第21話 高貴な方のお連れ様


 王家の馬車が到着すると、アレク殿下が誰かをエスコートしながら馬車を降りられた。すると馬車の中からふんわりとした豪華なドレスが見えた。


(お客様とは、女性だったのか!!)


 アレク殿下のお連れすると言ったお客様はてっきり男性だと思っていたので、ドレスが見えて驚いてしまった。

 少しだけおもてなしの内容に不安を感じたが、今回はキャリー様がいらっしゃるおかげで、女性の方にも楽しんで頂けるような物を用意しているので問題ないはずだ。

 俺は気軽なパーティーと言っている。そんな場所にアレク殿下がお連れされた方……


(どなただろう??)


 殿下の影になってお顔が見えなかったので、俺はじっと待つことにした。

 馬車を降りる時に女性のヒールの音が響いた。

 そうして、ようやくお2人が馬車を降り一緒にいた令嬢の顔が見え、俺は思わず息を呑んだ。


(わぁ……綺麗な方だな。人形のようだ……)


 白い透き通った肌に、薄い唇。長いまつ毛に翡翠のような瞳。

 恐らく俺たちと歳はそれほど変わらないだろうが、雰囲気はとても大人びていた。


 キャリー様はとても可愛いお顔をしているが、この方は綺麗なお顔をしていた。

 以前の俺の記憶を辿ってみたが、記憶の中にこの方のお顔はなかった。

 成長して顔が変わるということもよくあることなので、俺の記憶などあてにしない方がいいのだろうが……。


(これほど美しい方、一度見たら忘れないだろう)


 俺がアレク殿下のお客様に見とれていると、アレク殿下が口を開いた。


「やぁ、レオ。お招きありがとう」


 アレク殿下は俺を見ながらにこやかに笑った。

 俺は姿勢を正して二人に礼をした。


「ようこそ。アレク殿下、お客様。お待ちしておりました。ご案内してもよろしいでしょうか?」


 どなたか知りたいと思ったが、明らかにお客様の方が身分が高そうなので、俺からは名乗れない。

 俺は、ひたすら紹介させるのを待つことにした。


「……」


「……」


 アレク殿下も、お客様も口を開かない。


「……」


「……」


 沈黙が訪れる。

 令嬢も口を開かないし、アレク殿下も口を開かない。

 だがすでに俺の言うべきことは伝えてしまったので、ここから動けないし、もう何も言えない。


(……どうされたのだろうか?)


 不思議に思っていると、アレク殿下が令嬢の方を見て溜息をついた。


「ほら、自分で言うんじゃないのかい?」


 すると令嬢が綺麗な目を釣り上げながら言った。


「わ、わかっておりますわ!! ただ、その……こんな方だなんて……思わず…」


 令嬢が不機嫌そうに俺から目を逸らした。


(こんな方? 服装に問題があったのだろうか!? それともこの短期間で俺は何か失礼なことしてしまったのだろうか?)


 思い出してみたが、俺はあいさつをしただけのように思う。それとも何か俺の知らないマナーがあるのだろうか?

 俺は急いで、頭を下げた。


「申し訳ございません。何か失礼なことをいたしましたでしょうか?」


 するとアレク殿下が困ったように言った。


「いや、レオは何も失礼なことなどしていない」


 そう言うと、殿下は今度は令嬢の方を見た。


「ほら、レオに誤解を与えてしまっただろう? もう、私が紹介してもいいだろうか? 私とて、久しぶりに友人たちとゆっくりと過ごせるお茶会を楽しみにしていたんだ」


 アレク殿下の言葉に俺は胸が熱くなるのを感じた。


(アレク殿下は楽しみにして下さっていたのか!! なんて光栄なことだ!!)


「自己紹介くらい自分でいたします!!」


 俺が殿下の言葉に少し浮かれていると令嬢が不機嫌そうな声を上げた。

 黙っている時は大人びて見えたが口を開くとあどけなくて、年相応に見えた。

 そして令嬢は俺を睨み付けてきた。


(な…なんだ? どうしたんだ??)


 綺麗な令嬢の睨みはとても怖くて、俺は逃げたくなってきた。


「わたくしは、エリザベスです。本来でしたら、あなたのような方が私の名前を呼ぶことなどは許させませんが、どうしても呼びたいというのなら検討することもやぶさかではありません。有難く思いなさい」


 どっち?

 名前を呼んでいいの悪いの??


 令嬢は俺を睨みつけながら、腰に手を当てるとセンスを広げながら言った。俺は結局名前を呼んでいいのか、悪いのかわからないまま答えた。


「は、はい………!! 私は、レオナルド・ノルンと申します。私のことはいかようにもお呼び下さい」


 俺は名乗りながら思った。

 名前を呼んでもいいのかわからないが、俺から聞いてもいいのかもわからない。

 どうしよう、何もわからない。


 俺は助けを求めるために、アレク殿下に視線を向けた。すると、アレク殿下が頭を抱えていた。


「やはり、私が紹介するべきだったな。エリザベス嬢。レオは私の友人だと言ったはずだ。そんな言い方しかできないのか?」


「うっ……親しさを表に出したつもりですが……」


 エリザベス様が、唸りながらアレク殿下の方を見た。アレク殿下は頭押さえながら俺を見た。


「はぁ~~とにかく、会場に行こう。みんなもう到着しているだろう?」


「はい。ご紹介ありがとうございます。皆様、殿下のお付きをお待ちになっております」


「そうか!! ではすぐに行こう」


 俺はエリザベス様の方を見た。


(ん~~~~。きっと、俺のような者が名前を呼ぶのは不敬だよな……さっきはきっと殿下の手前、そのように言われたのだろうし。でも家名を告げなかったということはこのお茶会に来ていたことを知られたくはない高貴な方なのだろうし……)


 親しい間柄ではあまりいい印象を持たれないが、俺とこの高貴なご令嬢との関係ならとてもぴったりな呼び方を思い出した。


(よし!! これなら、失礼ではないはずだ!!)


 俺は令嬢を見て微笑んだ。


「お嬢様もこちらへどうぞ」


 するとみるみるうちにエリザベス様が表情を変えてやがて泣きそうな顔になった。


(え? え? え?)

 

 俺はなぜ令嬢が突然泣きそうになるのか訳がわからずに戸惑った。


「はぁ~~~。エリザベス嬢。先程の君の言い方なら、普通の男性は今のレオと同じように呼ぶだろう」

 

 アレク殿下が口を開くと、俺に微笑みかけた。


「レオ、気にしなくていい。それより、案内してくれるかな?」


「は、はい!! こちらへどうぞ」


 俺は2人を案内することにしたが、令嬢はどこか不機嫌そうな顔をしていた。


(なんだ?? なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ??)


 俺の背中に冷や汗が流れたのだった。






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