第10話 人身掌握術
カノン、マティア、グラム。
この異国の地で得た、新たな部下達。
だけど現状、私は彼女達に良く思われてはいないだろう。
私は異国の異教徒だし、そもそも出会い方が最悪だ。
不可抗力だったとはいえ、仕方ないことだ。
上司は部下との良好な関係を構築することが大切だ。
立ち場だけで、実力だけで下の者がついてきてくれるほど、世の中は甘くない。
ちょっと立ち場を逆にして思考実験するだけで、誰でもわかる簡単な真理だ。
努力せねばならない。
上司の方から、部下に心開いてもらえるよう、認めてもらえるよう、積極的に動かねばならない。
部下に理解してもらおうとするのではなく、部下を理解しようとせねばならない。
そんな人間関係構築の最低限の努力すら怠る怠惰な上司が、場末の酒場で「最近の若い者達は~」などという、みっともないにも程がある非生産的な愚痴をブチまけ始めるのだ。
――というわけで。
「今日の朝食は私が作ったわ」
孤児院・《
「「「…………」」」
どうやら、隊長の私が自らそんなことをしたことに、驚きで言葉もないらしい。
起きてきたカノン、マティア、グラムが呆然として、モーニングセットを見つめていた。
……まだ眠いのか、どうにも目が虚無だけど。
「聞けば、ここの孤児院では、貴女達三人が当番制で食事の準備をするのよね?
私もここの一員になるわけだし、その当番に参加させてもらおうと思って」
これぞ私の秘策である。
人間、同じ釜の飯を食べれば、絆も深まろうというもの。
そして、上司だ部下だのつまらない立ち場に拘らず、些細な仕事を分担して行えば、チームとしての結束はより強まるものだ。
おまけに、私は趣味の料理もできて満足できるし、まさに一石二鳥だ。
ふっ……自分の天才的な策略眼が憎い。
「え、ええと……イヴ様? その……マルコ神父様はどちらでしょうか?
さきほどから姿が見えないのですが……」
「マルコ神父? 私が朝食を作っているところを見たら、突然、町へ宣教に行く用事があったと言って、出て行ったわ。……仕事熱心な御方ね」
「……逃げましたね」
「逃げた……」
「酷いよ、マルコ神父様……」
なにやら、カノン達が涙目でぶつぶつ言っている。
思わず涙が出るほど感動してくれたなら、甲斐もあったわね。
「ほら。三人とも早く席に着きなさい。遠慮なく食べていいから」
「「「……はい……」」」
寝起きのせいか元気のない三人を促し、私達は食卓を囲んで席に着く。
「しゅ……"主よ、これからいただく糧を、主の恵みとして感謝し、そして、受け入れます。この糧が私たちの生きる力となりますように”……」
「これを主の恵みとするのは冒涜じゃないかな、カノ姉……」
「生きる力どころか、死ななきゃいいな……」
三人は、震えながら食事前の祈りを捧げていた。
そして、私達は朝食を開始した。
「うーん……私の作った料理は相変わらず、良い感じね。
手前味噌だけど、料理が趣味なだけあるわー」
「そ、ソウナンデスカ? ソウデスネ……ごほっ……ぐふっ……
この黒パン……とっても苦――香ばしくて……美味し……げほっ……まず……」
「……白パンだけど?」
「…………」
カノンが押し黙った。
「きょ、教官……この……お皿入りのプディング……その……固すぎて、ちょっと……それに匂いも……おえっ……」
「……シチューだけど?」
「…………」
グラムも押し黙った。
「んうううううっ!? に、苦ッ!? じゃ、じゃなくて……あはは、朝からこんなドロドロの青汁は、その……随分と健康的……デスネ……」
「……紅茶だけど?」
「…………」
マティアも押し黙った。
「……で? どう? 貴女達。私の手料理は」
「「「オ……オイシイデス、ハイ……」」」
三人とも、はらはらと涙を流していた。
まったく大袈裟なんだから。
そんなに感動してくれると、私もなんだか気恥ずかしくなってしまう。
「ね、ねぇ、マティア……本当のこと言った方が良くない……?」
「だ、駄目だよ、グラムちゃん……そんなことしたら、きっとボク達全員、燃やされる……」
何かグラムとマティアがぶつぶつ言い合っているが、ここからじゃ聞こえないわね……まぁいいわ。
「懐かしいわね。
私、戦場では、わりとこういう風に部下達に食事を振る舞っていたのよ」
私は食事をとりながら、しみじみと昔を思い出すように言った。
「食事って不思議なものでね。最初はどんなにいがみ合っていた部下でも、こうして私が食事を作って、飲食を共にすれば……不思議と信頼関係が築かれていくものだったわ」
「そ、そうなんですか……?」
「そうよ。その証拠に、次から部下達は皆、自ら進んで食事当番をするようになるんだもの。”貴女は貴女にしかできない仕事だけをしてくれ”って、そう私に気を利かせてくれて……ね」
「「「…………」」」
「まるで、私が皆に上官として認めてもらえるようで嬉しかったわ。
貴女達とも、そのような関係になれたら嬉しいのだけれど……」
ふっ……自分で言うのもアレだが、決まったな。少々格好付けすぎたけど。
でも実際、この一件以降、カノン、マティア、グラムの三人は、私の分の食事当番まで積極的に肩代わりしてくれるようになった。
皆、常に上司である私に気を遣ってくれて、”貴女は貴女にしかできない仕事だけをしてくれ”と言ってくれる。
まぁ、料理は私の趣味だから、まったく料理をさせてもらえないのは、ちょっと寂しいけど……でも、これも少しは部下の信頼を得ることができた証。
甘んじて受け入れるべきであろう。
最初はどうなることかと思ったけど。
異国における私の教官生活も、順調な滑り出しをすることができて、本当に良かった。
さぁ、大変なのはここからだ。
精々、頑張りますか。
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