第16話 複雑な女心



「はい。問題ないですな。ではまた見せて下さい」


「ありがとうございました」


 腕の診察が終わるとお医者様にお礼を言った。お医者様は「いえいえ」と言いながら腕を固定するための包帯を手にとって、思い出したように「ああ」と声を出すとノア様の方を見た。


「ノア様。包帯を巻きなおす前にレオナルド殿の腕の周りを拭いてあげてはいかがでしょうか?」


「ああ、そうですね。包帯を巻いてからでは拭くことが出来ませんしね」


 ノア様は頷くとすぐに私を見た。


「レオ、執事に言って身体を腕の周りを拭かせてもいい?」


 いつもアルに湯あみは手伝ってもらっていたが、包帯の箇所は拭けなかったので、ノア様の提案を有難く受けることにした。


「お心遣いありがとうございます。執事殿のお手を煩わせて申し訳ございませんがお願い致します」


「気にしないで、じゃあ準備させるね」


 ノア様が指示を出すとテキパキと侍女と執事が身体を拭く準備をしてくれた。

 俺は診察のために右半分だけ服を脱ぎ肩を出していたのでそのまま服を脱いだまま待つことにした。


(包帯の場所を拭いてもらえるのは有難いな)


 準備が出来るのを待っていると廊下から大きな足音が聞こえた。

 そして次の瞬間、大きく扉が開け放たれた。


 ――バタン!!


「私も何かお手伝いをさせて下さい!!」


 突然キャリー様が入って来て、皆、目をまるくした。

 廊下の冷たい風が入って少しだけ寒い。


(早く閉めて下さらないだろうか……)


 今は、身体を拭いてもらうために上半身の半分を脱いでいたから冷気は直接肌に当たって寒い。


「ちょっと!! キャリー?! どうしてノックもせずに入ってきてしまったんだい?」


 ノア様が突然入って来たキャリー様に驚いて声を上げた。


「え……とキャリー様? すみませんが、扉を閉め……」


 俺が寒さに耐えかねてキャリー様に扉を閉めてほしいとお願いしようとした時。


「きゃあぁぁ~~!! レ、レ、レオ様、どうしてそのような破廉恥なお姿を……!? わたくし、よ、よ、嫁入り前ですのに!!」


 キャリー様は突然入って来て俺が上半身裸なのを見て驚いていた。


(え? え? 破廉恥? 一体……何が破廉恥なのだろうか?)


 キャリー様は手で顔を隠していたが、指の隙間から目が合ってしまった。

 10歳のひょろひょろな身体を見たところで特に問題があるとも思えないが、キャリー様は驚いていた。

 まぁ、これが逆の立場だったら今頃、俺は牢に入れられた可能性もありえるが……。


(……キャリー様くらいの年ではもう、上半身の服を半分脱いでいただけで、ご令嬢にはこのような反応をされるのか……気をつけよう。とりあえず、準備が出来るまで服を着るか? 寒いし……)


 俺は服を着ようとして苦戦していると、侯爵家の優秀な執事は急いで、服を俺の肩にかけてくれた。

 俺が執事さんに「ありがとうございます」と言うと執事さんは「いえ、お気遣いいただ感謝いたします」と言った。

 俺と執事さんがこの状況に対処していると、ノア様が珍しく大きな声を上げた。


「キャリー、ノックもせずに突然入ってきて、その言い方はレオに失礼だろ!? お前がそんな大きな声で騒ぐと、まるでレオが悪いみたいじゃないか!! レオは今から身体を拭くんだ。服を脱ぐのは当然だろ!? そんなことで騒ぐな!!」


 ノア様がキャリー様に苦言を呈しているが、キャリー様は動揺しているのか何かをブツブツと呟いている。


「(殿方のこのようなお姿を見てしまうなんて……わたくし……もうレオ様の元に嫁ぐしかありませんわ!!)」


「とにかく、キャリーはサロンで待ってて!! 終わったらレオを連れていくからお茶にしよう!!」


「え? あの、お兄様? 私もお手伝いを……」


「ちょっと服を脱いだくらいで騒ぐような手伝いはいらない!! お子様なキャリーは、お茶の準備!!」


「え? ちょっと、お兄様……」


「はいはい、あとでね」


 ノア様が、強制的にキャリー様の背中を押して扉の外に連れ出してくれた。

 

 ――バタン!!


 扉が閉められようやく静かな時間が訪れた。


「レオ……本当にごめんね」


 ノア様が申し訳なさそうに頭を下げられたので、俺は急いで首を振った。


「そんな。私の方こそ……お言葉に甘えて腕を拭いてもらうだなんて……キャリー様がお待ちでしたのに」


「何言ってるの?? そんなこと気にしないの!! さぁ、服を脱いで。身体を拭いて包帯を巻き直したらサロンへ向かおう。遅くなるとまたキャリーが突撃してくるかもしれないから……」


 ノア様の言葉で、執事さんがテキパキと俺の身体を拭いてくれた。

 有難いという気持ちと申し訳ないという気持ちが入り混じっていた。


 それから俺は身体を拭いてもらって、包帯を巻いてもらうとキャリー様が待っているサロンに向かった。




+++++




 サロンに入ると、キャリー様が俺たちの姿を見た瞬間に大きな声を上げ頭を下げた。


「レオ様!! 先程は大変失礼いたしました」


「キャリー様!! 顔を上げて下さい!! こちらこそ、キャリー様をお待たせしてしまって申し訳ありませんでした」


 侯爵家のご令嬢に頭を下げられて、慌ててキャリー様に頭を上げて貰った。


(うう~~。侯爵令嬢に頭を下げさせるなんて!!)


「はぁ~~。明らかに問題があるのはキャリーなのに、またレオにこんなこと言わせて~~。しかもこんな入口で立ち話なんて……キャリー、まずはお茶を出してからだろ!?」


 俺たちの様子を見かねたノア様が呆れたようにキャリー様を見た。


「確かに……レオ様。申し訳ございません。本日はレオ様のために新作のお菓子をご用意致しましたので、こちらへどうぞ!!」


 俺はキャリー様に手を取られた。キャリー様はまるで令嬢にエスコートするように案内してくれた。


「楽しみです。ありがとうございます」


 俺はキャリー様に手を引かれて、ソファーへと座ったのだった。






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