第31話 山漁り
迫るヌスラットにトドメを刺し、返す刃でまた一体を斬り伏せる。
黒い靄で視界が潰れ、足元は魔石が散らばり不安定。
それでもヌスラットの勢いは留まるところを知らず、次々に襲い掛かって来る。
【ロケットスタート】で比較的ヌスラットの少ない場所へ移動した一鷗はちらりとメアエルに目を向けた。
「ハアッ!」
彼女が気迫とともに炎の矢をヌスラットへ向けて放つ。続けざまに【フレアカノン】を二連発。
爆炎がヌスラットを焼き尽くし、ついでにコロニーまでも焼く勢いがある。
とはいえ、今コロニーが焼け落ちると一鷗もメアエルも死んでしまうため、そこはセーブしているらしい。
それでも彼女の魔法は凄まじく、あっという間にヌスラットを半数以上消し炭に変えた。
「やっぱり広域殲滅能力じゃあ敵わないな……」
メアエルの魔法は対多数の場合に実に効果的である。
対して一鷗は一対一での戦いにおいてその真価を発揮する。
お互いにお互いの弱点を補ういいパーティだと思う反面、彼女の殲滅能力の高さには嫉妬してしまう。
もっとも、妬んだところでそれが手に入るわけでは無い。
一鷗は一鷗らしく目の前の敵に集中した。
「このまま何事もなければあと十分ほどで片付くか」
襲い掛かるヌスラットを斬り払い、周囲を見回した一鷗が呟く──そのときだった。
ドオオン!と一鷗たちが入ってきた入り口とは反対の位置にある入り口から轟音が鳴り響いた。
「な、なんだ!?」
一鷗が驚いて音のしたほうに目を向けると、そこには大きな土煙が立っていた。
不意に土煙の中から大きな手が伸びてくる。
大きな腕は勢いよく左右に動くと、瞬く間に煙を散らした。
大きな腕の主が姿を現す。
それはヌスラットよりも二回りも大きな鼠のモンスター。
頭部には赤い頭巾をつけており、手には大きな鋏形の武器が握られている。
ドランの説明を聞かずとも、そいつがヌスラットの上位種であることは理解できた。
一鷗が剣を強く握り、上位種──赤頭巾の相手をするために飛び出した。
「カモメさま、こいつは私が相手をするわ!」
一鷗が赤頭巾の前に立つと、一拍遅れてメアエルもやってきた。
彼女は赤頭巾を睨みつけてそういうと、今にも魔法を撃ちこもうとする。
しかし、彼女の攻撃よりも早く赤頭巾が大鋏を薙ぎ払う。
「やば──」
魔法の詠唱に気を取られ、赤頭巾の攻撃を避けきれないメアエル。
彼女がギュッと目を瞑ると、一鷗が首根っこを掴んで後ろに跳んだ。
メアエルから蛙が潰されたような声が鳴る。
彼女は安全地帯に移動すると、その場で尻もちをついた。
「助けるなら、けほ、もう少し優しくして……! けほけほ」
「あ、すまん」
咳き込んで涙目で訴えるメアエルに一鷗は軽い謝罪を返す。
尻もちをついたメアエルに手を貸して助け起こすと、真剣な顔で彼女を見た。
「メアエル。あいつの相手は俺がする」
「嫌よ! あれは私が──」
「冷静になれメアエル。あの赤頭巾に対しては俺のほうが効果的だ。逆にヌスラットの群れにはお前の魔法がよく刺さる。適材適所ってやつだ」
「でも」
「──それに、お前には倒さなきゃならない仇がいるだろ?」
一鷗がそういうと、メアエルはハッとした表情でヌスラットの群れを見た。
その後、赤頭巾と群れの間で視線を行き来させると、天井を見上げ大きく息を吐いた。
「……そうね。赤頭巾はカモメさまに任せるわ。だから絶対に倒してね」
「おうよ。メアエルもきっちり復讐しろよ」
「ええ!」
一鷗とメアエルは顔を見合わせて笑みを浮かべる。拳を突き合わせ、互いに背中合わせになった。
一鷗の正面には赤頭巾、メアエルの正面にはヌスラットの群れ。
次の瞬間、二人は同時に敵へ向かって駆け出した。
「【ロケットスタート】ッ!」
一鷗がスキルを使って赤頭巾の懐に入り込む。
腰を低くし、勢いよく抜剣。居合の要領で横に薙ぎ払う。
しかし、一鷗の剣は空を斬った。
眼前から赤頭巾が消失したのである。
「──ぶねッ」
一鷗の剣が空振りに終わった直後、背後から凄まじい殺意が感じられた。
直感の赴くままに前に飛び込んで回避すると、頭上を大鋏が通過した。
くるんと前転をして立ち上がり、振り返る。
すると、そこには消えたはずの赤頭巾の姿があった。
一鷗の頬に冷汗が流れる。
「そりゃそうか。あの鼠どもの大将だもんな」
