第17話 やること(幼馴染テンプレ)はやっているメモリー
結局、お嬢とも意見を交わしたが、有効そうな作戦は思い浮かばなかった。
「お役に立てず申し訳ありません。また声をかけてくださいね」
柔らかな表情でお嬢は言った。作戦は浮かばなかったが、力強そうな味方ができたことは喜ばしい。お嬢は勉強も運動も突出したわけじゃないが、その容姿と家庭環境から、強キャラだ。何かあれば頼りになるだろう。
そのまま放課後になり、お嬢は部活に、俺と綾女はいつもと同じ二人の帰り道だ。俺と綾女は家が遠いので、帰宅部である。部活動をしていては帰りが遅くなってしまう。俺は部活動に興味はなかったのだが、綾女は少し残念そうにしていた。料理部とか茶道部とか、綾女が好きそうな部活動もあったからな。ちなみに、お嬢は弓道部だ。何となく金持ちの道楽っぽい部活動だった。まあ、弓道はサッカーや野球と違って、高校から始める人が多い競技なので、それほど実力差が明白にならないらしい。いつだったか、「気楽に運動できて楽しいですよ」なんてお嬢が言っていた。
電車を乗り継ぎ、最寄り駅で降りて、改札を抜け、朝よりも人の少ない通学路を肩を並べて歩く。その道中、小さな川にかけられた橋を渡りながら、綾女が俺の顔を覗き込んで尋ねる。
「今日もお母さん遅いらしいから、太一の家寄っていい?」
昨日もこんな感じに綾女が声をかけてきたな、などと思いながら俺は頷いた。
「うん。問題ない。それに、AAPプロジェクトの話も進めたいしな」
「だねー。でも、私は結構アイディアがカツカツだよー」
綾女は明るく「えへへ」と笑いながら返事をする。自分のことなのに、どこか他人のような、俯瞰しているような、そんな表情だ。少なくとも、事態が進展しないことに暗く落ち込んでいないのは救いだった。
「まあ、俺たちだけで考えるのは限界があるから、インターネットで調べてみるのもいいかもな。目立ちたい、ってキーワードじゃあんまりヒットしないかもしれないけど、高校デビューって単語なら割とメジャーだし」
「いいねー。高校デビュー、か。そう言えば、私たちの中学から南斗高校に進学したのって何人くらいなのかな?」
俺と綾女が通っていた中学校は公立中学校で、一学年は二百人に足らないくらいの人数が通っていた。だが、公立中学なので、学力にはムラがあった。南斗高校はこの辺りでも有数の進学校である。俺と綾女を除いて、南斗高校を受験したのは五人ほどくらいだったと記憶している。中学の学業成績トップテン常連が南斗高校を進路に選んだ。一人、入試で落ちたかな? まあ、仲がいいのは綾女くらいなので、その他の有象無象などどうでもいいけれど。
「岡田、高橋、安藤、豊田の四人かな?」
「ああ、山田君は落ちたんだっけ」
高校に進学してから、綾女以外とはクラスが違うのでほとんど話す機会もない。「山田君」と言われても、顔が全く思い浮かばなかった。薄情なんだろうか。いや、こんなもんだよな。進学するって、そういうことだよな。人間関係が軽くリセットされるような、そんな感じだ。
橋の中腹に差しかかったあたりで、男子と女子が入り混じった七人くらいの小学生の集団が前からこっちに向かってきた。小学校低学年くらいだろうか、個性あふれる派手なランドセルは、背負うというより背負われているように見える。俺のランドセルは小学校卒業と同時にすぐに捨てた。乱暴に扱っていたので、皮が剥げてみすぼらしかった。思い入れがなかったわけじゃないが、捨てることに躊躇いはなかった。卒業した小学校のランドセルよりも、進学する中学校の学生カバンの方が嬉しかった。まあ、それも中学卒業とともに捨ててしまったのだけれど。
小学生の頃を少し懐古しながら、そのまま、何とはなしにすれ違う。正面からきたってことは、たぶん俺と綾女が卒業した公立の小学校の生徒だろうな。風の噂では、少子化の影響で近隣の小学校と合併するなんてことも耳にしている。母校がなくなるのは少し寂しい。まだ十五年と少々しか生きていないが、そのうち六年間も通った小学校だ。中学校よりも思い入れが深い。
ざわざわと小学生がせわしなく会話を交わす。
「で、コイツどうするよ?」
「どうしよっかー」
「えへー」
俺と綾女にもあんな時期があったんだな、と懐かしく思う。俺と綾女の家は小学校に近かったので、通学路を登下校でウロウロすることはなかったが、毎日のように帰宅しては綾女と遊んだ。小学校高学年から「異性」ってやつを意識するようになったけど、俺と綾女の距離感は変わらなかった。ずっと、傍にいた。そして、これからも横に立ちたいと思う。
小学生の集団の中心にいる男子生徒が、重そうに段ボール箱を持っていた。大人なら何とか片手で抱えることができるくらいの、中くらいの大きさの段ボール箱だった。段ボールの箱には大きな文字で「古波蔵製菓」と書いてあった。沖縄のお菓子だろうか。それとも、中身はもっと別のものだろうか。
何となく気になって、俺はすれ違った後も小学生に視線を向ける。その俺の様子を見て、綾女も小学生の方に注目した。
「懐かしいねー。太一、結婚の約束したの覚えてる?」
「……忘れた」
手持無沙汰だったので、右手を口元に持っていき、肌を撫でる。今朝剃ったはずなのに、髭が少しじゃりじゃりする。二日に一回のペースで剃っているが、いずれは毎日剃らないといけなくなるだろう。俺の父さんも髭が濃い方だ。近い将来に電気シェーバーでも買おうかな。
俺は嘘をついていた。本当は覚えている。その約束を交わした月日は覚えていなくても、その事実はしっかりと胸に刻まれている。夕暮れ。白いカーテン。綾女の部屋。散らかしたおもちゃ。それから、綾女は大人の真似をして、俺の右頬にそっとキスをしたのだ。柔らかな感触だった。淡い思い出だ。
しかし、俺の嘘を綾女は見通していた。
「えへへ。太一が嘘をつくときは、顔を触るんだよー。昔から、その癖は抜けないねー」
綾女は嬉しそうに笑っていた。その頬が少し赤い。綾女も気恥ずかしくなって照れているようだ。
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