


「すまん、待たせたな。もう開けていいぞ」

「やたっ!」


 よしと言われた犬のように宝箱に飛びつくメアエル。

 彼女が一切の躊躇いもなく宝箱の蓋を待ちあげると、中から光が飛び出した。

 眩いまでの光に一鷗とメアエルが目を瞑る。

 しばらくすると光が小さくなり、完全に消えたところで二人は目を開いた。

 宝箱の中身を確かめる。


「これは……黒い布と本?」


 宝箱の中身を見た一鷗が小さく首を傾げた。

 メアエルも同様の表情をしていたが、彼女はおもむろに宝箱の中に手を入れると、黒い布を引っ張り出した。


「これローブよ」

「ローブっていうと魔法使いとかがよく着てるアレか」


 一鷗が黒い布と判断したそれは黒色のローブだったようである。

 メアエルがドランに見せると、モンスターの素材から作られていることが判明した。


『ローブの素材となっているヨイヤミカラスの羽は魔力によく馴染み、そして空気中から魔力を取り込むことも可能だ。同様にこのローブには装備者の魔力を回復させる効果の他、消費魔力の軽減と魔法攻撃に対する耐性が備わっている』

「なによそれ。完璧に私向けの装備じゃない!」

「だな、このローブはメアエルが装備するべきだ」


 ドランの説明を聞いた一鷗はローブの所有権をメアエルにすることに同意した。

 メアエルは嬉しそうにローブを胸に抱くと、早速袖に腕を徹した。

 ローブを羽織ると、わざとらしくくるんと一回転。


「どう?」

「おお、意外に似合ってるな。なんか魔法使いみたいだ」

「みたいってなによ! 私は正真正銘の魔法使いよ!」


 ついつい口を滑らせてしまった一鷗はメアエルに怒声を浴びせられた。

 とはいえ、似合っていると思ったのは本心で、それを本人に伝えるとそれ以上のカミナリは落ちなかった。

 怒っているのか照れてるのか分からないメアエルを横目に一鷗はもうひとつの報酬に目を向ける。


「この本はなんだ?」

『それは指南書だな』

「指南書?」

『うむ。武術系のスキルは熟練度によってごくまれに派生スキルを生むことがあるが、大抵の場合はすでに派生スキルを覚醒させたものに師事し自らのスキルを覚醒させるために修練に励むのだ。この指南書は派生スキルを覚醒させたものが後世にその技を繋ぎ続けるために生み出したもの。適性のあるものがそれを読み、適切な修練を積めばスキルを覚醒させることが出来るのだ』

「てことは俺もこれを読めばその派生スキルってのが手に入るのか?」

『適性があり、適切な修練を積めば可能だ。幸いそれは『初級剣術指南書』。カモメ殿であれば十分習得可能な剣術である』


 【剣術基礎】なんてスキルを持っていながらただがむしゃらに剣を振り回してばかりだった一鷗はこのスキルが本当にメアエルの持つ【火魔法】や【土魔法】と対をなす存在なのかと疑問に思っていた。

 だが、派生スキルという存在が明らかになったことでぱあっと目の前に道が開けたような気分になった。

 目下の道は二、三本しか見つからないが、先へ進むごとに枝分かれしていき、いずれは自分にもっとも適した道が見つかるかもしれない。

 そう思うと、一鷗の中の童心が熱く燃えた。


「おっしゃあ! それじゃあまずはこの『初級剣術』からだ! くぅ……早く技を覚えてえ!!」


 一鷗はそういうと、早速指南書の表紙に指をかけた。

 すると、一鷗の手の上にメアエルの手が覆いかぶさる。


「待って。カモメさま、それを開いてどうするつもりかしら?」

「どうって修行だろ?」

「どこで? どこで修行をするつもり?」

「そりゃあ内容によるけど、素振りとかなら家の庭で──」

「バカあああ!!」


 一鷗がメアエルの質問に素直に答えると、メアエルから勢いよく罵声を浴びせられた。

 耳元で叫ばれた一鷗が放心状態になる。

 そんな状態の一鷗の胸倉にメアエルが強引に掴みかかった。


「修行よりもなによりも、私たちにはやらなきゃいけないことがあるでしょ!」

「やらなきゃいけないこと……?」

「ダンジョン攻略よ! 十階層の攻略が終わったなら、次は十一階層の攻略でしょ!」


 ともすれば鼻と鼻がくっつきそうな距離で詰め寄られた一鷗はドギマギしつつ、ひとまずメアエルを引っぺがす。


「そ、そりゃあそうだろうけどさ。さすがに今日はもう十分だろう。十一階層はまた次の探索のときに来ればいいじゃないか。新スキルを覚えた事で作戦も考えなくちゃだめだろうし」

「次の探索って明後日じゃない! そんなにたくさん待てないわよ! それに作戦を考えるなら新スキルの効果とか十一階層に出るモンスターとかを見ておいたほうがいいんじゃないの?」

「うぐ……それは……」


 痛いところをつかれた一鷗は頭の中であれこれと言い訳を考えてみる。

 だが、あまり良い案は浮かんでこず、これ以上下手な言い訳を並べようものならメアエルに火炙りにされそうな予感がした。

 一鷗は大きく息を吐くと、がっくりと肩を落とした。


「分かったよ。十一階層に行けばいいんだろ」

「ええ! それでいいわ!」

「はあ……まあ、思えば昨日そんな約束をしたんだったな」


 メアエルはすっかり忘れているようだが、時間が余れば十一階層の探索をすると言ったのは一鷗のほうだ。

 そのときはボスを倒しても階層の移動によって時間がかかるため十一階層の探索は後日にしようと提案する腹積もりだったのだが、報酬部屋の魔法陣のおかげでその言い訳は使えなくなってしまったのだ。


「それじゃあ十一階層へレッツゴー!」

「お~……」


 意気揚々と魔法陣へ向かうメアエルの後ろにあまり気乗りしない様子の一鷗が続いた。

 対称的な二人は並んで魔法陣の前に立つと、同時に魔法陣の上に飛び乗った。

 一鷗とメアエルが上に立つと、魔法陣が青白い光を放ち始める。

 その光は徐々に強くなっていき、足元から順に同色の色で染め上げていく。

 培養ポッドの中に詰められて下から培養液がせり上がって来るイメージを思い浮かべた一鷗は、少しだけ気分が高揚した。

 一鷗の高揚と光の上昇が比例して、光が一鷗とメアエルの首元までを青白く染め上げたとき。

 一層眩い光が魔法陣から発せられ、一鷗とメアエルの視界を真白く塗りつぶした。

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異世界転移事件の傍観者~隣のクラスが異世界転移したようなので、俺は現実世界でレベルアップする~ ハルマサ @harumasa123

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