第30話 鈴奪還作戦



『姫様、この魔道具を使えばヌスラットのコロニーを見つけることが出来るかもしれぬ』


 ドランの言葉にメアエルが大きく目を見開いた。

 一拍遅れて彼女の両手がドランのボディを掴まえる。


「ど、ドランさま、どういうこと!?」

『うむ。今から説明を──』

「早く! 早く説明をして! ドランさま!!」

『う、うむむむ……ッ』

「ドランさま!!!!」

「──メアエル落ち着け!」


 我を忘れてドランを揺さぶるメアエルを一鷗が後ろから羽交い絞めにして引き離す。

 両腕を拘束された姫様は荒い呼吸を繰り返していたが、一鷗が声をかけると正気に戻った。

 落ち着いた彼女を解放し、一鷗がドランを見やる。


「ドラン、説明を聞かせてくれるか?」

『う、うむ。──コホン。それでは説明をさせてもらおう』


 メアエルに揺さぶられて目を回していたドランは軽くかぶりを振って正気を取り戻す。

 彼は口からハンドベルの魔道具を取り出すと、咳ばらいをひとつして説明を開始した。


『我の解析の結果この魔道具は『不迷まよわずの鈴』であると判明した。ふたつ合わせてひとつの効果を発揮する類の魔道具である』

「それで、肝心の効果は!?」

「落ち着けメアエル。焦らなくてもドランが教えてくれる」

『うむ。この魔道具は主にペットなどに装備させるものだ。その効果は迷子になったペットを見つけるというもの』

「どういうことだ?」


 一鷗が首を傾げると、ドランが詳しく説明をする。


『このハンドベルを鳴らすと、鈴を装備した動物の足跡が浮き出るようになっているのだ。直近三日の足跡が浮き出るようになっており、古いものは薄く、新しいものは濃く浮き出る。よほどの愚か者でない限りすぐにペットを見つけられることだろう』

