第42話 高位貴族の駆け引き(2)



 ラキーテ公爵からの言葉『君にも後日、改めて……』


(え? 何が?)


 俺は今、自分に、一体何が起こっているのか全くわからなかった。

 なぜ、雲の上のような方が声をかけてくれたのだろう?


 俺は、伯爵家の人間。しかも学生。

 そんな俺に、ラキーテ公爵からの直接の言葉。


 ノア様のお父上が声をかけて下さった時も驚いたが、あの時はノア様の友人としてあの場にいた。

 リアム様のお父上と言葉を交わしたこともあるが、それは交渉という理由があった。

 アレク殿下のお母上に声をかけられたが、あれは息子の誕生パーティーに来た友人だという理由がある。

 

 だが……


 ラキーテ公爵は……


 俺に飲み物をかけた令嬢のお父上だということはわかる。

 だが、公爵令嬢が伯爵子息に飲み物をかけたところで、周囲には気にもされない。むしろ恐れ多くて誰も声を上げない。

 そのくらい公爵家という地位は絶対的だ。

 だからこそ、ラキーテ公爵の娘さんも例えアレク殿下のお誕生パーティーだったとしても、退場させるために俺に飲み物をかけたのだろう。

 本来ならあの姿で、アレク殿下の御前にはいけない。

 ところが、予想外にエリザベス様が助け船を出してくれたので、あの令嬢もさぞ驚いたことだろう。


 俺がここまでのことを考えていると、エリザベス様が声を上げた。


「それでは、レオナルド、キャリー行きますわよ」


「は、はい」


 俺が返事をするとキャリー様も「かしこまりました」と言って悠然と歩き出した。

 先ほどとは違い、同じくらいの年齢の令息からの視線だけではなく、ありとあらゆる年齢の男女からの視線が突き刺さる。


 ――あの者は何者だ? 一体、ラキーテ公爵と何があったのだろうか?


 皆の視線はそう語っていた。


 俺たちはそんな視線を抜けて、再び先ほどの場所よりも少し先の人気のほとんどない場所まで来ると、エリザベス様が庭園内に用意されているテーブルに座った。

 どうやらエリザベス様は始めからここで過ごす予定だったようだ。

 執事や、侍女がエリザベス様を待っていた。


「レオ、キャリー座って。ここで誕生パーティーが終わるまでくつろぎましょう」


 キャリー様が溜息を付いて椅子に座ったので、俺も二人の後に座った。

 そして、椅子に座るとキャリー様が口を開いた。


「そうですわね。どうせ、今戻ったところで、針のむしろですものね」


 キャリー様の言葉を聞きエリザベス様が口を開いた。


「そうね……今頃、パーティーは大荒れね。茶葉の件、ラキーテ公爵の関係者から随分と横やりが入っていたらしいけれど……ふふふ、これで完全に封じたわね。娘としてはレオを牽制したかったのでしょうけど……場所が悪かったわね」


 エリザベス様の言葉を聞いてキャリー様が声を上げた。


「場所というよりも、相手が悪かったですね。あ~~でも、あれほど私が『これ以上レオ様を巻き込まないで!!』ってお願いしたのに!! レオ様が目立って、どこかの令嬢の目に留まったらどうするのですか!!」


 エリザベス様は優雅にお茶を飲みながら言った。


「あら、ではあなたはレオがあんな小娘に飲み物をかけられたまま黙っていられるの?? ああいう子はつけあがるともっとエスカレートするわよ?」


 キャリー様は真顔で言った。


「そうは言っていませんわ。ここはアレク殿下のお誕生パーティー。こんなところで騒ぎを起こすのはあり得ませんので、後日報復しようかと思っていました」


(えええ!? 後日報復!?)


 俺は慌てて『やめて下さい』と声をあげようとしたら、エリザベス様の方が先に口を開いた。


「そんなことをするよりも、ここで動いた方がラキーテ公爵への牽制にもなるでしょう? まぁ、少々生温い仕返しになってしまったけれど……」


 あれで生温い!?

 俺が驚いていると、キャリー様が執事に手を上げながら言った。


「はぁ、でもレオ様がご無事なら私はなんでもいいです。あの、私にもすっきりとした感じの飲みものを……レオ様はいかがされますか?」


 俺は挙動不審になりながら答えた。


「キャリー様と同じ物を……」


 こうして、俺はアレク殿下の誕生パーティーが終わるまで二人とここで過ごしたのだった。

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