第8話
「冒険家試験だってさ、そんなものがあったなんて一切聞いてないよ……本当にあの人は僕に一体いくつもの隠し事をしていれば気が済むんだ」
「掘り返せばそれだけ出てきそうだ、止めておいたほうが身のためだ」
先ほどの衛兵とした会話でわかったことがある。《冒険家の証》を持っている者をプロの冒険家、持っていないとアマチュアの冒険家、通称“地図無し”と呼ぶらしい。
《冒険家の証》を取得するためには、年に一回冒険家協会が秘密裏に執り行う冒険家試験に合格しないといけないらしく、開催場所もわからなければ開催時期も不明らしい。詳しくは酒場にでも行ってみたらどうだと言っていた。
ジッパたちはサンドライト王国の酒場を目指し、サンドライト城下町を歩いていた。
「人がいっぱいいるねー」
城下町には他国からやって来た行商人たちがちらほらと確認できる。
現在のサンドライト国王である、ジェード・ルステン・サンドライトは他種族に対する偏見や差別を忌み嫌っており、国民に平等に接するように行動してきたという。その甲斐あってか、完全に種族差別がなくなったというわけでは無いが、サンドライト王国は【イントラへヴン】の中で、唯一人間と『獣人族(ビーストン)』が共に生存する国となったのである。故に、住処を失った『獣人族』が流れ着く場所でもある。
「へー、あれが『獣人族』なんだー」
白虎の毛皮を逞しく生やした三白眼の男が忙しなく木箱を運んでいる。人間よりも強靱な肉体は重い物を取り扱う行商に向いているのかも知れない。その表情にはどことなく商売魂を感じた。最も多種多様と云わる『獣人族』の中でも『虎人(ウェアタイガー)』と呼ばれる種族だ。
ジッパは初めて目にする『獣人族』に驚くが、やがてクリムに帽子を叩かれた。
「馬鹿者、あまり珍しそうに見るものではないぞ」
「そうだよね、ごめん」
作業をしながらその様子を見ていた虎人の男は、逆三角形に等しい威圧的な体躯で振り向くと鋭い牙を見せ、気さくに話しかけてきた。
「なんだ、坊主、『虎人』を見るのは初めてか。そう怖くはないから安心してくれ。……ところで買い物か? 悪いがまだ準備中でな、後でまた来てくれねえか」
虎人の男は自身の頭を撫でながら木箱を所定の位置に置いた。
「何を取り扱ってるんです?」
「武器だな、それも近接武器専門だ。長剣(ロングソード)や濶剣(ブロードソード)はもちろん、比較的安易に扱える短剣(ダガー)や、刺突短剣(スティレット)、最近すこぶる売り上げがいいのは長柄系の武器だな。長槍(ロングスピア)や鉾槍(ハルバード)なんかは今業界的には一番注目されてる。投擲用の投槍(ジャベリン)や投斧(トマホーク)なんかも人気だな」
「へえ……とても良い品ばかりですね」
ジッパは並べられている途中の鉄の塊を一瞥しながら虎人の店主に顔を上げる。
「この長剣なんて匠技だ、とても丁寧に作られてる」
「おお、坊主、わかってるじゃねえか、凄く良い腕の鍛冶士を知ってるんだ。俺が取り扱う武器に壊れるって言葉は無いぜ。よけりゃ錆止め鍍金もサービスしとくぜ」
幅広の木箱の上にずしりと身体を乗せると、虎人の店主は溜息をついて顎を撫でた。
「しかし最近はどの武器も昔ほど売れなくなってきてな、近頃の冒険家さんは剣や斧よりも弓や銃とかいう異国の武器に興味があるらしい。近接武器ってのはそれだけでリスクや危険が伴うからな、わからないでは無いんだが……近接武器を愛してやまない元冒険家としては悲しくもあるってもんだ」
虎人の店主は昔を思い出すような遠い瞳で、紺碧の空を見上げる。
