第9話 相原綾女をプロデュース(AAP)
綾女と二人、ベッドの上で肩を並べる。
ちょっと気持ちが高まってしまった俺と綾女だが、麦茶を飲んで一呼吸つけ、お互いが落ち着いた塩梅を見計らって声をかける。
「それで、まず何から始めるんだ?」
場当たり的に発足したAAPプロジェクトだが、その目的は曖昧で、そのための過程はもっと曖昧だ。せめて、ヴィジョンをもっと明確にする必要があるだろう。そもそも「相原綾女をプロデュース」するのはいいのだが、それは俺の役割であって、本人である綾女にとってはプロデュースされる立場である。このプロジェクト名でいいのか、という疑問もある。
「そもそも、このAAPプロジェクトって何だ? 前から考えてたのか?」
俺が尋ねると、綾女はギクッと肩を震わせた。
そのまま俺の方を向いて、ぎこちない笑顔で答える。
「あ、あはははは。高校進学の時に、ちょっと考えてたんだー。『相原綾女をプロデュース』って。あはは。……変、かなあ?」
綾女が不安そうに瞳を揺らした。そんな風に尋ねられると、俺は綾女の味方にならざるを得ない。
「い、いや。いいんじゃない、か?」
プロジェクトの頭文字のうち、三分の二が綾女の名前由来なのがアンバランスな気がしたが、まあ、黙ってフォローすることにしよう。
「それで、今までのAAPプロジェクトの実績を聞いておこうか? 高校進学の時から考えてるってことは、ちょっとくらいは何かあるだろ?」
綾女は気まずそうに視線を俺から外した。
「ん? 綾女? どうした?」
気になって綾女の顔を覗き込む。綾女は実に気まずそうな顔をしていた。
「ううー。実績って言うほど成果はなくて、さっき太一に言ったので全部だよぉー。私一人じゃあんまり効果なくってさー。ううー」
なるほど。と言うことは、綾女がやったことは、クラス委員長になった、家の勉強時間を増やした、筋トレをした、美容と健康に気をつけた、といったところか。
クラス委員長になったこと以外は、努力が地味だな。そりゃ、「目立ちたい」って綾女の、AAPプロジェクトの目標を達成するには難しそうな手段だった。恐らく、そんな綾女の普段の努力に気づいているのは俺か綾女の両親くらいだろう。綾女の両親は子煩悩であるが、それゆえに、盲目的なところがある、ひょっとしたら、綾女に気づいてやれているのは俺だけかもしれない。
「でもでも、私にアイディアがあるよー。これなら、私は目立つこと間違いないんだから。とっておきだよー」
綾女はピシッと右手の人差し指を立てた。
そもそも綾女は目立とうとしてアレコレ画策したが、どれも今一つ実を結んでいない。俺には分かったが、勉強も運動も見た目も、どれも周りの評価は今一つだ。綾女のアイディアには実績が伴っていない。唯一、クラス委員長になったことで、授業の号令や雑用を任されるようになって、「クラスの便利屋さん」くらいの認識にはなっているだろう。だが、目立っているかと言うと微妙な線だ。同じクラスの男子内で、話題になるのは顔も身体も超高校生級のお嬢こと早乙女咲良くらいのものだろう。勉強も運動も身体つきも平凡以下の綾女が注目を浴びたことはない。
「じゃあ、まずはそれを聞こうか。次の作戦は何なんだ?」
俺は先行きが不安だったが、それでも動き出さないことには始まらないので、綾女を促した。しかし、当の綾女は言葉にし辛そうに首を傾げた。
「ううーん。でも、説明するよりも見たほうが早いから……。そうだ。私の家に行こう。ね、太一」
どうやら俺の家では都合が悪いらしい。
「時間がかかるものなのか?」
それなら、今日すぐに行動しないといけないわけじゃないので、次の機会に見送るのも一手だ。
「ううん。時間はかからないよ。でも、私の家じゃないと、モノがないの」
ふむ。何やらアイテムを使った作戦のようだ。
実際、アイテムを使って注目を集めるのはメジャーな方法だ。最新のゲーム機を持っている小学生なんかは、クラスメートの人気者だろうからな。しかし、高校生で周りの気を引くようなアイテムか。何があるんだろうか。高級ブランドの香水とか、アクセサリーとかだろうか。
「仕方ないな……」
面倒だったが、綾女の為なら、これくらいの労力は惜しくない。部屋着のティーシャツとハーフパンツだが、綾女の家までならそんなに人目もないので、このままの格好で問題ないだろう。俺は財布と携帯電話だけ学生カバンから抜き出し、ハーフパンツのポケットに放り込んだ。
綾女もベッド脇に置いておいた自分の学生カバンを手にする。そして、ローテーブルの上に置いたコップに残った最後の麦茶を一口で煽る。
「ご馳走様でした。あ、麦茶とコップ、キッチンに運ぼうか?」
綾女が気配りを見せるが、そんなものは些細な問題だった。
「そのままで大丈夫。置いとけばいいよ」
「ええー。でも、麦茶温くなっちゃうよ?」
まあ、五月で気温も暖かくなったので、このまま常温の部屋に放置すればそうなるだろう。
「晩御飯カレーでしょ? 冷たい麦茶の方がいいんじゃない?」
確かに、辛い物を食べるときに飲み物はあった方がいいし、それなら冷たい方がもっといい。だが、氷は製氷機で作り置きしているので、氷で冷やしてやれば問題ない。
「氷あるし、いいよ」
「でも、氷で冷やすと薄くなるよ?」
綾女の言う通りだ。ただでさえ薄い麦茶が更に薄くなるのは避けたい。
「分かった。そうだな。じゃあ、麦茶は俺がキッチンに持っていくから、綾女は先に部屋を出てくれ」
「いいの? コップは?」
「いい。コップはまだたくさんある」
コップまでキッチンに持っていくと、今度は綾女が「洗わないと」と言って世話を焼きそうだったので、それは遠慮する。鉄は熱いうちに打て、の言葉の通りだ。今は綾女のAAPプロジェクトに注力したい。
「ほら、AAPプロジェクトの次の作戦を教えてくれるんだろ? さっさと行こうぜ」
俺は片手に麦茶のピッチャーを持ち、綾女を促した。
「うん」
綾女と二人で俺の部屋を出る。十二段の階段を下りたところで、キッチンにいる母さんが俺たちに気づいた。
「あら? 綾女ちゃん、もう帰るの?」
「はい。おばさん、お邪魔しました」
「……本当にお邪魔だったのは私だったかしら?」
母さんはたまに色ボケになる。それが何だがウザったくて、俺は綾女を玄関に誘導する。
「ほら、綾女。先に出ててくれ」
「う、うん」
綾女を玄関に押しやり、俺は母さんに向き直る。
「母さん。綾女の家に行ってくる。これ、麦茶」
母さんがまだ何か言いたそうだったので、俺は母さんに麦茶を手渡してその場を収める。
すると、綾女の後を追おうと、俺も玄関に向けて歩きだそうとすると、母さんが俺の肩を遠慮がちに叩いて呼び止める。
「ちょっと、太一」
遠慮がちなボリュームだった。綾女に聞かれたら困ることだろうか。
「ん? 何?」
母さんは俺に内緒話をするように顔を近づけ、こっそりと耳打ちする。
「避妊はするのよ」
「するか!」
ツッコむ。
「……しないの? 母さん、まだ子供は早いと思うけど」
「違う! そういう行為をしないって言ったんだ!」
本当に色ボケてぶっ飛んだ母さんだった。
俺は脳内お花畑の母さんを残して、綾女と二人で綾女の家に向かった。
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