Case 5. 【前編】踊り狂う露出狂とアナフィラキシー・ショック

 ここに、ひとりの女がいるだろ?

 家主のいない診療所のど真ん中で、くねくねとダンスを踊りつづけているこの女だ。


 名前は……。

 すまん、知らん。誰、こいつ?


 露出狂まがいのセクシー衣装に、浅黒い肌。髪は赤黒く妖艶なつやを放っている。鼻筋も通り、切れ長の目も美女と呼ぶにふさわしい。


 けど、誰にも求められずに踊り続ける下手くそなダンスが邪魔して、その絶世の美貌はプラマイゼロ……いや、マイナスになってしまっている。


「あの……どちら様でしょうか?」


 出張診療で留守にしている家主に代わって診療所を任されたウェンディが、おずおずと尋ねる。

 いつも天然パワープレイをゴリ押している彼女でも、突然の露出狂ダンス下手女には当惑せざると得ないようだ。少し距離を置いて、いつでも魔法を繰り出せるように身構えている。


「よーくぞっ、聞いてくださいましたわね‼️」


 ビシィッッ‼️


 待ってました、とばかりに踵を鳴らし、フィニッシュポーズで止まる露出狂ダンス下手女。意味もなく天井を指差す左手の人差し指が痛々しい。だっせぇ。


「ワタクシはリリス! うら若き魔界一のダーク・プリーストよ! そこの青髪女、あなたがウワサのスーパーエリート医師、芯出しんで息郎いきろうね?」

「ええっ? 私が息郎先生⁉️ いつの間にそんなことに……はっ、まさか、わたしたち、体が入れ替わって……?」

「人間の分際で、魔王様をたぶらかす生焼けコンニャクめ。魔王様の治療は、従来ワタクシのお仕事。ワタクシに魔王様をお返しなさい!」

「生焼けコンニャク? 生焼けコンニャクと体が入れ替わって……大変っ、早く息郎先生に伝えないと! あ、でも、わたしたちの体は今、入れ替わっているんだった。だから、息郎先生を呼びたかったらわたしに向けてよびかければいいのね! おーい、先生~」


 よし、わかった。整理しよう。

 どうやらこの世界にまともな会話ができるやつはいないらしい。


 まず、冒頭から踊り狂っていた露出狂女の名前はリリス。彼女は魔界のダーク・プリースト……つまり、回復術師だな。魔界における医者みたいな役割で、息郎と役割がだだ被りなわけだ。


 話しぶりからして、もともとは魔王の主治医的なポジションだった模様。しかし、例の液体虫刺されレーザービーム治療以降、魔王は息郎の腕を気に入り、診療所に入り浸りになってしまった。そのせいで、リリスはお役御免になった。それで、逆恨みに診療所へ乗り込んできた。

 といったところだろうか。


 一方、ウェンディの発言だが。

 全体的に有益な情報を一切含まないノイズなので、無視してもらって構わない。


「息郎おおおっ、息郎おおおっ! おるかー⁉️ 体が動かんのじゃーっ!」


 そこへ、何ともご都合主義的なタイミングで魔王様登場。

 両手両足をぴしっと揃えた「気をつけ」の姿勢のまま、すっ飛んできた。窓ガラスを叩き割り、診療所の床へ、勢いよく頭から突き刺さる。突き刺さってなお、「気をつけ」を崩さない。一本の棒のように、ぴーん、と伸び切っている。


「見てくれ息郎! 見ておるか? 見ておるな? 見ておると信じるぞ! また勇者に魔法をかけられたのじゃ。手も足も動かん! 首も回らん! ずーっとこの棒みたいな姿勢のままなんじゃー! なんとかしてくれーい!」


 魔王が顔面を床に突き刺したまま、症状を伝え続ける。

 不憫だが、そもそも一体どうやってここまで飛んで来れたのだろう?