「確かに、ダンジョンでモンスターと戦闘するときは基本的に距離を置いて戦いたいですね。囲まれでもしたら一巻の終わりだし。……店主さんは冒険家だったんですか」
「ああ、大分昔の話だがな。あの頃はよかった。冒険家は皆が皆剣や斧一本で戦い抜いた時代だったからな……今みたいに多種多様になったアイテムの資格も、もっと単純なものだったんだぜ。“魔粒子”の構築式を展開して魔法を使うなんて事も昔じゃ考えられなかったしな」
――魔法。それは世界全土歪んだ空間に蔓延る未知の源である“魔粒子”の構造を理解し、自らの能力で展開できる者が扱うことのできる知の力である。
しかし現代の『魔粒術士(マステリメイジ)』たちも、素手で“魔粒子”を扱えれるわけではなく、“魔粒式”を展開するためには必ず触媒が必須となる。
青年も話しには聞いたことはあったが、実際に目にしたわけでは無い。自分以外の冒険家と接触したことは殆ど無いに等しかった。
虎人の店主は、うんうん頷きながら続ける。
「そんな時代の冒険家たちもある程度の歳を重ねると皆現実を見ちまうのさ。これ以上は無理だってな。……お前さんも知ってるだろうが、このサンドライト王国を少し北に進むとすぐそこにあるのは【イントラへヴン】と【アウターヘル】を分ける最後の境界線、“エンドライン”がある。一握りの冒険家しかそこを渡ることはできねえが、選び抜かれた精鋭でもその地を踏むとき――果てしなく広がる未知の世界の片隅に自分は生きてるって事を思い知らされる。そのときに大抵の冒険家はこう思っちまうんだ――俺の冒険はここまでだ、ってな。
要は満足しちまうわけだな、生粋の冒険バカ以外の冒険家は。そんで今までの知恵や経験を生かして鍛冶士なり商人なりに転職するもんだぜ、俺もその一人だ。だが後悔しているわけじゃねえ、俺は新しく冒険の旅に出ようとしてる雛鳥みてえな冒険家たちの支えになりたいと思ってるんだ。若い頃の俺のように【アウターヘル】に夢と希望を持っている冒険家たちの手となって、ダンジョン攻略に一役買いたいってわけだ。幸いうちはリピーターも多くてな……あのとき購入した武器がこんなところで役に立ったとか、そんな話を聞いているうちに自分も若人たちのパーティーに参加しているような気分になっちまう。そのとき思ったんだ、俺は今の生活を手に入れるために冒険をしてきたんだってな」
虎人の店主の長い思い出話を聞きながら、ジッパは思い返していた。
自分もそんな生粋のバカである冒険家になりたいんだということを。未知の大地と呼ばれる【アウターヘル】に足を踏み入れたい。未だ見ぬ景色や、秘境を見てみたい。数々のダンジョンに潜って、たくさんのレアアイテムを手に入れたいという気持ち。
きっかけは全て師匠の言葉から始まったが、自らが要求しているこの純枠な気持ちは既に冒険家魂といって問題は無いはずだ。
そして冒険家を名乗るためにはそのための証が必要らしい。ならば、それを手に入れる他ないはずだ。……沸々と滾るこの気持ちは素直で正直なものだ。
……しかし、自らの師の一言が頭を過ぎる。
――テメーのことはテメーで何とかしろ。じっーと待ってたって助けは絶対に来ちゃくれねえぞ。言われなくちゃ何もできねーのか、お前自身の考えは? 言われてることだけやってるんなら、それはお人形さんと一緒だぜ。
冒険家である師のその言葉に、自分は上手い具合に操られているような気さえする。直接「お前は冒険家になれ」と言われたわけでは決して無い。だが、遠回しに自分が冒険家になるように仕向けられている気がしてならないのだ。自分に芽生えている純枠なまでのこの探究心は、師の思惑通りの脚本なのかも知れない。