大きな体躯の赤頭巾を見ててっきりパワータイプだと思い込んでいたが、ヤツがヌスラットの上位種だというのなら足が速いのは当然だ。
一鷗は改めて気合を入れ直すと、鉄剣を正眼に構えて立った。
「チュチュ……?」
「来いよ、赤頭巾。一撃で仕留めてやる」
「ヂュウ」
一鷗が不敵な笑みを浮かべて煽ると、赤頭巾は額に青筋を浮かべ唸った。
直後、一鷗の眼前から赤頭巾の姿が消える。
周囲から地を蹴る音と、風を切る音が連続で響く。
赤頭巾を目で追うことはもはや一鷗には不可能だった。
故に一鷗は静かに目を瞑ると、赤頭巾の気配にのみ集中した。
「──【
刹那──一鷗がスキルを発動させ、背後へ剣を振り下ろした。
赤々と燃ゆる炎を纏った鉄剣が風を斬り、空を斬り、そして──赤頭巾の胴を捉えた。
ズシリと重い感触が剣を伝って手に馴染み、それを感じた一鷗はさらに力を込めて剣を地面に叩きつけた。
一鷗の足元に小さなクレーターが生まれ、その中心には血を吐いて倒れる赤頭巾の姿があった。
真っ二つになった胴の傷口から赤い炎が全身に回り、赤頭巾が黒い靄へと転化する。
クレーターの中心に紫色の魔石が落ちた。
「なんとか倒したか。メアエルは──」
「──見つけたああ!!」
一鷗が赤頭巾の魔石を拾って振り返ると、メアエルの大きな声が耳朶を貫いた。
メアエルの視線の先を追うと、糸切鋏を持った黄色い頭巾の鼠がいた。
件のヌスラットはメアエルに気づくと、背を翻して逃げ出した。
「逃がさないッ」
メアエルは殺意を込めた瞳でヌスラットを睨みつけると、火の矢を生成して打ち出した。
迫りくる火の矢に対してヌスラットは左右に動いて攻撃を躱す。
一拍遅れて放った火の矢でさえヌスラットの頭巾を掠めたのみでそのまま奥へ通り抜けていった。
火の矢が不発に終わり、入り口に近づいたヌスラットがメアエルを振り返ってにやりと笑う。
だが、それに対してメアエルはしたり顔を見せつけた。
「チュ──?」
ヌスラットが訝しんで首を傾げたそのとき──ヌスラットが近づいた出入り口で大きな爆発が起こった。
爆発に巻き込まれたヌスラットは間一髪致命傷は免れたが、足に重大な傷を負った。
爆風にもまれて地面を転げまわるヌスラット。
不意に回転が止まると、頭上にはメアエルがいた。
「なんでって顔してるわね。簡単な話よ。あんたたちが罠として利用していたものをこっちも利用させてもらっただけ」
メアエルは爆発の起こった出入り口に目を向けると、そこにはドポンブクロが焦げ付いた痕が残っていた。
メアエルの火の矢はヌスラットを狙ったものではなく、ドポンブクロを狙ったものだった。
ドポンブクロの茎の中にはガスが入っており、これに火の矢をぶつけることで大きな爆発が起こったのである。
ヌスラットが入り口に入ったタイミングで引火させるのがメアエルの理想ではあったが、タイミングが少し早かった。
「まあ、おかげであんたに直接トドメをさせるから結果オーライってことね」
「チュチュ…………」
「それじゃあ──【ファイアボール】!!」
命乞いをするように情けない鳴き声をするヌスラット。
しかし、復讐の鬼となったメアエルはモンスターに同情することはなく、非情な火の玉を打ち込んだ。
ヌスラットが赤々とした火に吞み込まれ、黒い靄となって空気に溶けた。
「終わったな」
「ええ、とってもスッキリしたわ!」
最後の一体となった宿敵のヌスラットにトドメを刺すと、背後から一鷗が声をかけてきた。
メアエルは後ろに手を組んで振り返ると、満面の笑みを披露した。
▼
赤頭巾を倒し、ヌスラットも殲滅し終えたコロニーにはかつてない静けさが宿っていた。
ただし、大きな窪みがあるコロニーの中心からはアイテムの山を漁る音が鳴り響く。
「あった!」
アイテムの山の中から『護』という字が刺繍されたお守りを探し当てたメアエルが声を上げる。
彼女はお守りの中から水色の鈴を取り出すと、心底大事そうに胸に抱えた。
昨日からずっと寄っていた眉間のしわがようやくもとに戻り、穏やかな表情に変わる。
「お、鈴見つかったのか?」
「ええ! これでようやくモナカに鈴をつけてあげることが出来るわ!」
「そりゃ、よかったな。もう二度と失くさないように大事に仕舞っとけよ」
「言われなくても分かってるわよ!」
一鷗に対しベッとした出したメアエルはお守りを首にかけると、鈴はドランのアイテムボックスへと預けた。