「ご機嫌麗しゅう、魔王様」

「ぬ、その声は……リリスか⁉️ なぜお前がここに……息郎はどうした⁉️」

「先生は、わたしと体が入れ替わって生焼けコンニャクです」

「な、生焼け⁉️ その声は、ウェンディじゃな? いったいどういう状況なんじゃ⁉️ 顔を……顔を抜いてくれーい!」


 ぎりぎりでまともに近い会話能力を持つ魔王が顔面埋没しているせいで、とめどない混乱とカオスが診療所を占有しはじめる。つまり、いつもどおりの光景だ。


「おいたわしゅう、魔王様……そのような直結ビンビンなお姿になってしまわれて。お任せください、このリリスめが魔王様にかけられし呪いと解いてさしあげましょう!」

「よ、よせ……やめるんじゃ、リリス!」

「あら、ワタクシったら失礼。直結ビンビンだなんて、はしたない言葉を使ってしまいましたわ」

「違う、そっちじゃない! 治療は息郎に任せるんじゃ! お前は引っ込んで……」

「直腸ビリビリのほうが良かったですね」

「黙っておれ、ウェンディ‼️」


 いい感じに話の腰を折る、元風の精霊。

 その隙をついて、リリスが魔術の詠唱を開始する。くねくねと下手くそなダンスを踊りながら。


「あ、いにしえの(パンパンッ♪)、契約に従い我が指先に(パパンっ♪)、、集い給え(ア、ソレ♪)、はーねはーねはね、ハネムーンヒール♪」


「や、やめろおおおおおおおおおおおおおおっ‼️」


 呪いのダンスがごとく、くねくねと醜い動きに伴い唱えあげられるひどい歌……もとい、ハネムーンヒールなる謎の回復呪文。

 決めポーズをかますリリスの指先からピンク色の電撃みたいな怪オーラが放たれて、魔王の体を直撃する。


「ぐわあああああああああああああああああああっ⁉️」


 途端、全身を小刻みに激しく震えさせ、魔王が断末魔がごとき悲鳴をあげる。その振動で、診療所全体が軽く揺れる。


 ごごごごごごご……ごご……ご……。


 やがて、邪悪で妖しげなオーラが弱まるにつれ、魔王の両手足がぐったりと力を失い、垂れ下がる。


「ほぉーら、御覧なさい! ほらほぉーら、御覧なさい! ワタクシの超絶癒やし魔法一撃で、魔王様の体が元通りになりましたわ!」


 癒やし、というよりも強烈な攻撃魔法に見えたんだが。


「返事がない。ただのしかばねのようだ」


 ウェンディもそう呟いている。空気を読めなさではダントツの彼女ですら、ドン引きの表情だ。


「負け惜しみはよしなさい、芯出息郎! この勝負、ワタクシの勝っ……というか、あなた魔王様にウェンディって呼ばれていませんでしたこと? 息郎じゃないじゃないの! 騙したわね!」

「本当に、返事がありませんよ?」

「……え?」


 両手足が自由になったはずなのに、顔面を床に突き刺さしたまま微動だにしない魔王。ウェンディが近づき、耳元で「おーい、おーい」と叫んでみるが、まったく反応がない。


「ち、違う! 違いますわ! ワタクシは間違いなく、癒やしの魔法を魔王様にお届けしたのです。だから、今はそう……あまりの癒やしっぷりに、魔王様はきっと、夢見心地でぽわ~んとしていらっしゃるのですわ!」

「いいえ、違いますね」

「きゃあああああああっ⁉️ あなた誰⁉️」


 急に出てきて否定する、芯出息郎。神出鬼没のスーパーエリート医師です。

 いや、息郎。お前、今どこから来たよ? ドアも窓も通っていなかったよな?


「あ、息郎先生。おかえりなさーい。今そこの露出狂女が、魔王にトドメを刺したところです~」

「ちょっと、変な言いがかりはよして! ……ははーん、貴方が本物の芯出息郎ね。残念、ご自慢のスーパーエリート医師の出番は、もう無いわ。魔王様のお体はすでにこのワタクシ、魔界一の回復術師リリスが治してしまいましたもの」


「何を言っているんですか?」


 居丈高に振る舞うリリスの圧を、息郎の冷徹な言葉のメスがばっさりと切り裂いた。


「今、魔王の体がどういう状態か、わからないのですか?」

「? だから、ワタクシの超絶癒やしパワーで夢見心地に……」

「そんなわけないでしょう。これはアナフィラキシー・ショックです」


 魔王の巨体を両手で抱えて、軽々と床から引っこ抜きながら、息郎は告げた。


「あな、ふぃら……?」

「アナフィラキシー・ショック。強烈なアレルギー反応です。内臓を含む全身に急激な症状が現れ、血圧低下、意識消失、脱力を呈します。最悪の場合、死にも至る危険な状態です」

「そ、そんな……なんで……」

「ぱっと見たところ、魔王は妖美系統の魔術に大して強いアレルギーを持っているようです。あなたの回復魔法は、妖美系ですね?」

「……!」


 すげーな、医の全知パブメド。アレルギーまで「ぱっと見たところ」で分かるのか。

 っていうか、魔術にもアレルギーってあるんだな。ほへー。


「わ、ワタクシは、ワタクシの力で魔王様のお体を治して差し上げようと、ただ真剣に……」

「魔王さん、嫌がってましたよねー? やめろ、って何度も言ってましたよ」

「‼️」


 急に核心を突く、ウェンディ。


「医療とは、常に患者中心にあるべきです。己の力試しに振る舞うのは医療ではなく、患者を利用したただのエゴ。あなたは、回復術師としての本来の役割を見失っているようです」

「だ、だまりなさい、芯出息郎! そもそもは、あなたが……!」

「どいてください。エゴイストと話している時間はありません。ウェンディ、緊急治療室へ魔王を運んでください。一刻を争いますよ」

「はーい!」


 悔しさに震えるリリスを置き去りに、息郎とウェンディは治療室へと姿を消す。


 その後、息郎の適切かつ迅速な処置により、魔王は無事に息を吹き返した。


 しかし、治療ミスで魔王を殺しかけたリリスは、この事件をきっかけに魔界から強く糾弾されることになるのだった。


 <つづく>

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