第9話
酒場は昼間だというのに繁盛しているらしく、猛々しい冒険家たちの野太い叫び声が店内に響いていた。
ジッパは酒が入った木樽を天にかざすお気楽な冒険家たちを気にかけながら奥のカウンターに着く。
「はいよ、いらっしゃい」
カウンターを挟み、褐色肌の胸元を存分にさらけ出した魅惑的な女がジッパの前に立つ。
「……あ、あの、冒険家試験っていうの……受けたいんですが」
正直目のやり場に困る。ジッパは相手の胸元と店内を交互に行き来するように視線を巡らせながら何とか口にした。
「ふふ、アンタいきなりそれは無いだろう、席に着いたらまず何か注文するのが酒場の鉄則だよ。まさか初めてなの? ああ、因みにあたしの胸は注文できないからね」
「ああっ、すいません、あっ、いえ、そういうつもりじゃ!」
耳の端を真っ赤に染めながらジッパは言い返した。
「ふふ、可愛いね、冒険家志望なの? 初々しいじゃない、ミルクでいいかい?」
「じゃあそれで……」
ジッパは懐から銅貨を一枚カウンターに乗せると、女は慣れた動作で木樽を青年の前に届けた。
「じゃあ初々しい冒険家志望者の君に酒場のシステムから説明しようかしらね。酒場ってのは冒険家協会と王国が共同出資して立ち上げたもので、冒険家はもちろん一般市民や王族まで誰でも利用することができるのよ。ダンジョンに入ることのできない市民が唯一冒険家に依頼をすることのできる公共の場ね」
ジッパは改めて店内を見渡してみる。冒険家らしい風貌のものもいれば、そうでない者も垣間見える。本当にこんなに騒がしい場所に王族なんて来たりするのだろうか。
「ここでは主に個人から団体までの幅広い依頼を請け負ったり、【王国のダンジョン】の申請をしたり、パーティーの募集や冒険家同士の情報交換なんかが日々行われているわね。もちろん美味い酒を飲みに来ても構わないし、安価な宿屋もあるわ」
「……冒険家協会っていうのはなんですか?」
ジッパは疑問に思った事をそのまま口に出して質問した。
「アンタ冒険家志望なんだよね……そんなことも知らないでよくここまで来たね、まあいいわ、教えてあげる。一概に冒険家といっても、実は誰にでも名乗ることができる職業なのよ。アンタみたいな冒険家志望者でも、一般市民から見たら冒険家に他ならないわ」
ジッパは少し前の自分を思い出していた。確か“地図無し”というやつだ。
「だからプロとアマチュアを明確に区別するために冒険家協会が執り行う試験に合格した者を初めてプロの冒険家と認め、その証として《冒険家の証》と《蜃気楼の地図(ミラージュマップ)》が渡されるのよ。それが冒険家としての身分証明でもあり、己の力量を表すものにもなる絶対に手放せない必需品。無くしたらまずプロの冒険家は名乗れないわね。冒険家協会っていうのは、そんなプロの冒険家を管理、運営している組織」
蜃気楼の地図――自分の師匠がそれを持っていたことを思い出す。確か“魔粒子”が込められていて、世界の全てを印字する地図であると言っていた。初めはまっさらで古ぼけた羊皮紙でしか無いが、自分が歩いた地が世界に蔓延る“魔粒子”に反応し、次々と記録されていくのだと云う。一度行ったダンジョンや町の名前なんかも自動で印字され、地図自体を焼いたり、破いたりすることは出来るが、直ぐに復元されてしまうという不思議な地図だ。
「冒険家の力量っていうのは?」
「冒険家には六つのランクがあってそれぞれ、『地図無しの冒険家(アマチュア)』、『未踏地図の冒険家(ビギラス)』、『短剣差しの冒険家(ダガナイ)』、『蒼草噛みの冒険家(ブルハブ)』、『流浪の冒険家(ロワンド)』、『風来の冒険家(フーライ)』に分かれていて、協会が決めた方針によって何れかの冒険家に区分されるのよ。今のアンタは《冒険家の証》も《蜃気楼の地図》も所持してないただの自称冒険家に過ぎないから、ランクとしては地図無しの冒険家――すなわち“地図無し”なんて呼ばれているのよ」
差別用語とまではいかないが、馬鹿にされた気分だ。
「冒険家のランクが上がると何が変わるんですか?」
「ローグライグリムに存在するダンジョンには協会が定めた十段階の難易度があって、冒険家のランクが上がる毎に潜ることを許されているってわけ。『未踏地図の冒険家』なら、難易度レベル1~3までのダンジョンに潜ることを許可する、とかね。さらに、『流浪の冒険家』にまで上り詰めると、【アウターヘル】の大地を踏むことを許されるの。まあ難易度によるダンジョンの申請許可は【王国のダンジョン】に限った話だけどね」
「あ、あの……王国……のダンジョン……って?」
流石に聞きづらくなったジッパは少し遠慮がちに小さく手を上げた。
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