第11話 もちろん親もよく知っているアナザー


 クローゼットや衣装ケースを開けるような音、それからまた衣擦れの音がして、トータルで数分くらい経ってから、部屋の中から声が聞こえた。


「太一、もういいよ。入って」


 当然ながら綾女の声だ。俺はその声に従って、綾女の部屋に入ろうと立ち上がろうとするが、綾女が部屋の扉を中から開けるほうが一瞬早かった。扉を背もたれにしていた俺は、そのまま仰向けに倒れるように綾女の部屋に倒れ込む。


「おおう!」


 こける。首を曲げていたので、後頭部を床にぶつけるようなことは避けられた。


 見上げる。藍色でブリーツのあるスカート。そして、綾女の白い足が大きく見えた。それに沿った先に、白い布――パンツが……。


「きゃっ!」


 綾女の白いソックスが眼前に迫る。顔を守る動作は遅れ、そのまま顔面を踏まれる。


「ぷぎっ」


 鼻が熱い。痛い。


 顔に手を当てる。鼻は、折れていないようだ。幸い、鼻血も出ていない。だが、やたらと熱い。


 綾女は動揺しているようで、そのまま二度三度と俺の顔面をフットスタンプで狙ってくる。


 俺はそれを腕でガードしながら、身体を起こした。


「い、痛いだろ! ま、待てって! 綾女!」


「だ、だって、太一がスカート覗くから」


 不可抗力だ。俺は覗こうと思ったわけじゃない。もとをただせば綾女が急に扉を開け――。


「っ!」


 絶句した。


 部屋の中には綾女が立っている。そりゃそうだ。ここには俺と綾女しかいない。それに制服姿だ。南斗高校に進学して中学のセーラー服からブレザーに変わった。それはいい。しかし、先ほどまで着ていた冬用の制服ではない。夏服だ。半袖のブラウスに、薄手で風通しの良さそうなスカート姿だった。


 しかし、涼しそうなのは材質や形状だけではなかった。綾女の着こなしに大いに問題があった。


「お、おま……あ、綾女! す、スカート! 短すぎ!」


 綾女はスカートをウェストで何回も折りたたんで穿いているようで、白く細い太ももが露わになっていた。いや、それだけじゃない。綾女が呼吸する度に、藍色のスカートの裾から白い布がチラチラと見え隠れしている。膝上何センチメートルってレベルじゃない。股下何センチメートルってレベルだ。マイクロミニってやつだ。まるでわかめちゃんだ。


「へへへ。それが狙いだよ。太一。どうかな? 可愛い?」


 場末の風俗店のコスプレのような安っぽさが醸し出されていた。まあ、行ったことはないからドラマとか映画とかの雰囲気だけだけれど。とにかく、それは現役の女子高生が出していいオーラではない。とても扇情的だった。


 俺は綾女を見ていられなくなって、顔を背けた。だが、悲しいことに男としての性か、視線は綾女のスカートの裾に釘付けになっている。


「ダメ。俺は認めない。スカートを戻せ。早く」


「ええー。可愛いよね?」


 綾女がクルリとその場でターンをする。スカートがひらりと舞い上がる。綾女の太ももが更に露出され、背を向けた時には柔らかそうなヒップラインに目を奪われる。


「どうどう? 私、目立つかな?」


 目立つか目立たないかで言えば、間違いなく目立つ。その点に関しては綾女の思惑通りだろうが、思春期真っただ中の男子高校生にとっては目に毒だし、同性にもよく思われないだろう。


「ダメ。目立つけど、悪目立ちだ。ダメだダメだ」


 俺は頑張って視線を綾女から外す。しかし、逆に綾女のお尻の丸みが鮮烈に脳裏に焼き付いてしまい、頭から離れなくなる。


 ヤバい。少しムラムラしてきた。


 俺が理性と性欲の海で戦っていることを知ってか知らずか、綾女はグッと背伸びをした。外したはずの視線が、再び綾女に向いていた。白いブラウスの袖口の隙間から、綾女の白い脇と白いブラジャーの一部がチラリと見えた。


「ええー。可愛いよー」


 綾女が地べたに座っている俺の顔を覗き込むように顔を近づける。その拍子に、制服のブラウスの胸元から、白い肌がチラリと見える。


 綾女は胸が小さい。相原綾女の名前と合わせて、AAカップだ。スポーツブラじゃないのは、せめてもの抵抗だろう。だが、そのブラジャーが胸のサイズに合っていなくて、浮いている。そのままお腹の方まで見えるんじゃないか、ってくらいの空洞があって――。


「……ありゃりゃ?」


 不意に、綾女の目が揺れた。その焦点は俺の股間に集中していた。俺は綾女の胸元から綾女の顔、そして、俺の股間に視線を移す。


「っ!」


 知らず知らずのうちに、俺はやや勃起してしまっていた。


 ハーフパンツの中心部がもっこりと膨れ上がり、まるで水筒をパンツの中に隠しているみたいに隆起する。固さはソーセージくらい。いや、ダメだな。この例えは。


 俺は慌てて股間を隠すように身体を捻って綾女の視線から逃れる。


 綾女の顔を見ると、綾女は赤面していた。


「あ、あははー。わ、私が魅力あり過ぎるのがダメだねー」


 と、一人で納得した綾女は後ずさりして俺から距離を取り、スカートのウェストを捻じって、元のスカート丈に戻していた。


「お、おう」


 俺も気恥ずかしくなって身体を捻ったまま中途半端に相槌を打つ。


「あ、あはははは」


「へ、へへへ」


 二人して生温い空気で笑い合う。そこに――。


「あら、もうお終い?」


 綾女の部屋の前に、綾女の母親が立っていた。


「お母さん!」


「おばさん!」


 綾女の母親は唇を尖らせながら、がっかりしたような表情だ。


「もう。仕事が予定より早く終わって帰ってきたら、綾女が太一君を誘惑してるって美味しいシチュエーションなのに……。太一君。据え膳食わぬは男の恥、よ」


 綾女の母親はそれだけ言って綾女の部屋から出ていった。


「わ、私、説明してくる」


 綾女は綾女の母親を追って部屋を出ていった。


 俺はまだ股間事情から立ち上がることができなかった。


「頼む」


 綾女の母親も、我が家の母さんと同じで、早とちりだ。でも、状況証拠は完璧だから、綾女の言い訳はやはり大変かもしれない。


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