「つまり、今ベルを鳴らしたらメアエルから鈴を奪った鼠の足跡が浮き出てきて、それを辿れば鈴を取り戻すことが出来るってことか?」

『うむ。恐らく』


 一鷗の問いにドランが重く頷く。

 彼はメアエルのそばによると、彼女の手の上にハンドベルを落とした。

 ずしりと重いハンドベルを受け取ったメアエルは呆然とし、直後ぶるっと震えた。

 彼女の頬が上気する。


「これで鈴を取り戻せる……! ドランさま、ありがとうッ!」

『我の役目は姫様のサポートだ。感謝される必要はない。それよりも早くベルを鳴らされるがよかろう』

「ええ!」


 ドランに促され、メアエルがハンドベルの取っ手を持つ。

 大きく深呼吸をして、息を止める。

 右手に持ったハンドベルを小刻みに揺らす。

 リリィ──ンと澄み渡る空を駆け抜けるような気持ちの良い音が響いた。


「今のは……」


 一鷗は音が鳴ると同時に魔力の波のようなものが広がったのを感じた。

 一鷗が怪訝そうな目をしていると、メアエルが一鷗の肩を揺する。

 彼女は無言のままある一点を見つめていた。

 一鷗が同じところを見ると、そこにはセレストブルーの足跡が淡く光っていた。

 光る足跡はそこから奥へと続いており、奥へ行くほど色が濃くなっていく。


「あれがあの忌まわしき鼠の足跡なのね。これを辿ってきっちり復讐をさせてもらうわよ……!」

「ほ、ほどほどにな……」


 鈴を盗んだ鼠どころかその鼠が属するコロニーごと潰してしまいそうな気迫を放つメアエルに気圧され、一鷗が眉を顰めた。

 メアエルがふふふと不敵な笑みをこぼす。


 それから一行は即座に移動の準備を開始し、準備が終わると、セレストブルーに光る足跡の追跡を始めた。

 鈴奪還作戦の幕開けである。



 足跡の追跡を開始してから三時間が経過した。

 どうやら九のつく階層は他の階層よりも大きく作られているようで、その影響だと思われた。

 とはいえ追跡が長引く要因は他にもあり、まるで追跡の手を阻むかのように次々にモンスターが現れたのだ。

 九層の敵というだけあってなかなかに手強い相手だったが、修羅と化したメアエルの相手ではない。

 彼女はコロニーを焼き潰す分の魔力だけを残して、残りの魔力を全開放で敵を焼き払っていった。

 そんな具合で進んだ道中。

 追跡の鍵となった光る足跡はいよいよ紫に近い青となり、コロニーがすぐ近くにあることを表していた。


「あった……!」


 スポッツリザードを焼き殺したメアエルは落ちた魔石に目もくれず曲がり角の先を覗き込む。

 曲がり角を少し進むと、その先に開けた空間が見えた。

 光る足跡は開けた空間に向かっており、入り口に見える足跡は最も濃く浮き出ていた。

 曲がり角の先を覗き見たメアエルはその先にコロニーがあると確信した。

 確信するや、角から飛び出しコロニーに突撃しようとする。

 しかし、一鷗が彼女の腕を掴んでそれを止めた。


「待て。作戦は覚えているか?」

「覚えているわよ。鈴を手に入れたらすぐに離脱、でしょ?」

「ああ、戦闘は最小限に抑えるんだ。もっとも理想は一度も戦わないことだが……」

「それは無理。私はモナカのためにもあの盗鼠ぬすっとにけじめをつけないといけないのよ」


 メアエルが復讐心を露に拳を握る。

 彼女の固い決意を悟った一鷗はそれ以上なにもいうことが出来ずに口を噤んだ。

 静寂が場を包む。

 ふたりは互いに頷くと、おもむろに曲がり角から身を出した。

 警戒しながら短い通路を進む。


「これは……」


 通路を進みきり開けた空間を覗き込むと、そこにはこれまで見てきたダンジョンとは少し様相の異なる光景が広がっていた。

 空間を取り囲む壁には大小様々な穴がまばらに並んでいる。穴はヌスラットの寝床になっているようで、黄色い頭巾を被った鼠が出入りしている。

 空間の中央には大きな窪みが見られる。窪みの中には宝石からガラクタまで雑多に詰められており、ヌスラットたちが集めたものだということが分かる。魔道具の浮き出す足跡も窪みの手前でストップしている。

 まさにコロニー。この空間の支配権はダンジョンではなくヌスラットが握っていた。


 一鷗が感嘆の声を漏らしてヌスラットのコロニーに入ろうとする。

 すると、ドランが待ったと声をかけた。


『一鷗殿。足下に気をつけられよ。それを踏むと少しマズイことになる』

「なんだこれ……? 植物、か?」


 ドランに注意された一鷗は自身の足下に視線を落とした。

 するとそこには植物の根のような白い糸が伸びており、それの元を辿ると入口の陰になる部分になにやら植物のような物体があった。

 その植物は茎の部分が大きく膨らんでおり、少しでも刺激を加えたら破裂しそうな見た目をしていた。


『この植物は『ドポンブクロ』と呼ばれるもので、根に衝撃を感じると茎を破裂させて種子を散布させる生態をしている。その際に茎内部に圧縮されたガスが飛び出すわけだが、これが酷い悪臭を放つのだ』

「なるほど。要はヌスラットはそれを敵襲の合図として利用しているわけだ……。モンスターのくせに余計なところで賢しいな」

「でも所詮は獣の浅知恵よ。こんなもの踏まなければどうということはないもの」

「だな。それじゃあ作戦開始と行くか」

「ええ!」


 ドランの忠告を受け止めた二人はドボンブクロの根に注意を払って入り口の前まで移動すると、いよいよヌスラットのコロニーへの突撃を開始した。

 まず初めに一鷗が素早く移動して、中央の窪みの中に転がり込む。窪みの中には案の定お宝とガラクタで構成された山が積まれており、これが壁となることでヌスラットたちの視線を切ることに成功する。

 ヌスラットに気づかれることなく窪みへ侵入した一鷗は窪みから少し顔を覗かせてメアエルとドランに合図をする。

 合図を受け取ったメアエルとドランが同様に素早く窪みに入る。


『あ』


 窪みに入る直前、メアエルの頭上を飛行していたドランが不意に声を上げて静止した。

 その視線は一鷗の頭上を通過した先。アイテムの山の頂上に向いていた。

 何事かと一鷗が同じほうを見やる。

 すると、黄色い頭巾を被った鼠と目があった。


「あ」


 一鷗もまたドランと同じ反応をする。

 鼠も同様の反応を示し、一同はしばらくのあいだ無言で見つめ合った。


「チュチュチュ!!」

「作戦中止! 逃げるぞ、メアエル!」

「え? えええ!?」


 静寂を破ったのはヌスラットの甲高い雄たけびだった。その雄たけびはコロニー全体へ伝播して、穴に潜んでいたヌスラットたちが次々に姿を現してくる。

 一鷗はヌスラットが叫んだ段階でメアエルを出来抱えると、窪みから抜け出してスキルを使っての脱出を試みた。

 しかし──


「ちッ! 対応早すぎるだろ……」


 一番近い出口へ目を向けると、そこには十体のヌスラットが包囲網を引いていた。

 これではいくらスキルをうまく使おうともあの網に絡めとられてしまうだろう。

 一鷗は観念してメアエルを地面に下ろすと、腰の鞘から鉄剣を抜き放った。


「メアエル。覚悟しろよ。こっからは命がけだ」

「ちょうどいいわ。私は最初からやつらを皆殺しにつもりだったのよ」


 一鷗が冷汗を垂らしてメアエルを見やると、彼女は嬉々として不敵な笑みを浮かべていた。

 数十体のモンスターに囲まれている状況で笑えるとは我が相棒ながら頼もしい。

 一鷗は内心でそんなことを思うと、冷汗が止まっていることに気が付いた。

 一鷗もまた不敵な笑みを浮かべる。

 剣先をゆっくりと入り口を塞ぐヌスラットたちに向けると、一鷗は大きく叫んだ。


「かかってこいやあ!」


 次の瞬間、入り口のヌスラットたちはもちろんのこと四方八方に控えていたヌスラットたちが一鷗たちを目掛けて襲い掛かってきた。

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