2.秋葉原電奇館

 俺に通信を要求しているのは三人。

 十中八九、他のVhunterだろう。


 Vhunterは画面の上でしかバーチャルの姿でいられない。

 言い換えれば現実で鉢合わせてしまった場合互いの『正体』を直視してしまうため、プライバシー保護の観点でも『事故』を起こさないよう事前に同業者の存在を探り連絡を入れるのが暗黙の了解だった。


 事実、先に連絡が入らなければ俺もそうするつもりだった。

 それはこの建物の中に確実に同業者例の彼女が一人いることを知っていたというのもあったのだが――正直他に二人もいるというのは予想外だ。


 空中に光で白文字が描き出される。

 通信要求者の名前はそれぞれ『朱子』『Kyle』『7』と表示されていた。


 朱子あやこに関しては迷わず読めるが、Kyleは――『カイル』と読むのだろうか。

 7に至ってはもう、『なな』だか『セブン』だかそれ以外だか選択肢が多すぎてわからない。


 結局考えてもわからないので、通信に応じてから読み方を確認すればいいと早々に結論づけただ一言「応答」と答えた。


 その直後に三つの文字列はそれぞれ空気に溶け、代わりにそれらがあった場所に同じ数の画面が展開される。

 すぐさま画面は鮮明になり、そこに計三名の若い男女が映し出された。


『お、繋がったな。……よぉ、俺はカイル。っつーか、これで四人目になるな。有名どころってこんなにバッティングするもんなのか?』


 あちらにもこちらの姿が見えたのだろう。

 目を丸くし瞬きを挟んだ後、まずは海賊風の男――Kyleの読み方はどうやら『カイル』で合っていたらしい――が俺を指差して口を開いた。


 20代前半ほどだろうか、精悍な面構えと引き締まった肉体はそれだけなら健康的な印象を受ける要素だ。

 声質や声音からも明朗快活な印象を受ける。


 だがしかし、それ以外の要素が彼にことごとく妖しげな影を落としていた。

 浅黒い肌は日焼けというよりも寧ろ、元から肌の色素が濃い人間が一切日に当たらず過ごせばこうなるのではないかという血色を欠いた不健康な色合い。


 何より黒と濃紺の襤褸ぼろあつらえた海賊風の衣装が不気味さを際立てており、さながら幽霊船の船長といった風貌だ。

 洗いざらしの髪も含め全体的に闇に溶けるような暗い色調であるため、双眸の蒼と右手に二つはめられた指輪に刻まれた刀傷の蒼碧が鋭く鮮やかに浮いて見えた。


『はじめまして、ヘプタだよ。うーん、僕もこんなに鉢合わせした経験はないなぁ……それに最近は浜離宮はまりきゅう恩賜おんし庭園ていえんの一件で隅田川沿いが人気だし、こうなるのは全く予想してなかったよ』


 次いで、暗緑色のとんがり帽子をかぶったいかにも魔導士風の男がのんびりと苦笑した。

 どうやら7と書いて『ヘプタ』と読むらしい。


 こちらは流石に読めなかった。

 英語でも日本語でもないが、響きからするとギリシャ語あたりだろうか。


 先程の海賊よりもやや年上、20代半ば程度に見える優美な男。

 帽子と同色のローブや首に下げられた鮮血色のペンデュラムからは禍々しさを覚えるが、癖のある銀髪や眼鏡の奥の優し気なタレ眼、温厚そうな言動が気味の悪さをかなり希釈きしゃくしてくれているため一人目のカイルよりは初見の衝撃が少ない。


 ところで、ヘプタが話題に出した浜離宮恩賜庭園というのは江戸時代から残る大名屋敷で、現存するそれらの中では唯一の潮入の池を持っている場所のことだ。

 件の庭園は居住区のうち東京エリアの南端に位置するわけだが、最近池の水に触れた者が幻覚を見たり、ひどい者になると気がふれるという事件が多発している。


 科学的には解明が不可能で、現象的にも霊障で間違いないだろうと言われており現在は封鎖されている。

 池に霊気が流れ込む場合は必然的に隅田川経由か東京湾経由の二択であるため、事態を解決しようとしているVhunterは最近その周辺にばかり出没しているのが現状だ。


 そして最後に、紅一点であるサイドテールの少女もまた先の男二人の会話に苦笑を返していた。

 ヘプタと似たような反応でも、こちらは利発さより明るさと溌剌はつらつさが目立つ。


『ほんと、あえて隅田川は外してそこに合流する神田川沿いを狙ってみたんだけど……皆けっこう同じこと考えちゃうんだね。さっきも三人で話そうとしてたけど、担当する階をきっちり決めとかないとなぁ』


 男二人がどちらも西洋風のRPGに出てくるキャラクターじみているため、女学生とも巫女ともつかない和装の少女は浮いて見える。

 だが前者から見ればむしろ似たような時代がかった姿をした俺が見えているため、残る一人の方が浮いて見えるのだろう。


 アバターの意匠に限らず、俺とあの少女が同じ場所に集まったことは偶然ではない。

 そして彼女だけが名乗らなかったこともまた必然。


 なぜなら彼女と俺は知り合いで、もっと言えば彼女こそ今日会いに来た憧れの先輩だからだ。


 ふと少女――アヤコが視線を動かす。

 どうやらあちらの画面に映る俺を見たらしく、勝手にカメラワークが切り替わり画面越しに彼女と目が合った。


 彼女は嬉しそうに、花が咲くような笑顔を向けてくれた。


『デビューおめでとう、クロウ君。本当に来てくれたんだね、これから一緒に頑張ってこう』


「あぁ」


 思ったより淡々とした声音になってしまった。

 俺自身は彼女以上に喜ばしく思い、今も身体の奥から湧き出た高揚感で身が膨れ上がりそうな心地さえしている。


 が、どうも俺は元より感情表現は薄い方らしく、あちらに見えているアバターであれば現実の俺以上に淡白に映ったかもしれない。

 彼女に俺の内心がどう伝わったかは知らないが、アヤコの方は依然として嬉し気なまま話を続けてきた。


『で、まあとにかく四人も集まっちゃったから今いる位置をベースに担当する階を決めちゃおっか?』


『そうなると入口にいるクロウが一番下の階周辺を担当だな』


 と、カイル。

 彼とヘプタも俺とアヤコが初対面ではないと気づいたらしく小さく首を傾げていたりしたが、特にこの場で言及してくることはなかった。


 やがて階段付近にいたアヤコが踊り場に据え付けられた案内板を映し、俺たちは各自がどこを担当するか画面越しに相談し始める。

 ――五年前の命の恩人、憧れの先輩。

 階は離れていても、これから彼女と共に仕事ができる喜びや期待、少しの不安を嚙みしめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る