Case 3. 隠し路地の三悪人

 ここに三人の男たちがいるだろ?

 見るからに怪しいチンピラ顔の三人組のことだ。


 馬小屋の裏にたむろして、何やらしょうもない雑談に花咲かせている。


「なあ、リグよ。なんかおもしれー話してくれよ」

「俺のダチにガイっていう名前のアホがいんだけどよ。会うたびに同じこと言うんだわ。『なんかおもしれー話してくれよ』ってな」

「俺のことじゃねーか。ブッ殺すぞ、てめー」

「ギャハハ、まあ、景気の良い話はねーわな。こんなクソみてーな世の中で」

「そりゃそーだ。魔族やら魔王やら、あーめんどくせ。早く全部倒してくれや、勇者」

「勇者って。え、ガイさん、もしかして勇者が世界を救ってくれるなんて絵空事、本気で信じてんすかー? うわー、超ピュアやんー」

「うっせー、馬鹿野郎。ぶっ殺すぞ」

「ギャハハ、おいデンブ、お前も黙ってねーでイジってやれや」


 どうやらスキンヘッドの男がリグ、その向かいのモヒカンがガイ、という名前らしい。

 デンブ、と名前を呼ばれて、それまで一言も発していなかった巨体が、おずおずと右手を挙げた。


「お、おいら……あるかも」

「あるって、何がよ」

「何がよ」

「その……面白い話」

「まじかよ、聞かせてみろよ」

「みろよ」


 リグとガイが、ヤンキー座りから身を乗り出す。ずずいっ。

 デンブは二人の圧に少しのけぞる。でかい体してるくせに、臆病者のようだ。


「つ、つまんなかったらごめんね……えっと、あそこ、あそこのパン屋のカドを曲がったところをずーっと真っすぐ行くでしょ。エンデが丘の先の、ミスリル酒場を通り過ぎて、アシッカ門の……」

「ずっと真っ直ぐなら、何の前を通るとかいらねんじゃね」

「あっ、ご、ごめん……」


 詰めるようにガイが苛ついて、デンブは肩をびくんっと震わせる。

 リグがなだめに入る。


「まあまあ、続けろよ、デンブ」

「う、うん……でね、その、まっすぐ行った先に、シンショージョ? チンリョージョ? があるんだけど」

「シンショージョ?」

「ひょっとして、診療所のことか?」

「あ、それ。診療所」


 リグとガイが、声を揃えて笑う。

 デンブも釣られて、明らかに無理した笑い声をあげる。


「はは、ははっ……」

「で、その診療所が、なんだって?」

「あせんなよ、ガイ。デンブのペースがあるだろ」

「だってよー、のろくせーんだよー」

「ご、ごめん。でね、その診療所がね」

「うん」

「うん」

「最近、羽振りがめっちゃいいらしくてね。か、か患者はひっきりなし。神父様のヒールよりも早く完璧に治るってウワサで」

「ほうほう」

「で?」


 デンブの話が本題に入る。

 ん? この診療所って、もしかして……。


「その、あの、気に食わないじゃん、成功者? おいらたちみたいにさ……生まれつきドン底の人間もいるっていうのにさ。だから、その、ちょっとくらい、いいと思わない? その、おすそわけ的な、さ」

