天魔鏖殺 反逆の救世主ゴルト

月光ナナ

第1話 ミラお姉さん

 薄暗い夕方の公園。


 錆びついたブランコが揺れる、静かな公園の片隅。


 少年は泥にまみれ、膝を抱え込むようにうずくまっていた。乱れた服、あちこちに残る蹴り跡──見るからに痛々しい姿だ。


 だが彼は唇を噛みしめ、声を上げることすらしない。


「もっと泣けよ、巻島!」

「汚いカエルみたいな顔してんじゃねーよ!」


 彼を取り囲むいじめっ子たちが、棒や石を振り回しながら笑っている。嘲笑と軽蔑が混ざり合い、その声が少年の耳を刺す。


 だが、涙を見せれば、さらに笑いの種になると知っている彼は、ただ耐え続けた。


 ──救いなど、ないはずだった。


「コラ、悪ガキども!」


 不意に響いた低い声。いじめっ子たちが驚いて振り返ると、公園の入り口に一人の女性が立っていた。


 女性はブロンドの長い髪をふわりと揺らし、Tシャツにダメージジーンズというラフな格好をしていた。


 そのTシャツの胸元は少し開き、彼女の豊満な体つきが自然と目を引く。カーブを描く腰と胸が強調されるシルエットは、彼女がかなりのスタイルの持ち主であることを物語っていた。


 片手にぶら下げた手提げ袋には、買い物帰りと思しき食材が見える。だが、彼女の眼差しには鋭さとどこか温かみがあり、そのアンバランスな魅力に目を奪われる。


「何してんの、アンタたち」


「な、なんだよお前!」

「関係ねぇだろ、どっか行けよ!」


 いじめっ子たちが強がるが、女性は肩を軽くすくめると、次の瞬間拳を振り上げた。


「関係あるに決まってんでしょ!」


 鋭い拳骨が一人の頭に炸裂し、その場に泣き叫ぶ少年を尻目に、彼女は容赦なく他のいじめっ子たちの頭にも拳骨をお見舞いしていく。


「痛ぇよ!」

「逃げろ!こいつ、ヤバい!」


 いじめっ子たちは散々にやられ、泣き喚きながら公園から全力で逃げ去った。


「大丈夫?」


 女性は一息つき、うずくまる少年に歩み寄った。


「こんなに汚れて……立てる?」


 その声は先ほどの迫力とは打って変わり、優しく包み込むようなものだった。


 豊かな胸元が目の前に迫ると、少年は一瞬戸惑ったような顔を見せる。だが、女性の柔らかな微笑みに、すぐにその緊張は解けた。


「無理しないで、ほら」


 彼女はそっと少年の体を支え、汚れた服をはたきながら、まるで母親のような温かさで接する。


 泥だらけの少年に対しても嫌な顔ひとつせず、その仕草は自然で、どこか優雅で、幻想的ですらあった。


「私、ミラ。最近この辺に引っ越してきたの」


 その穏やかな声に、少年はぽろぽろと涙を流し始める。ようやく、ずっと抑えていた不安と恐怖を吐き出すように泣き出した。


「怖かったね……もう大丈夫よ。お家、どっち?」


 少年は震える指で自分の家の方向を指差す。


「じゃあ、送ってあげる。おんぶするから、しっかり捕まって」


 彼女は迷うことなく少年を背負うと、軽やかに歩き出した。


 その背中に身を預けた少年は、不思議な安心感に包まれながら、彼女の温かさを感じていた。


──少年の家の前で、女性はインターホンを押す。


「どーもぉ、こんばんはー」


 カメラに向かってぎょろりと笑う彼女に、インターホン越しの声が響く。


「どなたですか?光太郎!?今出ます!」


 勢いよく玄関の扉が開き、少年──巻島光太郎の母親が飛び出してきた。


「息子が……本当にありがとうございます。でも、一体……?」


 女性は軽く肩をすくめながら、あっけらかんと告げる。


「お子さん、いじめられてますよ」


「えっ……?」


「さっき、この目で見ました。4人がかりで酷いことされてましたよ。これ、相手の特徴を書いておいたメモです。警察とか学校へ相談した方がいいですよ」


 光太郎の母親は驚きの表情を浮かべ、震える息子に視線を向ける。光太郎は母親の顔を見て、再び涙を流した。


「じゃあ、私はこれで失礼します。少年、またね」


 ミラは軽く手を振り、踵を返して歩き出す。


「……お姉さん!」


 光太郎が慌てて呼び止めた。


「ホントにまた会えるの……?」


 振り返ったミラは、近くのアパートを指差す。


「会えるよ。ウチ、隣だから」


 その言葉に、光太郎の胸の中で何かが温かく広がるのを感じた。


 光太郎はミラの背中を見つめながら、胸の奥に初めて芽生えたその温かな感情に気づいた。


 ──この日、光太郎は「ミラお姉さん」と出会った。


 それが彼の人生にどんな変化をもたらすのか、この時の彼はまだ知る由もなかった──。

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