7.閉店

「……どういうことだ……」


 外に出て、電奇館の入り口に立った俺はその不可解な現象に思わず眉根を寄せる。

 店名をあらわす看板のその下、自動ドア前には既視感のあるベルトパーテーションが置かれていた。


 一応、悪あがきで乗り越えようとしてみる。

 俺は見事に先ほどのアヤコと同じ目に遭い、吹き飛ばされて背面のコンクリートに背を叩きつけられた。


 そして、先の台詞である。

 ベルトに括り付けられたラミネートの中、『閉店』の文字が掛かれた紙きれが忌々しい。


『うーん……あれ』


 どうするべきか考えている最中、ふとヘプタが声を上げた。

 画面を開けば、彼と共にどこかのテナントのバックヤードが映った。


 書類棚だらけの薄暗い空間に立つ彼は、四角く平べったい重石と思しきものを持ち上げたところだった。

 直後、首をかしげつつもう片方の手でその下の紙束を持ち上げる。


 紙面にびっしりと並ぶ文字。

 おそらく新聞と呼ばれる物だろうが、それに目を落とす彼が再び口を開いた。


杜撰ずさんすぎる水害復旧 電奇館二度目の臨時休業……これ、閉店の表示と関係あるかな?』


 ヘプタ同様廊下には出ずそれぞれ店舗ないしオフィスに入っているらしいカイルとアヤコも、彼に注目する。

 彼は首肯したのち、続きを読み上げていく。


 ――後に続く文面を要約すると、こうだ。


 令和27年東京地震による地下崩落及び、同年に発生していた台風13号による大規模な神田川の氾濫によりアキハバラ電奇館は地下が浸水していた。

 特殊清掃業者に水害復旧を依頼したものの、いわゆる手抜き工事で漏水などの諸問題が発生。

 業者は訴訟され多額の賠償金を払うことになり、当時の現場責任者だったぬき光司こうじという男が解雇された末に自殺しているのを2045年8月7日に自宅にて発見される。


『地下も浸水してたし、この作業員さんの話って関係してないかなと思ったんだけど……』


 と、ヘプタ。

 すかさず俺は彼の話を否定する。


「だとしたら店長の除霊が終わった時点で水が引いているのはおかしいと思う」


『それなんだよねぇ。今異変が起きてるのは1階より上だけだし、この作業員さんが自殺した場所も自宅で電奇館とは関係なさそうだし……』


 ここでアヤコが思い出したように目を丸くし、会話に加わる。


『あっでも、浸水そのものじゃなく台風は関係してそうじゃない? 雨漏りなのかどうかまで調べてる余裕はなかったけど、廊下の一部が濡れてて一回滑りかけたんだよね』


 川が氾濫するほど雨が降ったのだから、雨漏りなり人の往来なりで当日の電奇館内の床が濡れていてもおかしくはない。

 こうして考えると、彼女の言うように台風は関係しているように思える。


 それと同時、今の1階から上には関係なさそうなので見逃しがちだが、大地震についての記述を見て地下で倒れてきた棚のことを思い出す。

 店長――炎谷ぬくたにさんは、地震による倒壊で身動きが取れないまま浸水で命を落としたのだろうか。


 その時代に生まれていない俺にはどうすることもできなかったと頭ではわかっているが、あんな殺風景な地下で死んでいく恐怖と寂しさを想像すると心が痛んでしまう。


『どっちにしてもあのパーテーションが何なのか特定する情報は現時点で集まってなさそうだな。床の他に天井も濡れてねぇか、他の部屋にヘプタが見つけた新聞みてぇな情報が転がってねぇか調べてみるとするぜ』


 全員が未だ解決しないパーテーションの問題に考え込む中、カイルが真っ先に動き出した。

 今カイルは手狭なドールショップにいるようで、背景に壁一面のガラスケースが映っている中廊下へと続く扉へ向かっている。


 薄闇の中では不気味極まりなく映るが、逆を返せば不透明な棚などがない分死角もなく、かえって安心して休めそうだった。

 休息に適した場所を見つける能力もこの先生き残る上で必要そうだ。


 俺も彼を見習っていきたい。

 カイルのお陰で停滞した状況の中でも気持ちが前を向いてきた。

 下ばかり見ていると再び感傷に浸ってしまいそうなので、まずは意識して顔を上げる。

 入口より上、2階以上には一面の窓。


 そこには外貼りのウィンドウサインが施されているが、外壁と同じく雨ざらしで色あせ半ばほどが剥げもはや内容が判別できなくなっている。

 ふとそこで、ただのガラス面となってしまったその奥――押し込められた重苦しいを見つけてしまった。


 目に見えたに対して理解が及ばず、俺はただ棒立ちになる。

 全身から冷汗にのせて体温が根こそぎ抜かれていくような心地で、だがしかし首から上は焼け落ちそうなほどに熱いという気味の悪い矛盾を味わわされていく。


 が何なのか、一体何をすべきなのか正解を見つけるために記憶や経験を必死に漁る。

 ああでもないこうでもないと、必死に思考を繰り返す。


 だが結局赤い人影の正体はわからないまま、彼は物音と同時に突然奥へと消えてしまった。


 次の瞬間に赤い人は踵を返したのだということ、物音は建物からではなくイヤホンから聞こえてきたのだということ、それが5を一瞬のうちに理解してしまって――


 瞬時に血の気が引き、咄嗟に叫んでいた。


「カイルっ! そこに立てこもれ!」


『は!? いきなり何だ――』


 俺が彼の画面を見上げるのと、が起こったのはほぼ同時だったと思う。

 既に扉から半歩踏み出していた彼が咄嗟に身を引いて、だがしかし閉まりかかった扉を横から飛び出してきた赤黒い指が掴んで、隙間からバタフライナイフが伸びてきて、



 ――カイルの左肩から、赤い花が咲いた。

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