「わかんねーよ。結局なにが言いたいんだよ」

「イラつくなよ、ガイ。あれだよな、デンブ。ちょっくらお近づきになって、おこぼれでも貰おうって話だよな?」


「えっと、ううん、そうじゃなくてさ」

 デンブは自信なさそうに頭を掻いて、

「強盗しようよ。せっかく稼いだ大金、全部おいらたちのもんにしてやろうぜ」


 わーお。結論で急に過激派。どこが臆病者なんだよ、キャラクター読みまちがえてたわ。

 ビクビクしているお前が一番のワルなんかい。


「なるほど、さっすがリーダー!」

「俺たち『隠し路地の三悪人』のブレインなだけあるぜ」

「そ、そんな大したことじゃ……それでね、侵入経路なんだけど、まず宿屋の地下から……」


 懐から町の地図を取り出し、綿密な強盗作戦を二人に説明し始めるデンブ。

 マジでブレインじゃねーかよ。なんでそんなオドオドしてんだよ。見た目と仕草と役割が全然一致してねえんだよ。



 まあ、そんな感じで。



 夜も更けた頃、このチンピラ三人組は、町で評判の診療所に押し入ったわけだ。

 お察しの通り、それは我らが芯出しんで息郎いきろうの診療所のことだ。

 三人は秘密の地下道を通り、人目を避けて診療所に侵入し、家主の寝込みを急襲しようという魂胆だった。


 地下道を潜り抜け、先頭のリグが診療所内に這い上がる。

 真っ暗闇。静寂。


 リグはきょろきょろとあたりを見渡す。耳を澄ます。


 家主のものだろうか。寝息が聞こえる。

 ふと近くの診察ベッドを見ると、男がひとり眠っていた。


 ――さては、こいつが例の金持ち医者だな。


 リグはそう直感し、腰に差したナイフに手をかけた。

 静かに、鞘から抜き払う。白刃が月光で妖しくきらめく。

 音も立てず、一歩を踏み出した。



 その瞬間。




「おや、こんばんは。今日はどうされましたか?」

「うわっ、うわあああああああああっ!?」


 むくり、とベッドから人影が起き上がった。息郎である。

 重度のワーカホリックなこの天才は、いついかなるときも急患に対応できるよう、周囲を警戒したまま眠るクセを身に着けていたのだった。

 あまりに意図せぬ急襲失敗に、うかつな大声をあげてしまうリグ。


「どうした、リグ!?」

「だ、だめだよ、おっきい声出しちゃ……」


 続いて地下道から這い上がってきたガイとデンブが、リグをたしなめる。


「「え?」」


 しかし、目の前でテキパキと白衣を身にまとい、聴診器を首にかける医者の姿を見て、ふたりとも固まった。


「おや、お連れ様もいたんですね。順番にお呼びしますので、番号札を持ってあちらでお待ち下さい」


 思考停止した二人の手に、受付番号の書かれた木札をねじ込んでいく息郎。

 寝起きとは思えぬスピーディな処理だった。

 最初に面食らっていたリグが、一番早く正気を取り戻す。右手に持っていたナイフを、息郎の首元に突きつけた。


「ば、ばかにすんな、患者じゃねえよ! ほら、怪我したくなかったら金出しな、金!」

「いつ頃から、どんな症状が出ていますか?」

「だーかーら、患者じゃねーって! 強盗だよ、強盗! オラァッ! このナイフが見えねえのか!」


 ぱきいいいいんっ。


 息郎は二本の指でナイフの刃をつまむと、凄まじい速度でスナップを効かせて上空へ吹き飛ばしてしまった。天井に突き刺さる、リグのナイフ。


「おや、顔色が悪いですね。貧血でしょうか。ちょっと採血してみましょうかね」

「え、いや、だいじょ……」

「ちょっと最近、規格外の患者さんが来ることが多くて。通常サイズの注射器の在庫がないんです、すみません。大丈夫、性能は一緒ですから」

「で、でかっ! でかすぎる! ミノタウロスとかに使うやつじゃねえの、それ⁉️ 性能は一緒でも、抜かれる血の量が……や、やめ、ぎゃあああああっ!!」


 魔物用の注射器でリットル単位の血を抜かれるリグ。どう考えたって、貧血じゃない。突きつけられた凶器を指二本であしらう男の異常っぷりに、顔面を蒼くしていただけなのに。


 ご愁傷さま。


「さて、次の方」


 無表情のまま視線を投げられて、残されたガイとデンブはビクッと震える。

 完全に、ヘビに睨まれたカエル状態。

 やばいやばい。この医者やばい。見ちゃいけないもん見てしまった。触れちゃいけないもんに触れちまった。

 二人のそんな心の声が、暗闇の診療所中に響き渡るようだ。


「て、てめえ、勘違いすんなよ! 俺たちゃ強盗だ! つべこべ言わず、金目の物を出しやがれっ」


 なけなしの勇気を奮って、ガイがナイフを息郎に向けた。

 デンブの陰に隠れながら。足がガクガク震えている。

 障壁にされたデンブの方はというと、リグから抜き出された大量の血を見て失神している。


 こいつらこんなメンタルで、よく強盗なんてやろうと思ったな。


「おや、強盗さんでしたか。それならそうと、早く言っていただければいいのに」

「言った! 言ってたぞ、リグは! お前が無視して注射器ぶっ刺したんだろうが!」

「では、通報させていただきますね」

「へっ、こんな夜更けに通報したところで、騎士団が来るもんか」

「なるほど。そうかもしれませんね」

「落ち着いてんじゃねえよ! ちくしょう、いちいち腹立つヤツだぜ。おい、デンブ。いつまで気絶してんだ。てめえの怪力で、こいつとっちめちまえよ」


 少し落ち着きを取り戻したガイは、デンブの尻を蹴り上げる。


「はっ!? よ、よしきた。さっきはちょっと、びっくりしたけどね。よく見たら、ひ弱そうなお兄ちゃんだもんね。おいら、思いっきりぶん殴ってみるよ」


 尻に一撃を食らって正気になったデンブも、ガイの腕をぶんぶん振り回しながら息郎に近づいていった。二人の体格差は、軽く倍はあるだろう。デンブの砲丸みたいなゴツい拳が炸裂したら、さすがの息郎でもただでは済まないのかもしれない。