ドランのアイテムボックスはドランが破壊されない限り誰にも干渉されることはないため、貴重品の保管場所としては最適な場所と言えた。
「ところでそっちは掘り出し物を見つけられたのかしら?」
「さすがに魔道具はなかったけど、使えそうな防具とか、高価そうな装飾品はいくつか見つけたかな」
「へえ、興味あるわね。カモメさま的にはどれが一番の掘り出し物なの?」
「そうだな……」
メアエルに尋ねられた一鷗は逡巡する素振りを見せると、アイテムの山から取り分けた小山の中からひとつのアイテムを手に取った。
トカゲかなにかの革で作られた黒い胸当てである。
「モンスターの革から作られた防具だろうな。軽い上にすごく硬い。近接戦をする俺にぴったりな装備だと思ったんだ」
「へえ、確かに硬いわね。なんのモンスターの革かしら。ドランさま分かる?」
『ふむ。これは『スチル・リザード』と呼ばれるモンスターの革が主に使われているな。スチル・リザードの革は鉄のように硬く、それでいてとても軽い。さらに加工もしやすいという防具を作るのに非常に適した素材である。そのためこの革は姫様の国の騎士団の装備にも使われているのだ』
「へえ、それってとても凄い事じゃない!」
ドランの説明を聞いたメアエルが自国の騎士団の装備を思い出して、目を丸くする。
一鷗はメアエルの国の騎士団の凄さについては一切知らないが、彼女の反応を見るに相当凄い事なのだろう。
魔道具を手に入れられなかったのは残念だが、なかなかの掘り出し物があったのでコロニーを襲撃した労力に対する見返りはあったと考えるべきだろう。
一鷗とメアエルはその後も少しだけアイテムの山を掘り起こしてみたが、胸当て以上のアタリを掘り当てることは出来なかった。
「さてと、それじゃあそろそろ帰るとするか」
「なに言ってるのよ? まだ時間は残ってるでしょ?」
「え? まだ探索するのか?」
「当り前でしょ!」
ヌスラットのコロニーを壊滅させ、モナカの鈴も取り返した一鷗はすでに一仕事終えた気になっていた。
まだ探索を続けようというメアエルに一鷗が辟易とした様子を見せると、彼女から鋭い視線が返ってきた。
「これはあくまで寄り道でしょ。私たちの本来の目的は十層へ下りる階段を見つけることなのよ。それが達成できてないのに帰ることなんて出来ないわ!」
「いやあ、今日はもう十分頑張ったってことで、階段を探すのはまた明日に……」
「ダメよ! 明日は朝一番でボスを倒してそのまま十一層の探索を始めるんだから!」
頑としてそれだけは譲れないという態度を示すメアエル。
一鷗は帰りたいという意思を念で送りつける試みをしてみたが、メアエルには通じないようだった。
腕を回しても輪っかを作れないほどの大木を体当たりで押し倒そうとしている気分になった一鷗は大きくため息を吐くと、自分の枝をポキリと折った。
「分かったよ。でも、たとえ階段を見つけたとしても明日の朝一で十層攻略ってのは反対だからな」
「なんでよ!」
「俺たちのレベルが足りないからだ」
一鷗たちは先程の戦闘でいくらかレベルが上がったが、それでも20前後といったところだろう。
安全を考慮するならば十層のボスに挑むには最低でも25レベルはほしいところだ。
「明日は午前にレベル上げをして、ボスに挑むに足るレベルになったら十層攻略に行く。その後で時間が余っていたら十一層を覗いてみるってことにしよう。もしこの日程を守れないっていうのなら今日の探索はこれでお終いだ」
「~~ッ! 分かったわよ! それでいいから早く階段を見つけましょう。それで今日のうちに可能な限りレベルを上げるわよ!」
「おう」
メアエルは不承不承といった様子で一鷗の条件を呑み込むと、瞳に闘志という名の炎を宿した。
彼女は善は急げと言わんばかりに一鷗の腕を引っ張ると、そそくさとコロニーを後にして階段の探索に移行した。
それから本日の探索時間いっぱいを費やして二人は十層へと続く階段を見つけた。
道中で出会ったモンスターを片っ端から倒した影響もあって二人のレベルはともに22にまで上昇した。
探索時間が残りわずかになると、メアエルは時間の延長を申し出たが、一鷗はこれを棄却。
今度は一鷗が彼女の腕を引っ張って二人は地上へと帰還した。
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