そんな気持ちが、自分の探究心に歯止めをかけている。【アウターヘル】を超えた大冒険をしてみたいと本心では思っているのに、心のどこかでそれを抑制しているのだ。
その心の蟠りを溶かすために、ジッパは冒険の旅に出た。
自由奔放に旅を続ける自らの師を見つけるという途方もない目的を掲げ、それを達成したとき――ジッパは自分の意思で冒険をしたといえるのだ。
「……ところでその言い分からするとお前さんも冒険家みたいだが……丸腰じゃねえか。ジョブは一体なんだ?」
虎人の店主がジッパを不思議そうに見据える。
「あー……じ、実は」
ジッパは自らに起きた事の顛末を説明した。
冒険家だと思っていたら実はそうでは無かったこと。資格の存在を知らなかったこと、独房に入れられて今まで手に入れてきたアイテムを全て没収されてしまったこと。
それを聞いた強面の店主は腹を抱えて笑い出した。屈強な老戦士を感じさせる獰猛な顔つきを緩めて“地図無し”のジッパを馬鹿にするでも無く、ただ愉快に笑った。
「久しぶりに笑わせて貰ったぜ小僧。お前さんが客として来たときは盛大にサービスさせてもらうぜ。試験頑張れよ、酒場に行けば何か情報を得られるかも知れないぜ」
「どうもありがとう、行ってみます」
ジッパは頭を軽く下げると、虎人の店主に手を振った。
「しかし……『アイテム士』たあ珍しいこった。それも資格を一つも持ってねえなんて」
「へへ……少し変わってますかね」
「ああ、『アイテム士』なんて若い頃によくつるんでいたバカ野郎が自慢げにそのジョブを名乗っていたが、何のことかわからなかったな、ようは何でも屋ってことなんだろう」
虎人の店主は昔を懐かしむような顔で逞しい腕を交差させる。
「実はですねー、僕も良くわかってないんです、あははっ」
「わっはっは、もう一発この俺を笑かそうってか? 勘弁しろよ、もう十分だぜ。……お前さんは何だか俺のツレにどことなく似ている気がするよ、変に引き込まれちまうってやつだ。…………サンドライト王国は近年になって獣人族に対する偏見が少なくなってきてはいるが、昔は相当に酷いもんでな……辛い思いをしたもんだが、アイツはそうじゃなかった――さっき坊主が俺のことを見ていたような目で見ていたよ」
虎人の店主は目を細めると紺碧の空を見上げ、青年に視線を落とした。
「そうだ坊主はなま――」
「店主さんのお名前はなんて言うんですか?」
ほぼ同時にしゃべり出した筈だったが、やがてジッパの声が驚いた店主の声をかき消す。
「くっくっく、ここまで似るもんかね、本当にアイツにそっくりだ」
虎人の店主は嬉しそうに膝をぱんぱん叩くと鋭い爪を引っ込めて、白い毛皮でふさふさの腕を伸ばしてきた。
冒険家が道中で人に名を教えたとき――それは友好の証として、相手に自分の事を知って欲しいと、願った最初の一歩である。
名前を知ることになった虎人の店主に別れを告げ、ジッパが人並みを歩き出そうとしたとき――小さな何かにぶつかった。
「わっ、ごめんね、だいじょうぶ?」
「…………へいき」
真っ黒なローブを頭から被った小柄な少女は、子供らしくぺたりと地面に尻餅をつく。
ジッパは少女に手を伸ばすと、彼女は差し出されたものに大きな黒目を向けたあと、自らの足で立ち上がり、直ぐに踵を返し小走りに急いだ。
「……どうしたんだろう、あの子」
「どうかしたのか?」クリムが青年の服の中から首だけ出して言う。
「いや……なんだか思い悩んでいるような顔をしていたから」
人並みに消えていく少女の背を探したが、既に彼女の姿は無かった。
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