「これは参りましたね。武力では叶わなさそうです」

「ぜ、ぜんぜん参っているようには見えないけど……ごめんね、ちょっと頭蓋骨へし折るだけだから。ね? 我慢してね」

「あなたも口調に似合わず、なかなかクレイジーですね」

「な、なんで、そんな落ち着いて……気持ち悪……」

「いいから、さっさとやっちまえ、デンブ!」


 外野からガイが叫ぶ。

 こいつ自分では何もしてねぇくせに、ずっと偉そうだな……。

 あっ、地下道に片足突っ込んでやがる! いざって時は逃げるつもりだ! 最低だ!


 幸い、デンブはそんな薄情には気づいていない。

 振りまわす腕は勢いを増し、掛け声と共に息郎に向けて強烈な一撃が繰り出される。


「いち、にいの、さ――――」

「息郎おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」


 ドガアアアアアアアアアンッ


 その一撃を、凄まじい破壊音が遮った。同時に、真っ黒い大きな塊が、診療所の壁を突き破る。

 弾け飛んだ瓦礫が、拳を振るいかけたデンブを跳ね飛ばし、地下へ逃げ損なったガイの脳天を直撃した。


「息郎おおっ、大変じゃあああっ! 手が、手が勝手に喋るんじゃああああっ!!」

『お聞きいただいたのファミコンソフト・ロックマン5~敵か味方か、謎のブルース~より、<ロックマンが落下死したときの音>でした。続いてのコーナーは……』


 診療所を破壊しながら闖入してきた黒い塊。その正体は言わずもがな、魔王だった。この世界を闇と恐怖で支配する悪の権現は、息郎めがけて右手を突き出している。


『――CMの後は、大人気企画<田んぼの水、ぜんぶ飲んでみた>をお送りします』


 突き出された手のひらには大きな割れ目――というか、口が開いていて、ずっとなんちゃってオールナイトニッポンみたいな一人ラジオをお送りしている。ジングルはハミングだ。


「なんですか、これは」

「勇者の召喚魔法じゃ……ヤツめ、ワシの手のひらに異世界の『底辺ゆーちゅーばー』とかなんとかいう男の口を召喚しおったんじゃ」

「愉快な魔法ですね」

「延々と戯言をつぶやき続けられて気が狂いそうなのじゃあああ! なんとかしてくれ!」

「わかりました、それでは」


 息郎は頷き、周囲を見回す。

 都合良いタイミングで、瓦礫の下から例の三人組が這い出てきた。


「治療の見返りに、この方々の対処をお願いできますか」

「ん? なんじゃ、こいつらは……」


 魔王が、満身創痍の三人を交互に見る。

 スキンヘッドのリグと目が合う。

 モヒカンのガイと目があう。

 巨体のデンブと目があう。


「強盗さんだそうです。お金がほしいんだとか」

「ほほう」

 魔王は頷き、目つきを変える。

「ワシの主治医の診療所に、強盗とは」


 魔王が、禍々しいオーラを発し始める。それを感じて、勘の良いリグが「あ、あんたもしかして、魔王――」と気づくが、もう遅い。


「いい度胸じゃのお、貴様らああああああああっ!!」

『生ゴミにお好み焼きソースをかけて食べると不味い、というウンチクを提供していただいたラジオネーム秋の遠足さんには、記念品として使用済みボールペン芯100本をプレゼントさせていただきまーす』


 夜の町に、魔王の怒りの咆哮と、三人の断末魔と、愚にもつかない一人ラジオが響き渡る。


 暇つぶしで強盗に入ると思いもよらぬ凶事に巻き込まれるかもしれない、という教訓話だな。みんなも気をつけよう!


 ちなみに、魔王によって半殺しにされた三人組は、息郎の適切すぎる天才処置によって即座に息を吹き返し、今後は世のため人のために生きると改心したのだそうだ。

 魔王の手を占領していたラジオの口も、無理やり縫合されて今は大人しくなっている。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 


……ということで、始まったぜ、初の連載作品。


ストックもほとんど作れていない。書く時間もろくにない。

なのに明日から毎日更新の予定。


こりゃ、作者死ぬな。


少しでも作者の寿命を延ばすため、作品へのフォローや★★★などで応援してほしいんだぜ! どちゃくそ喜ぶから! 頼むぜ!!


じゃ、また明日!!

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